ずっと、春を嫌ったみたく、桜が咲いても、庭先に咲くのを縁側から室内から眺めるだけで終えていた。
過去に何があったかなんて詳しい事は聞いちゃいなかったが、けれど、あまり深入りして踏み込まれたくはないのだろうと、何となく張られた予防線のような一線に、思っていた。
兎に角、ウチの審神者は、春が来ても心底喜んだ風な表情は見せなかった。
だが、俺達も随分と強くなり、本丸もデカくなった。其れを始めから築き共に成長したのは、紛れもなくあんただったんだ。
いい加減、前を向いて歩けよ。一人が無理なら、俺達がその手引いてやるから、一緒に進んで行こうぜ。
そう思い抱いたのは、もう随分と前の事だった。決断し、自らがその役目を担う事にしたのは、ついさっきだ。
本当は、こういう役目は最古参な初期刀の加州なんかが務めるべきなんだろうが……いい加減待つだけなのも待ち草臥れた。
俺は、春の少し生温い風を受けながら、審神者部屋を目指した。そして、相変わらず出不精で引き籠ってばかりの主へと告げる。
「なぁ、主…今良いか?」
「うん? 大丈夫だけど…何?」
「ちょっと付き合え」
「えっ……何処に? というか、何に…?」
「良いから……ちっと出るぞ」
「え、あっ、ちょっと……!」
詳しい事は何も告げず、ただ強引に彼女の手を引いて外へと連れ出す。
道中、
半ば無理矢理に連れ出された主は、困惑気味にただされるがままで居たが、文句を口にする事は無かった。ただ、俺に行く先を委ね、手を引かれたままで居る。
その事に、内心警戒心が足らねぇだとかどうとか思わなくもなかったが、其れ等を口には一切出さなかった。信頼を預けてもらえている事だけは、純粋に嬉しかった。
暫く無言で歩き続け、目的地へと行き着いた先で、歩みを緩め、止めた。黙って付いてきた彼女も其れに倣い、足を止める。
「あの…、たぬさん……? 此処が目的地で、私を連れてきたかった場所なの…?」
「嗚呼……この景色を、あんたにも見せたかったんだよ」
「え………っ」
「見ろよ、こっから見える景色を」
其処は、本丸の裏手を少し登った場所にあった。一人こっそりと見付けていた、花見をする上でのとっておきの穴場である。
其処から見える景色は壮観で、本丸全体を見下ろせる上に、時季になると山桜が大層美しく咲き誇る場所であったのだ。
俺は、其処へ、ずっと彼女を連れて行きたいと思っていた。この美しき景色を、一緒に見る為に……。
四年待った。俺にしては、気長に待てた方だと思う。彼女の纏う空気を読んで、察して、そろそろ頃合いかと踏んで、今に至る。
雪の
繋いだままの手はそのままに、俺は眼下に見える景色を仰いで口を開いた。
「凄ェだろ…? こっからなら、本丸全部が見渡せるぜ。壮観だろ」
口角を上げてそう告げれば、同じく眼下を見下ろし、その壮観さに圧倒された彼女は感嘆を洩らした。
「ふわぁあ……っ! 本当に凄いね…!? 本丸の裏手にこんな穴場があっただなんて、ちっとも知らなかったや」
「そりゃそうだろ。あんた、ずっと引き籠ってばっかだったんだからさァ」
「はははっ……そりゃ言えてら!」
からからと笑って返した主は、改めて眼下の景色を眺めつつ、緩やかに目を細めて微笑んだ。
「この景色を見せたくて、わざわざ連れて来てくれたって訳かぁ……っ」
「まァな。本丸を一望出来るってのも勿論だが、この季節は山桜が綺麗に咲いてっからよ……。せっかくなら、雨で散る前に満開で見頃な様を、あんたにも見せてやりたかったんだ」
「ふふっ……もしかして、此処、たぬさんだけが知る穴場だったりする?」
「たぶんだけどな。俺以外の奴も偶に山登ってたりすっから、もしかすりゃ、山伏の奴とか祢々切丸の奴なんかは既に知ってっかもしれねェ」
「ふふっ……そっか。つまりは、たぬさんのとっておきの内緒の場所を教えてくれた訳だ…? 嬉しいなぁ〜、其れは……っ。所謂秘密の共有ってヤツじゃん? ふはっ、何だか擽ったい気持ちになるね!」
「どうだ? 桜、滅茶苦茶綺麗だろ…?」
「うんっ、めっちゃ綺麗……! こんな見事な景色見れるなんて思ってなかったから、今滅茶苦茶感動してる! 桜も見ながら同時に本丸も一望出来ちゃうだなんて、凄くない? 超得した気分だわ…! こんな素敵な穴場教えてくれて、有難うたぬさん!!」
主はそう言って、
「こんな景色くらい、
「勿論、今の戦が終わるかしない内は変わらず皆と一線に居るよ。だって、私、もう皆が居ないと生きてけないくらい皆の事大好きで愛しくて堪んないんだから」
「そりゃ嬉しい事言ってくれるねェ……。持ち主に大事にしてもらえんのは、刀冥利に尽きるこった」
「たぬさん達となら、何気無い毎日を幸せに思えるし、明日を……未来を、望む事が出来るから……出来れば、ずっとずっと一緒に居たいなって願うよ」
「そう思ってもらえてんだったら、もう迷う事も要らねぇだろ…?」
彼女がふと俺の方を振り返り見た。そして、俺の眼差しを一身に受け、大きく目を見開く。
「一人が恐くて無理なら……俺や本丸の奴等、あんたの刀が皆付いててやるからよ。一緒に前向いて歩んで行こうや。どんなにゆっくりでも構わねぇからさァ。俺達も付き合ってやるから、これまで手を取り合って共に切磋琢磨成長してきたみてぇに、あんたもそろそろ其処から抜け出してみろよ。必要なら、今みたく手ェ引いて連れ出してやるからさ。……なっ、主?」
繋いだ手は離してやらなかった。例え、拒まれたとしても、離してやる気など一切無かった。
もう一押しか。あと少しだと、彼女の揺らぐ瞳の奥を見つめて思う。
彼女が、くしゃりとかんばせを崩して、苦く笑った。
「私、
「許すも何も、始めから拒む気なんざ一ミリも無ェんだから…今更だろ?」
「……そっか、今更かぁ……っ」
つぅ……っ、と主の頬へ一筋の涙が伝った。春の凍土も融解の時が近い。
俺は、もう躊躇わずに彼女の細く小柄で柔らかな体へと腕を伸ばした。そして、桜吹雪の舞う風の中、愛しき彼女の身を抱き締める。戦装束のままだったから、堅い防具が当たって痛かったかもしれないが、腕の中に閉じ込めた彼女は何も言わなかった。代わりに、大人しく俺の腕の中に収まり、のちにおずおずとぎこちなく俺の背中へと華奢な細腕を回した。愛しくて、堪らなかった。
幾度春が巡ろうと残り続けていた凍土は、融解した。彼女が、憚る事無く、涙を流し、頬を濡らす。溢れゆく涙は温かく、彼女が確かに生きているのだという事を改めて実感させられた気がした。
俺は、赤く染まりゆく目蓋に口付けを落とした。其れを、彼女が泣き笑いながら擽ったげに受け入れ、享受する。
彼女の抱えたトラウマを共に抱えると決めた覚悟は揺らがない。
俺は、何処まで行ったって主の刀で、武器として、
ただ、以前よりも少し距離が縮まっただけだ。あとは何ら変わりは無いのだから。共に歩み続けて行くだけなのだ。
赤らむ眦に唇を落とし、涙を掬い舌で舐め取る。
まるで俺達が喜びを露わにした時みたいに髪に薄紅の花弁をくっ付けて笑う彼女は、綺麗だった。
【後書き】
支部のスキイチ特別企画、テーマ『桜』へと参加してみた代物なる。
支部の企画に参加するのは初めての事です故、どうぞお手柔らかに……。
桜から連想したイメージをぽつりぽつりと繋げてみました。
ちょっと自己投影色強めなお話になってはいますが、ザックリ言いますと……ちょっと過去に諸々あって春が来る度に悶々し出す審神者さんを連れ出し、心に寄り添ってくれようとする同田貫さん、という感じの内容でした。
毎度の如く、自本丸設定とか色々山盛り詰め込んでいる為、何でも許せる方向けです…!
ちなみに、我が本丸の子をベースに書いておりますので、当作品に出て来る同田貫さんは極修行済みです。
極めた後の漢前度増し増しな同田貫さんの格好良さとかをビシバシ感じて頂けたら幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださったpixiv様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画を開催してくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、お題サイト様よりお借り致しました。
支部のスキイチ特別企画、テーマ『桜』へと参加してみた代物なる。
支部の企画に参加するのは初めての事です故、どうぞお手柔らかに……。
桜から連想したイメージをぽつりぽつりと繋げてみました。
ちょっと自己投影色強めなお話になってはいますが、ザックリ言いますと……ちょっと過去に諸々あって春が来る度に悶々し出す審神者さんを連れ出し、心に寄り添ってくれようとする同田貫さん、という感じの内容でした。
毎度の如く、自本丸設定とか色々山盛り詰め込んでいる為、何でも許せる方向けです…!
ちなみに、我が本丸の子をベースに書いておりますので、当作品に出て来る同田貫さんは極修行済みです。
極めた後の漢前度増し増しな同田貫さんの格好良さとかをビシバシ感じて頂けたら幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださったpixiv様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画を開催してくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、お題サイト様よりお借り致しました。
