#32:振り返ったその先



貴重な時間を使い、コナンとの初デート(?)を終えた梨ト。

彼を、彼が住んでいるという探偵事務所の所までしっかり送ってから帰宅した彼女は、まず一番にボディーチェックを行った。

理由は、万が一、盗聴器の類を仕掛けられていたが時の為のチェックである。

自身が見た範囲では無い事を確認すると、一息吐き、部屋へと上がる。


『Ich bin gerade wieder da, Hald. Vielen Dank, dass Sie zu Hause bleiben! (――ただいま、遥都っ。お留守番ありがとね!)』
「Oh…willkommen zurück, “Schwester”. Haben Sie Ihr Date mit ihm genossen…? (――あぁ…おかえり、“姉さん”。彼との“デート”は楽しかったかい…?)」
『Ja, es hat Spaß gemacht! Ich konnte viel nach ihm fragen! (――うんっ、楽しかったよ〜!それなりの事は知れたからね!)』
「Das war gut. Ich bin froh, dass du Spaß hast. (――それは良かったね。楽しそうで何よりだよ。)」


一応、帰宅の挨拶をドイツ語で口にした梨ト。

すぐにその意図を組んだらしい彼は、落ち着いた様子で対応する。

互いに微笑みを浮かべて言葉を交わした二人。

そうして何事も無いと判断し、盗聴器の類の反応も無いと確認して、目線のみで伝えた。

静かに頷いた彼女も安心して肩の力を抜き、いつもの笑みを浮かべた。


『すぐに察してくれて助かるよ。』
「伊達に警察関係の仕事をしている訳じゃないさ。」
『でも、流石だよ。やっぱり“父さん”には敵わないね。』
「フ…ッ、大袈裟だ。それより、彼との“デート”とやらで得た情報をお聞かせ願おうか…?」


普段の大人びた笑みを浮かべて、ソファーで腕を組み足を組んでいる彼は、一見絵になる姿だ。

対して、梨トは悪戯めいた表情を浮かべ、「じゃあ、聞いてもらおうかな?」と返した。


「―…成程。やはり、例の高校生探偵と見て、間違いはなさそうだな…。」
『システムにかけなくても分かる…?』
「これだけ特徴がそっくりならな。まぁ、一応は照合しておくが…結果は目に見えているさ。」
『彼は、どうやら“此方側”の人間として有力な人物になりそうだね。』
「あぁ。だが、油断は禁物だ。本当に彼が俺達を味方として見てくれるかは、別だからな。話はこれからだぞ、梨ト。」
『分かってる…。次、逢う時が楽しみだよ。引き籠り中学生のフリ、宜しくね!“父さん”!』
「完全に楽しんでるな、お前…他人事だと思って。まぁ、いつも通り居れば良いだけだから、大した事はないが…。」


若干のジト…ッ、とした雰囲気を向けつつ、遠い目で此方を見てきた遥都。

手元には彼女の携帯があり、画面には先程の外出先で撮ってきた彼とのツーショット写真が映し出されていた。


「ところで…もう一人のマークしている彼とは、どうだ?今日の待ち合わせ場所、彼の住む家の前だったんだろう?何かアクションは無かったのか…?」


打って変わって纏う空気を変えた遥都が真面目な顔をして問うてきた。


『向こうが気付いたんだろう時からずっと見られてたよ。わざわざ振り返ってまで確認した訳じゃないけど…待ってる間中、誰かに見られてるような視線が物凄く痛かったからね。』
「警戒してるんだろう…。もしくは、此方側の動向を観察してたってところかな。」
『でも、流石にアレは気色悪いから止めて欲しいなぁ…。怪しまれないよう、コナン君来てからも何も言わなかったけどさ。』


うんざりした様子で首をガックリと落とした彼女は、盛大に溜め息を吐く。

それに対し、彼は小さく「お疲れさん。」と返したのだった。


これまでの状況報告を終え、彼から自身の携帯を返してもらった瞬間に、誰かからの着信が入った。

一瞬、場に緊張が走り、着信相手を警戒する。

しかし、此方はプライベート用の携帯であった事もあり、少しだけ警戒を緩めて着信に出た。


『…はい、もしもし、此瀬ですが…。』
<あ、此瀬さん?お休みのところごめんなさいね。ちょっと頼み事があるんだけど…。>
『オーナー?どうしたんですか?』
<実は、明日シフトになってたバイトちゃんの子が急に来られなくなっちゃって…。午後から夕方の四時までの間なんだけど、来られるかしら?>
『明日ですか…。明日は、大学へレポートを提出しに行かなくちゃいけないので…バイトはその後になると思いますけど、良いですか?』
<オッケーよ!有難う、此瀬さん!助かるわっ!!>
『いえ。それでは、失礼致します。』


短い会話を終え、電話を切った梨ト。

終始会話を聞いていた遥都は、未だ警戒した様子で「誰からだ?もしかして、奴等からか…?」と問うてきた。

しかし、梨トはあっけらかんとして答えた。


『いや?バイト先からだよ。本屋のバイト。』
「は…?お前、普通にバイトなんかしてたか…?」
『うんっ、してたよー。今年になって始めたんだぁ〜。近くにある本屋の店員なのです。これでも歴としたアルバイターなんだぞっ!』
「そ、そうだったのか…知らなかった。」
『あり…?私、どっかで言わなかったっけ?』


“バイト=組織からの仕事”の隠語かと勘違いしたのだろう彼は、呆然としながら呟いた。

電話の内容は、「明日、別の人が入っていたシフトに急遽急用が入ったとかで出れなくなり、人手が足りないから代わりを頼まれてくれないか」というもの。

それを彼にも伝え、明日また出掛ける為、その間の留守を頼んだ。

母も居る筈なのだが、ここのところ、近所のママ友とお茶会か何かでよく家を空けている。

その為、母である佳奈絵も不在の時は、基本遥都一人での留守番を任されているのである。

勿論、彼はきちんとしているので安心して任せる事が出来る。


『そんじゃ、行ってきまーすっ。』
「あぁ、気を付けて行ってくるんだぞ。」


翌日、大学へのレポートを提出がてら、そのままバイト先へ向かう梨ト。

それをしっかりと玄関先まで見送った“弟”なのであった。

淡々とスケジュール通りに事を運び、バイト先の本屋へ辿り着いた梨ト。

本来なら自分のシフトの日ではないのだが、頼まれたからには代理の者としてきっちりこなそうと思う。

その分しっかりとお給料貰えるし。

いつも通りに慣れた様子で本の整理作業を行っていると、不意に背後から声をかけられた。


「―あの、すみません。」
『はい…っ?』


商品棚の前で屈んで作業をしていた為、そのまま後ろを振り返って上を見上げる。

だが、そこで梨トは双眸を見開いた。


「お忙しいところ、すみません。少々お訊ねしたい事があるのですが…宜しいでしょうか?」


なんと、声をかけてきた相手は、見覚えのある褐色の色黒肌に色素の薄い髪と特徴的な垂れ目をした…あの男だったのだった。


執筆日:2016.08.28
加筆修正日:2020.05.15

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