※既出の孫六兼元掌編『酒に任せた我が儘を一つ』の後日談回となります。
※前述した作品を読了後に閲覧される事を推奨致します。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。
酒を舐めただけでころりと寝転けてしまった審神者を己の膝上に抱えたまま、孫六兼元は月見を肴に飲む事少し。これ以上は彼女の体に障るだろうと思い、酒盛りの片付けもそこそこに室内へと入って行った。審神者の私室であるという奥の間に入れば、長らく夜風に当たっていた身には至極暖かく感じる室温に包まれる。
後は本当に寝るだけだったのか、既に準備を整えていたらしい寝床は綺麗に布団が敷かれた状態であった。其れを目にした男は、彼女の言っていた言葉の意味を真に理解したようで、合点が行ったとばかりに一つ頷く。
(成程……だからその気になれば“布団に転がしておけ”なんて言ったのか。しかし、幾ら何でも己が仕える主人をそんな雑に扱えるものかね……。自分の扱いをどう捉えているのかは知らんが、もうちょいどうにかならないものか…………)
移動の為に己の腕に抱き抱えられた女主人のあられもないされるがままの無防備な様を見下ろして、一つ息を
一先ず、言われた通りに布団へ運んでやるのは、前提として彼女の口から直接頼まれたからだと内心言い訳するように考えながら女の褥へ足を踏み入れる。綺麗に敷かれていた掛け布団の類を剥いだのち、女を片腕で抱え直し、彼女が包まるように羽織っていた小振りサイズの毛布を剥ぎ取った。ついでに上着に纏っていた羽織も脱がして適当に布団の側へポポイッと投げ捨て、枕へ頭を乗せる形で丁寧に床へと降ろしてやる。そのまますんなり事が済むかと思っていたらば、其処で一つ問題が起きた。上着を脱がされた途端、身の周りを覆う外殻が無くなって寒くなったのだろう。寒がった女は、ころりと寝返りを打って愚図るように男へと縋り付いてしまった。男はピシリと一瞬身を固めて女の華奢なその手を凝視した。そして、幾度目かの溜め息を吐き出す。
掴まれた着物の端の手を解くのは容易だ。だが、其れを今行うのは非道く無粋に思えて、躊躇った。ほんの玉響に過ぎぬ事だ。けれど、男の思考に一瞬迷いが生じたのは確かであった。
結局、男はそのまま女の手を解く事は止め、自身も共に布団へ転がる事にしたらしい。女の身を横たえた隣に自身も寝転び、幾重にも重ねた毛布と掛け布団を女の肩まで掛かるように被せる。女は丁度良いポジションを探しているのか、暫くうごうごと身動いでいたが、やがて落ち着く場所を見付けたのか、静かに規則正しい寝息を立てて深く寝入った事を示した。
己の側だというのにすっかり寝入ってしまっている様子に、複雑な気持ちを抱きつつも其れを吐き出す場所も術も今は無い事を知っている男は、女の寝顔を見つめて悶々とした。
(幾ら何でも無警戒が過ぎやしないか、コレは…………っ)
まるで男として意識されていないとばかりの安眠具合だ。しかし、逆を取れば、こうも考えられなくもない。己相手だからこそ、気を許した姿を曝すのではないか、と……。そう考えると悪い気はしなかったが、男として複雑な事には変わりなかった。
寝静まった寝室に響くは、一人と一振りの息衝く音のみである。片や、既に深く寝入ってしまった後故に、あまりにも静か過ぎるくらいの静けさでもあった。其れが逆に落ち着かなかった孫六は、徐ろに女の寝顔へ手を伸ばし触れた。眠りに就いた女の目蓋は固く閉ざされ、いつも見ている筈の黒い眼を見る事は叶わない。早くいつも通りの彼女の目を覗き込みたく思わなくもなかったが、
女は静かに眠っている。事の発端は己の膝上で寝落ちてしまった事が始まりだが、よくもまぁあのまま呑気に眠り続ける事の出来るものだと思う。此方の気も知らないで。そう文句の一つも言ってやりたい気分だったが、満更でもなく思っている自分も居る事に気付いて、結局喉まで出かかった言葉は飲み込むに終わる。
審神者部屋前の縁側で酒盛りしていた時とは異なり、まるで死んでしまったかの如くに物音一つしない空間であった。眠ってしまって以来、あまり動かなくなった彼女がまだ本当に生きているのかどうか――という不安にふと駆られ、女の胸元に武骨な固い掌を押し付ける。すると、
不意に目の向いた首元を見遣った。小窓から射し込む淡い月明かりを受けた女の首は、これまた細く生白く、艶かしさの色を滲ませていた。男としての性が途端に疼いて、手を伸ばす。サラリ、枕へと広がる手の入っていない生まれた時のままの自然な黒髪が、また色香を放ち、男の本能を掻き立てる。手折るのは簡単。だが、この無垢な穢れ無き身を己が暴くのは、まだその時ではないと思えて憚られた。真白の首筋へと触れるだけに留めて、男は苦しげに目を細めて女を懐へ掻き抱いた。少しでも女の身が温まるように。ついでに、己の不埒な下心も生温い温度に溶けて消えてくれる事を祈って。
結果、そのまま朝まで女と同衾した状態で眠ってしまった男は、翌朝、寝起きに告げた自分の余計な言葉で己の首を絞め、飛んでもなく痛い目に遭う事となるのであった。
公開日:2023.12.04