#01:暗闇に光る瞳



『―…はぁ………。』


とある人間が、部屋の隅で壁に寄り掛かり、溜め息を吐いた。

手には、何かの事項を纏めたファイルが開かれている。

そのファイルの中身は、とある事柄が書かれた書類なのだが…それを持つ人間は、或る調べ物をする為に閲覧していた。

その書類の内容は、凡そ一般の人間が関わるような事ではない事柄が記されているものであった。

それを、至極難しそうな顔をして目を通している。

その者は細身で小柄な体格だった。

どうやら、世間一般・社会的によく弱く見られてしまいがちの、女のようであった。

女は…成人、と言うには少し幼いような、些か若過ぎるように思えた。

恐らく、歳は十代後半から二十代前半くらいだろう。

つまりは…二十歳前後の学生、又は、新社会人であろうと見て取れた。

ふと、隙間程に開けられた窓から、ひんやりと冷えた外気が緩やかに流れ込んできた。

窓に掛かるカーテンが、ふわり、小さく揺れる。


『………ん、ふぁ…、ふわぁ〜あ…っ。…………眠…っ。』


くあ、と猫のような欠伸を漏らした女は、不意に読んでいた書類を閉じ、片手で目頭を摘まむ。

だらりと流した髪は暗がりで黒く光るが、実際の色彩は、恐らく黒に近い茶系の色素。

俯き加減でよく見えないが、長めの前髪から覗く目付きは鋭く、まるで堅気ではない人間のそれを彷彿とさせた。

女はゆるりと頭を振ると面を上げ、前を見据えた。

凭れ掛かっていた壁から背を浮かせると、そのまま窓際付近に置かれた机の元へと歩み寄っていく。

其処は、この部屋で唯一明かりの点けられた場所であった。

明かりと言えど、その光源は机の上に置かれたスタンドの小さな明かりのみであり…。

それ以外の明かりは、全く点けられてはいなかった。

他の明かりとなりそうなものは、窓の外より気持ち程度に射し込む淡い月明かりくらいだった。

女は、書類を挟んだファイルをその机の上へ置くと、顔に掛かる前髪を鬱陶し気に掻き上げる。

窓の外を一瞥すると、随分と暗くなっていたのに気付き、すっかり夜が深まっていたのだという事を知らせた。


(―ありゃ、もうこんな時間か…。そろそろ寝なきゃだなぁ…。)


道理で眠くなってきた訳だと思い、就寝する為の準備をする為にベッドの上に置いていた上着を引っ掴んで部屋を出る。

―その時、廊下を挟んだ隣の部屋の扉が薄く開き、中から先程の女よりも小柄な人間が顔を覗かせた。

薄闇の中でも分かる色素の薄い明るい色の髪をした子供…その人は、少年のようだった。

彼は眠たげな空気を漂わせている訳でも無く、元より起きていたような空気を匂わせていた。

隣の部屋の人物が部屋を出ていく音に気付き、様子を見に部屋の外を覗いた…という具合のようである。


(―まだ眠っていなかったのか…。)


少年は、そう言いたげな顔をして、僅かに顔を顰める。

そうして小さく呆れを混ぜた溜め息を吐くと、何事も無かったかのように扉を閉めた。

後にその場に訪れるのは、深夜の静寂のみ。

明らかに異様な空気の漂う家であった。


執筆日:2016.05.22
加筆修正日:2019.10.18

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