#31:水面下の攻防



待ち合わせの午後、工藤邸屋敷前。

休日の空いた時間を利用し、彼との接触を謀る為、御礼の銘文を打って取り付けた約束。

彼が待ち合わせの時間に来るまでの短い間、携帯でメールを打ちながら待つ。


―これからミッション開始です、…っと。


とある人物へ向けて送ると、丁度角を曲がった先の方向から駆けてくる足音が聞こえてきた。

小さく軽い足音から、待ち合わせ予定の彼とみて間違いないだろう。

彼が此方へ曲がってくる前に、メールを送り終えた端末を懐へ仕舞った。

ふと、先程から何処からか誰かの視線を感じる気がするが…十中八九、すぐ其処にある工藤邸に居る誰かさんのものだろう。

此方の様子を観察しているのか、警戒しているのか。

敢えて其方へ視線を向けてやる事はしないが、悪趣味な事だ。

この場所に立ったのは数分前の事だが、彼からのものと思われる視線はその時からずっと感じている。

薄気味悪い気分である。

わざとこの場所を待ち合わせ場所に選んだのもあるけれども、こうも執拗に見つめられては辟易してしまう。

御礼を済ませたらさっさと家に帰って、この事も含めて報告しておこう…。

そんな風に、何事も無い風を装って考えていると、待ち合わせの彼がトテトテと駆けてやって来た。


―さぁ、始まりだ…。


心の内でニヤリと笑みを浮かべて、凭れ掛かっていた工藤邸の門壁から背を浮かせた。

軽く手を上げて振ると、向こうも大きく振り返し歩みを止めた。


「こんにちは、梨トさんっ!待たせちゃったかなぁ?」
『んーんっ!私も、ついさっき来たばかりだから。』
「そっか、良かった。今日は誘ってくれてありがとね!僕梨トさんに誘ってもらえて凄く嬉しいよっ!」
『まぁ、御礼したいって言ったのは私の方だからね。私もコナン君と逢えて嬉しいよ。』


視線を合わせるように少し腰を屈めて笑いかければ、彼も子供らしい無邪気な笑顔を浮かべて笑い返してくれた。


「それで、これから何処に行くの?」
『喫茶店だよ。私が通ってる大学付近にあるんだけど、外観からしてもすごくお洒落でね。まだそのお店には入った事は無いんだけれど…見付けた時から気になってて。せっかくなら、誰か誘って行きたいなぁって思ってたの!』
「その誰かが、どうして僕なの…?大学のお友達さんじゃ、ダメだったの?」
『う〜ん…それがねぇ、生憎、取ってる授業とかが合わなくて。お互いバイトもあって何かと忙しいし、なかなか予定が合わなくってね〜…っ。かと言って、一人だけで行くのも何だか気が引けて、コナン君を誘ったって訳!』


自然な流れで彼の小さな手を取り、優しく引いていく。

小さな歩幅で歩きながら喫茶店へ向かっていると、彼は此方を見上げて問うてきた。


「ねぇねぇ、梨トさん。その喫茶店って、どんなお店なの?」
『えっと、寄った事のある友達から聞いた話によると、ケーキ類がすっごく美味しいお店だって聞いたよ。紅茶のセットもオススメって言ってたかなぁ?店内も落ち着いた感じの雰囲気で、読書するにはぴったりのお店だって!』
「へぇ〜、ケーキかぁ…っ!僕、ケーキ大好き!!甘い物って美味しいよね!」
『良かったぁ〜…っ。もし甘い物苦手だったらどうしようかと思った。』
「どんなケーキがあるのか楽しみだねぇ!」
『うんっ!最近何かと忙しかったのに甘い物摂取出来てなかったし、精神的に疲れてるから凄く糖分を欲してたのよね!楽しみだなぁ〜っ!』


にこやかに話しながら、手を繋いで歩いて行った。


―暫く歩いて着いた目的地。

其処が、今日彼を連れて行きたかった予定の喫茶店である。


「此処が梨トさんが言ってたお店?」
『うん、そうだよ。綺麗でお洒落でしょ?』
「うんっ!あのさぁ、彼処に米花大学が在るけど…もしかして、梨トさんが通ってる大学って米花大学…?」
『そっ!米花大学文化部の二年生なのです!』
「だから、この間、蘭姉ちゃん達と逢った時はタメ口で話してたんだね?」
『うん。つい何となくタメで喋っちゃったけども、彼女達、あの時高校の制服着てたし。明らかに自分より歳下だなって分かったから。まぁ、これでも…私、基本、初対面の人とか面識薄い人とかには敬語遣いがちになるタイプなんだよね。』


そう言いながら、小さな手を引きつつ入口の戸を開く。

すると、お客さん入店の鈴の音がチリンチリンッと響き、近くのテーブルで片付けをしていた店員が気付いて駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ、こんにちは。何名様でしょうか?」
『二名です。』
「二名様ですね、畏まりました。お好きな席へどうぞ。」


奥の窓際の二人掛けの席を選ぶと、其処へ腰を落ち着けた。


『ふわぁ〜っ!やっぱり此処選んで良かったぁ…!』
「うんっ、凄いお洒落。それに、こんなに静かで落ち着いた空気なら、本を読むには打って付けの場所だね!」
『今日来て良かったぁ…っ!友達とお茶するなら、今度から此処にしようっと。』


お互いに店の雰囲気を気に入り、満足気に頷いた彼女は、早速何か頼もうとメニュー表を手に取った。

コナンにも同じ物を手渡し、メニューを眺める。

喫茶店という名の通り、軽めのランチからお茶をするにはぴったりなスイーツ等のメニューが揃っており、紅茶やコーヒー等のドリンクの種類も豊富であるようだ。


『私が御礼するんだから、代金の事は気にしないで頼んでね?』
「そう…?じゃあ、好きなのを頼む事にするね。何にしようかなぁ〜…?どれも美味しそうだし。梨トさんは何にするか、もう決めた?」
『んっとねぇ…生チョコレートケーキにするか、レアチーズタルトにするかで今迷ってる。取り敢えず、飲み物は紅茶でレモンティーってのは決めた。』
「レモンティー好きなの?」
『うん。いつも飲んでるんだ。…インスタントのヤツだけど。アップルティーも好きだよ。』
「甘いのが好きなんだね。」
『うん…私、苦いの苦手だから。紅茶はストレート無理。ミルクティーとかもミルクが濃くないと何か嫌かな。渋いの苦手。』
「ふぅ〜ん、そうなんだ…。(俺と正反対…。)」


結局、迷いに迷った結果、梨トはレアチーズタルトにレモンティーを頼み、コナンはレモンパイとミルクティーを頼む事にした。

オーダーを取り終え、店員が去ると、待ってましたとばかりに身を乗り出したコナンは、先日の約束の件を訊いてきた。


「ねぇねぇ、梨トさん…!弟さんと逢えるかどうかの件、どうだった?」
『あぁ、それね?うん、勿論ちゃんと訊いてきたよ。』
「それで、どうだって…?弟さん、僕と逢ってくれるって…?」
『うん…!OKだってさっ!』
「やった…っ!!」
『但し、条件付きだけどね?』
「え………?条件…?」


喜びの声を上げたところで条件という言葉を突き付けられ、固まるコナン。

梨トは、なるべく自然に事が運ぶよう言葉を選びながら話を進めた。


『遥都がね、その子の写真を見せてくれ、って言ってきたの。その子がどんな子か知りたいから、って。でも、残念ながら私、コナン君とはまだ逢ったばっかでコナンの写った写真一枚も持ってなかったから、正直に持ってないって答えたの。そしたらあの子…やっぱりいつもみたいに警戒心剥き出しにして“逢わない!”って言ってきたから、慌てて案として“次逢って来た時に写真撮ってくるから、それなら良いよね?”って言ったの。そう言ったら遥都も納得したのか、逢ってくれるって返してくれたから…そんな訳で、コナン君の写真を撮らせて欲しいの…っ。』
「僕の写真…?」
『うん…っ。“どんな子かも分からないのに、早々信用なんて出来るもんか”って事で…。何だかごめんね?ウチの弟ったら大分気難しいところあるから。』
「へ、へぇ…。かなりデリケートな子なんだね、弟さん…。」
『だから、申し訳ないんだけど…コナン君の写真、一枚だけ撮っても良いかなぁ…?嫌だったら凄く申し訳ないんだけど…!あっ、そうだ!私も一緒に写れば信用性もグッと高まると思うし、一緒に撮ろっか…!』
「う、うんっ、それは別に良いけど…っ。」


若干引き攣った笑みであれども了承の返事を貰うと、すかさずコナンの隣へ移動し、中腰になって頭の高さを合わせる。

自身の携帯のカメラを向けて「はいっ、撮るよ〜!」と声をかけ、「ハイ、チーズ!」の合図でシャッターを押した。

すると、ピロリンッ!と軽快な電子音が鳴る。

撮れた写真がブレていないかを確認し終えると、しっかりと保存してから携帯を閉じた。


『有難う、コナン君!これで遥都もきっと安心して逢ってくれると思うよ…!』
「そうだね…。そういえば、梨トさんの携帯って、ガラケーなんだね。」
『へ…?あー、うんっ。買い換えるの面倒臭くて…。あと、愛着あって気に入ってるし?』
「スマホには変えないの?」
『うーん…。今時、皆スマホだから変えた方が便利っちゃ便利だけど…まだ変える気は無いかな?どうしようか考えてはいるけども。』
「そっかぁー。あ、そだ。僕とメアド交換、まだだったよね?あの時はドタバタしてて、元太や歩美ちゃん達としか出来なかったから。」
『わぁっ、嬉しい!コナン君と仲良しの証だね!でも、ケーキ来ちゃうから、また後でね?』


彼女がそう告げた瞬間、注文した品を持ってきた店員がやって来た。

ケーキの甘い匂いと紅茶の良い香りが絶妙に混じり合い、鼻腔を擽る。

取り敢えず、計画していたミッションはクリアしたので、後はケーキを存分に楽しむだけとなった梨トは、上機嫌でケーキを食すのであった。


執筆日:2016.08.21
加筆修正日:2020.05.15

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