私には、物心付いた時から、時折変なものが見えた。

其れ等は、本来ならば見えないものとされる類いのもの達だった。

所謂、“普通の人”には見えないヤツだ。

ついでに言うと、物心付く頃から既に私には普通なら見えてはいけないものが見えていた事に加えて、よく分からないものに憑かれていた。

パッと見は真っ白くてただ大きいだけの蛇のような生き物。

其奴は、私にしか見えていなくて、また私に対して害を為す奴等に反応するように生きていた。

偶々街中で擦れ違うように出逢った或る人が言うには、私に憑いたように存在するこの白蛇じみた生き物は“呪い”とか言うものらしく、“普通の人”には見えないとの事。

そして、“呪い”――“呪霊”というものが見える人間は特別で、“普通の人”には無い力を持っていると言う。

呪霊を見る為の力――呪力だ。

其れを生まれながらに有している者は極稀で、選ばれし者なのだともその人は言っていた。

彼は、見も知らぬ私の、他者には無い特異体質の事を肯定して受け入れてくれた。

皆、普通に生きているだけで見えないものが見える私の特異体質の事を気味悪がっていたし、其れが理由で避けられたり変な子だと認定されてきた。

気付いたら変なものが見えるようになっていただけであって、私だって好きで見ている訳じゃない。

というか、出来る事なら極力見えないでいた方が良いとくらい思っている。

何故ならば、奴等は本来ならば見るべきではない世界に生きているものだし、見えたら見えたで怖いし、何より此方が特別何もしていなくたって襲ってきたりするのだ。

絶対に見えない方が良いに決まっている。

でも、知らない内に見えるようになって、誰にも分からない内にそんな変な奴等に襲われて殺されそうになれば、嫌でも身の守り方は身に付くし、物心付く頃から憑いていたおっきな白蛇への扱いも対応も板に付いていた。

彼曰く、呪霊が見える私は選ばれし者で、また自身に憑いている呪いを扱える事は特別な事なんだとか。

逆に、何も見えない“普通の人”達は猿なんだと言って軽蔑していた。

何も出来ない能無しの癖に、口だけは達者、見える者達をこの世の異端者だと謳って嘲り罵り罵倒して、果てには暴力を振るって痛め付けてくるのだと言う。

私は聡く頭が良かったから、家族の誰にもこの特異体質の事は打ち明けていなかった。

見えても、「嗚呼、此奴等はきっと皆には見えていない存在なんだ」とすぐに理解して、ずっと黙っていた。

何もしていなくても視界に入れば見えてしまうものを“見えていないフリ”をするのは辛いし、地味に疲れる事だった。

嗚呼…そういえば、彼は、私みたいに自分の意思で呪いを扱える者の事を“呪術師”と言っていたっけか。

ついでに、その呪術師の中にも悪い奴が居て、他人には無い力を悪用して見えない人間達に危害を加えたり、下手したら自分の欲求を満たすが為だけに人の命を平気で奪ったりする悪い呪術師――“呪詛師”が居る事も教えてくれたなぁ…。


「―その呪詛師は質が悪い輩が多いから、仮に逢ってしまったり見付けてしまった時は逃げる事、もしくは私に連絡する事。良いね…?」


そう言って彼は私に自身の連絡先を書いた紙を握らせて去っていった。

確かに、何も見えていない“普通の人”は賢い生き物である猿よりも頭が悪いから、猿以下かもしれない。

彼の意見には賛同出来た。

直接口にはしなかったけれど。

そんなこんな、ひょんな出逢いを果たした数日後……何の因果か、呪詛師とされるグループの人達の会話を聞いてしまった。

学校帰りの通りすがりの事だ。

偶々家の近くの陰に潜むようにして居た彼等が、何の関係も無い私の家族を襲う対象にしている事を――。

私は帰宅して早々彼に連絡を取った。

私の家の近くに呪詛師集団が居た事、しかもどうやら少し前から私の家周辺に張り付いていた事、果てには私に憑いている呪いを狙っているらしき事まで全てを話した。

勿論、何も知らない家族の者達の耳に入ってはならないと自室の奥隅っこで声を潜めてだ。

彼は、危険だから私が行くまで何もするなと言った。

住所を訊かれたから、素直に答えて、彼が駆け付けてくれるのを待った。

私に憑いている呪いの白蛇は、いつもいつも私の側に居る訳ではない。

私が何かしら不安を抱いていたら私を守るように側に付いているが、そうでない時は大人しく家で待っていたりするのだ。

たぶん、その時に存在を感知されてしまったのだろう。

私の大事な力を、呪詛師なんかの為に利用されて堪るもんか。

唯一、彼が褒めてくれた、認めてくれたこの力を…、この白蛇を奪われてなるものか。

私を守ってくれる存在である白蛇に、私は思いを告げた。


「あなたは私の大事な守護神…みすみす失くしたりなんて真似させないわ。でも、家族の皆だって大事なの。例え、何も見えない“普通の人”達だったとしても、私の大事な人達だもの。…私が、守らなきゃ。絶対に守ってみせる。彼奴等に殺されて堪るもんですか」


言葉は通じるみたいだけれど喋りはしない白蛇に、私は続ける。


「だから、お願い…私の言う事、ちゃんと聞いてみせてね。それから…何があっても、絶対に私を守ってね」


白蛇の目が不気味に赤く光って頷いてくれた気がした。

もし、仮にあの人が間に合わなかったら、私が頑張らなきゃ。

彼等が私達を殺しに掛かってくるなら、此方もその気で居なきゃ勝ち目が無い。


―嫌な予感程的中して、その晩の真夜中、深夜頃…奴等は動き出した。

まだあの人は来ていない。

なら、私が何とかしないと…家族が殺されてしまうかもしれない。

そんなの、嫌だった。

みすみす殺されてしまうくらいなら、立ち向かって殺り合って死んだ方がマシだ。

私はいつものように白蛇を纏わり付かせたまま、ベッドから降り、そっと部屋から抜け出た。

両親は、小さな弟と一緒に寝室で眠っているようだ。

起こさないように極力物音を立てないよう気を付けて移動し、二階の部屋から一階の部屋まで降りていく。

大丈夫、まだ奴等には気付かれていない。

泥棒の如く我が家に不法侵入してきた奴等が居るであろう場所まで、息を殺して足を進める。

武器はきっと持っていたって何の役にも立たないだろうから、敢えて何も持たぬまま来た。

宛ら、ゲームのスニーキングミッションをリアルに行っているようだった。

私には、この子さえ居てくれたら大丈夫。

何の根拠も無いけれど、絶対的なその自信で己を奮い立たせ、恐怖を堪えて奴等の姿が見える位置に隠れた。

どうやら、奴等は堂々と玄関からお邪魔してくれたらしい。

電気の点いていない玄関のドアが開けっ放しになっていて、外から家前の街灯の明かりと月明かりが漏れていた。

呪詛師の奴等は、白蛇の存在が何処に居るか探しているようだった。

丁度良いや。

彼等が欲する存在を憑かせた私が目の前に躍り出れば、きっと驚くだろう。

そして、この子を目にした瞬間、目の色を変えて襲い掛かってくるに違いない。

都合が良い。

襲い掛かられたところを逆に攻撃してしまえば、仮に向こうが喚こうと正当防衛で言い訳出来る。

そうだ、其れが良い。

よし、ならば怖い気持ちを圧し殺して敵に立ち向かいに行くとするか。

大丈夫、私にはこの子が居るし、最悪何かあってもあの人が居る。

頼る伝はあるのだ。

相談相手が出来た今や、私には強みがあるんだ。

ちょっとやそっとの事じゃ死にはしないぞ。

肩に頭を乗せていた白蛇が擦り寄ってきたので、優しい手付きで頭を撫でてやった。

有難う。

お前は私を気遣ってくれるのね。

私は大丈夫よ。

だって、お前が側に居てくれるから。

お前が居てくれる限り、私には何の心配も無いわ。

だって、きっと全てお前が片付けてくれるのでしょう…?

―“呪いには呪いでしか勝てない。”

あの人が教えてくれた事だ。

この子は私を守る為に存在する呪いなのだと。

ならば、今こそ其れを発揮する時だ。

私は意を決して、奴等の眼前に姿を現すように躍り出た。


「こんばんは、呪詛師のお兄さん方。こんな静かな月夜の晩に無粋な真似は止めて頂けるかしら?お陰ですっかり目が覚めてしまったじゃない。何か探し物でしたら、お手伝いして差し上げましょうか」


思っていた通り、奴等は私を――正確には私に憑いている呪いの存在を目にした途端、目の色を変えて凶器を構えて私を襲う体勢に入った。

良いぞ良いぞ、その調子。

そのまま私に襲い掛かってご覧なさいな。

その瞬間、きっとこの子が鋭い牙を光らせて大口開けてパクリといっちゃうんだから。

愚かな人間共が欲に駆られて動き出す。

私はただ黙ってその様を眺めていた。

目の前に振り翳された凶器が迫る。

恐怖を圧し殺した声で私は命じた。


「良いよ…――“此奴等全部食べちゃって”」


それまで大人しく肩に居た白蛇が蠢き、目にも止まらぬ速さで目の前に迫っていた男の頭に喰らい付いていった。

まずは目前の脅威となる男の存在を遠ざける為、排除する。

パックリ喰われて頭から上が無くなった男は、一頻り痙攣した後に動きを停止してそのまま倒れて居間の床に転がった。

辺りに汚い真っ赤な鮮血が飛び散るけど、後で部屋ごとまるっとクリーニングしたら良いから無視だ。

一瞬の出来事に付いていけなかった男共に徐々に動揺が広がり始め、統率が取れなくなる。

終いには、手当たり次第私に歯向かってくるから、私に殺意を持って襲い掛かってきた時点で全部白蛇がパクリと食べて片付けてくれた。

時には絞め殺すように相手の躰に巻き付いて自由を奪った上で捻り殺していた。

みんなみんな、私に襲い掛かってきたからこうなったんだ。

全ては正当防衛で成り立つ行為だ。

何一つ私からは手は出していない。

全ては家族の皆を――私を守る為。

好き勝手に吹っ飛んでくれたお陰で、物音が響いてしまったらしい。

寝ていた両親達が起き出し、一階の居間まで降りてきて、真っ暗だった部屋の明かりを点けた。


「ちょっとぉ、こんな時間に何よ…?」
「全く何の騒ぎだ………――、」


部屋の明かりが点いた事で、部屋中に散らばった惨状が露になる。

その惨状を目にした両親二人が絶句したように固まって動かなくなった。

其れに対し、私は事実だけを述べて説明した。


「父さん、母さん…此奴等、物音に気付いて目が覚めた私の事いきなり襲ってきたの……っ。私、怖くて、吃驚して、無我夢中で抵抗して…でも、何も知らなくて寝てる父さん達の事守らなきゃって思って、一人で頑張ったよ。先に手を出してきたのは向こうだし、そもそも勝手に不法侵入してきたのは向こうだよ…!私は正当防衛しただけ!だから、私は何にも悪くないでしょ……?」


幾ら避けたつもりでも、容赦無く喰われた奴等の血飛沫を被ってしまっていて、見た目が恐ろしく悲惨な状態になっていたのだと思う。

だから、あまりの状況に娘の訴えが耳に入らなかったのだろう。

絶句したまま動けないままでいる母さんがよろりと躰をよろめかせて、咄嗟に我に返った父さんに支えられる。

全く散々な目に遭った。

これじゃ、明日は学校に行けないな…。

というか、普通に考えて昨日の今日でメンタル面が整わないに決まってるのだから、どう考えたって休むに決まっているだろう。

“普通の人”ならきっとそうする筈だ。

普通なら、一日と言わず数日間は休みが必要となるだろう。

私は普通じゃないから平気だけど、“普通の人”を装うならそうした方が良いよね。

結果ズル休みになっちゃうけど、理由が理由だし、大丈夫大丈夫。

寧ろ、仮病でも休めてラッキーと思わなきゃ。

まぁ、そんな事は置いておいて、今は二人を落ち着かせなきゃな。

きっと予想外の事過ぎて吃驚してる。

早く正気に戻して警察の人を呼んでもらって、事情を説明しなくちゃ。

私は深夜に突然寝ているところを家に押し入られた挙げ句襲われた“普通”の女子高生だ。

目の前に広がる光景には、正当防衛で抵抗しただけだと説明すれば良い。

そうだ、今の私は“普通”を演じなくては。

顔を真っ青にして今にも卒倒しそうな母に歩み寄り、声をかけようとした。

そしたらば、私が口を開く前に先に母さんが口を開いて呟いた。


「――ひ、人殺し………っ」


その瞬間、私は凍り付いた。

―今、我が母は何と言った…?

思わず耳を疑うようにして母さんの事を見つめた。

すると、母は間違いなく自分は正しい事を言っているのだと確信した目で見つめ返して、再度同じ言葉を口にした。


「人殺し」


断言したかのようだった。

母に倣うかのように父もまた私を怯えた目で見つめて言った。


「この人殺し…………!お前なんか私の娘じゃない!!人を殺す悪魔だ!!」


何で…どうしてそんな事を言うの…。

私は、ただ、家族の皆を守ろうとしただけなのに…。


「ん〜んぅ…パパもママも、こんなじかんにどうしたの……?まだよるだよ…?よるはおねんねするじかんだって、ママいってたじゃない……」


其処へ、二人と一緒に寝ていた筈の弟が起きてきてしまった。

弟はまだ寝惚けて瞑ったままの目を眠たげに擦っている。

呆然としていた私はそこでハッとし、慌てて弟へ声をかけた。


「御免ね、起こしちゃったね。大丈夫、怖い事はお姉ちゃんが全部片付けてあげたから、もう怖いのは居ないよ!早くベッドに戻って夢の続きを見よっか!」
「う〜ん……?おねえちゃんもおきてたのぉ…?」
「シッ!駄目よ!あの人はお姉ちゃんじゃないの!口を利いては駄目!!何を言われても無視しなさい!!」
「お前はこっちを見ては駄目だ!!危ないから部屋に戻ってなさい…っ!!」
「えぇ…?なんでそっちをみちゃダメなの?あぶないって、なにがあぶないの…?ねぇねぇ、おしえてよママぁ〜っ」
「良いから部屋に戻って寝てなさい!子供は寝る時間よ!!ママも一緒に居てあげるから…っ!!」
「安心しなさい、お前達の事は父さんが守ってやるからな…!早く警察に通報して事情を話さなくては……っ!」
「ちょ…ちょっと…、私の話を聞いてよ……っ」
「五月蝿い!!お前なんか私の娘じゃない!!黙ってろ!!一生その口を利くな!!」


酷い。

どうしてそんな事言うの。

私は皆の事守ろうとしただけなのに。

正当防衛をしただけなのに。

向こうが先に手を出してきたのは本当だよ?

だから、私は自分の身を守る為にやり返しただけ。

だって、殺らなきゃこっちが殺られてたんだもん。

そんなの嫌でしょ?

それとも何…私は“普通”じゃないからって見捨てるの?

其れって、親としてどうなの。

変なのが見えるのは、別に好きで見てるんじゃないし。

あっちが勝手に私の視界に入ってきて私の平穏を脅かそうとしてくるだけだし。

私は、ただ自分を守ろうとしただけで…。

茫然自失とその場に突っ立っていたら、ポッケに入れていた携帯電話が震えて着信が入った事を告げた。

私は其れを手に取って、通話ボタンを押して、耳に押し当てた。

通話口から彼の声が聞こえてきた。


『―大丈夫かい?』


嗚呼、もう私にはこの呪いの力と彼しか居ないんだと思った。

私は絶望の淵から救いを求めるように口を開いて言った。


「夏油さん……、――私を助けて」


もう、この場所に私の居場所は無いんだと、直感じみたものを感じていた。

半ば何もかもを諦めたような心地で縋った。


「呪詛師の奴等が襲ってきたから…私は正当防衛をしただけ……。だのに、両親二人揃って私を人殺し呼ばわりしました…。家族を守ろうとした私の事を」
『…………そうか』


電話の先で、彼が悔しげに奥歯を噛み締めたような音がした気がした。

私の平穏は奴等のせいで全て壊されたのだと知った。

通話口から聞こえる彼の声が非道く優しく聞こえて、涙が滲んできてしまった。


『一人でよく頑張ったね。怖かったろう、辛かったろう。私が間に合わずに怖い目に遭わせてすまなかった』
「…………はい…、本当は、凄く怖かったです……っ。…でも、夏油さんが唯一認めてくれた力だったから、頑張って立ち向かったんです………。お陰で、私の呪いが無事に全部片付けてくれました…。そのせいで、部屋はしっちゃかめっちゃになったし、部屋の惨状を見た両親がドン引きして、おまけに私の事“人殺しの悪魔だ!”…なんて言って通報してくれちゃいまして……」
『ハハハッ、人助けした相手に酷い言い様だなぁ』
「…………………私、どうなっちゃうんですかね………?」


ボタボタと溢れて止まない涙が頬を伝って、喉からはしゃくりが上がってきて止まらない。

きっと、抑え切れない嗚咽が通話口から漏れて彼に聞こえてしまっているだろう。

彼は変わらず優しげな声で私を慰めてくれた。


『大丈夫。もうその家に居られなくなったって、私の所に来れば良い。其処なら、何も心配せずとも良くなるし、安全さ。君と似た境遇の女の子が二人も居る。きっと仲良くなれるだろう。だから心配しなくても大丈夫だよ。私は君の味方さ』
「………本当に、私なんかが居て大丈夫なんでしょうか…?」
『さっき人殺し呼ばわりされた事を気にしてるのかい?呪いも見えない猿の言う事なんて気にするだけ無駄だよ。君は君だ。気にしなくて良い』
「……でも、私…きっとこのまま居たら、警察に突き出されて逮捕されちゃう………」
『その場に滞在しなきゃ良いだけさ。簡単な話だよ。君は其処から逃げれば良い。理由なんて必要無い。“人殺しの奴等から守ろうと正当防衛した側を人殺しと決め付けた愚かな脳味噌をした猿共から逃げただけ”…君は正しい事をしたんだ。何も間違った事なんかしてないよ。――まぁ、其れでも気が咎めるようなら、外に出ておいで。今、私は君の家の前に居るから。私が君の助けとなろう』


その言葉を貰って、私は顔を上げて外を見た。

窓越しに、薄暗いながらも玄関先に立つ彼の姿が見えた。

私は導かれるように、着の身着のまま開けっ放しになっていた玄関の外へ出ていった。

そしたら、彼が待っていたかのように両手を広げて私を出迎えてくれたのだった。


「遅れてすまなかったね…。もう安心して良いよ。私が付いている限り、君に危害を加えさせないさ。君を邪険にする者も居ない。……これまでよく頑張ったね。偉い偉い」


そう言って優しく頭を撫でられた瞬間、今まで堪えていたもの全てが決壊したように彼の懐に飛び込んで泣きじゃくった。

彼は、そんな私の事を包み込むように抱き締めて落ち着かせてくれた。


「怖かったね、辛かったね。でも、もうそんな事とも今日でおさらばさ。私と一緒に来れば、そんな不安も感じずに居られるようになる。大丈夫、君は特別な子…選ばれし子なんだ。君は何も悪くない。全て正しい事をしただけ。猿共は馬鹿で糞だから、其れを理解出来ないんだよ。自分が殺されそうになっているのも顧みずに立ち向かえるなんて、普通なら容易に出来る事じゃない…。君は立派な事をしたんだ、誇って良いよ」


彼の大きな手が優しく背を叩いて宥め賺してくれる。

其れに段々と落ち着きを取り戻していって、しがみ付くようにしていた彼から身を離して鼻を啜る。

きっと、今、鏡を見たら今世紀最大で最悪な酷い顔を曝している事だろう。

だが、今更取り繕っても意味は無いから、そのままに彼の顔を見上げた。

私の様子を静かに窺っていた彼が、私が落ち着いたようなのに安堵して口を開いた。


「居場所が無いなら、私と一緒に来るかい…?衣食住の事なら絶対に保障するよ」


彼が私を誘うように手を差し出して言った。

私に付いて出てきていた白蛇が私の腕に巻き付いてきて、促すように此方を見つめる。

チロチロと赤い舌を揺らして私が答えを発するのを待っている。

私は泣き笑いながら、彼の手を取った。


「どうかこれから末永く宜しくお願いしますね、夏油さん」
「嗚呼、此方こそ頼むよ、琥珀。――ようこそ、此方側の世界へ。まずはその汚れた服をどうにかしなくちゃね。私達の家に着いたら、早速新しい服に着替えようか。今手持ちの服でしか着せれるのが無いから、私の服を代わりに着せる事になるけど…良いかい?」
「はい…っ、今着てるのから別の服に着替えられるんでしたら何でも構いません!」
「そうか、それなら良かった。何はともあれ、琥珀が無事で良かったよ。帰ったらまずシャワーを浴びて温まろうね。その後は着替えをして、あったかい紅茶かミルクでも飲んでから寝ようか」


私の無事を案じてくれたのは、最初で最後にも彼だけであった。

やっぱり、彼の言う通り、“普通の人”は猿で糞だ。

ずっと家族として一緒に暮らしてきた両親だって、其奴等と変わりなかった。

現実はいつだって残酷だ。

けれども、私には自身の中にある呪いの力と彼が居るから問題は無いのだ。

彼に付いていった先で辿り着いた楽園で思う。


「さぁ、着いたよ。此処が私達の住む根城さ。今日から君の居場所ともなる場所だよ」


玄関先で一瞬入る事を躊躇って足踏みをするだけで止まった私を促すように彼が告げる。


「どうしたの?早くおいで、琥珀。そんなとこに着の身着のままの薄着のまま突っ立ってたら、風邪を引いてしまうよ。早くあったかい中にお入り」


優しい声音で促す彼が柔和な笑みで笑う。

その笑みと温かな言葉に促されて、私は初めて楽園に足を踏み入れた。

その後、私の身内や知り合いの中で私の行方を知る者は居ない。


執筆日:2021.04.23

【後書き】
テーマが殺人という事でしたので、重たい内容になるのは然る事ながら、なかなかに難しいテーマだった事もあり、お話を完成させるまでにかなりの時間を要してしまいました。
しかし、期限が半年設けられていたお陰で、ゆっくりじっくりコトコトとお話を煮詰める事が出来ました。
他の企画サイト様だと、基本三ヶ月と設定されている事が多く、焦りながら構想を練ったりする事もあるのですが…此方のサイトでは長めに設定されていたので助かりました。
まぁ、延長も込みでの設定だとは分かっているのですが、執筆者の身としては、やはりゆったり長めの期限の方が心持ち余裕が持てるので個人的には有難いです。
話は変わって…参加した当初は全く別のジャンルで書こうと考えていたのですが、其方のジャンルだと上手く話を構成出来ずに構想を練る段階で少し悩んでしまったので、後々から書きたくなったジャンルの方で書かせて頂きました。ちなみに、当初の予定ではジャンルは「PSYCHOーPASS」でした。
どっちにしろ表現が難しかったですかね(笑)。
でも、実際に書いた「呪術廻戦」の方が書いていて書きやすかったです。
結果的、人を殺してしまった夢主ですが、本人からしたらただの自己防衛としての正当防衛のつもりでした。
しかし、見る人によってはただの人殺しのように見えてしまった訳です。
彼女はただ自分と自分に憑く呪いと家族を守りたかっただけなのに、誰も彼女の話を聞こうともせず一方的に決め付けて話を進めようとする、ある種周りとの思考の差も付けています。
さて、本当に悪者なのは、果たして何方なのでしょうかね…?
読み手によって変わる考えは、書いた者として面白く思います。
私の考えは述べずに居た方が読み手には面白いかと思いますので、敢えて何も述べずにいますね。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった扇様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。