其れは、とある晴れた日の一幕の事である。
 その日は、偶々とても良く晴れていて、気持ちの良い快晴が広がっていた。風は程好く吹き、何処までも青い空には雲一つ無い、晴れの日。まさに、洗濯日和とするには絶好の日和であった。
 そんな絶好の機会を逃す洗濯係ではなく、此れを機に一気に洗濯してしまおうと、冬の微妙な天気故になかなかカラッと乾かせないからと控えていた大きめの洗濯物を一斉に洗いに出していた。久し振りの快晴振りに、洗濯係が張り切って気合いを入れた結果でもあった。
 洗濯場ではためく沢山の洗濯物の一部を干し終えた加州は、そんな壮観な風景を眺めて、仕事終わりの溜め息を一つ零す。
「っふぅー……此れで最後の洗濯は終わり! 後は、空模様見ながら乾くのを待つだけだな〜。今日は、比較的あったかくて陽も出てて風もあるから、よく乾きそう」
 一通りの作業が済んだ事による達成感を感じつつ、しかしながら、冬の寒さは変わらずである事を思い出したように空になった洗濯籠を抱えて空の下を移動し始める。そうして、勝手口となる縁側の沓脱石の処で履いていた突っ掛けのサンダルを脱いでいれば。通りすがりらしきこの本丸の審神者が、ひょこりと顔を覗かせた。
「よっ、清光。洗濯お疲れ〜! 外寒かったでしょっ。天気良くってめっちゃ晴れてても、まだ冬なんは変わりないけんねぇ。早よあったかくなってくれたら有難いよなぁ〜」
「そうね〜っ。でも、一仕事終えた後に主からそうやって一言でも労いの言葉貰えたら、幾らでも頑張っちゃうんだから……!」
「ふふふふっ……何だったら、今ならサービスしてハグも付けちゃうよ? 可愛いウチの清光の為なら、寒い中頑張ってくれた御礼のご褒美ハグも許しちゃうのだ! 初期刀様の特権ってヤツにゃんだぞ〜っ! どうぞ、湯タンポ代わりのハグ、カモンッヌ!!」
「ふはっ! 何その謎テンション……意味分かんなくて逆にウケるっ。けど、有難くハグさせてもらおっかなぁ〜? せっかくの主からの特別サービスなんだし、寒かったのも事実ですし。初期刀特権って事抜きにしても嬉しいから、是非ともハグさせてもらいまぁ〜す!」
「イエーイ! 仲良し仲良し! ついでにあったまり合えて一石二鳥!! 文句無しの良い事尽くめじゃんっ!」
「ねぇ、主、何で今日はそんな無駄にテンション高いの?」
「徹夜明けのオール故ですかね!!」
「寝ろよ!! 逆に何で寝てないのさ!?」
「イベント周回も大詰めだからかな! なもんで、今しがた眠気覚ましの珈琲おかわりしてきたところだったのよ! いやぁ〜、今日は天気良いお陰で絶好の洗濯日和で助かるわなぁ〜っ。まぁ、其れで絶賛太陽の日差しが目に沁みて眩しい訳なんだが……っ(笑)」
「頼むから今すぐ寝て……っ」
「あははははっ……今暫くは珈琲の効果が持続してる為に眠ろうにも眠れんだろうな。カフェインの力は偉大なり」
「締め切りに追われた作家みたいな事言ってないで寝ろよ、マジで。そんなんだから主不健康なんだよ〜? ほら、目の下隈出来ちゃってせっかくの可愛い顔が台無しになってるじゃん、もぉー……っ」
 無駄なハイテンションの由を問い質せば、イベント周回集中の為徹夜オールを決め込んだ事の影響によるハイである事が判明した。まぁ、審神者界隈ではよくある話で、特にイベント終了間近になると各所で見られる光景でもある。
 最早見慣れた光景ではあるが、其れでも心配しない訳ではないので、毎度の如くストッパーとなる者達が密かに目を光らせているのだ。彼もその内の一振りひとりで、彼女の初期刀として甘さも携えながら時には厳しい言葉も告げる。良き相棒パートナーなのである。
 寝てない事による目の下の隈を曝しつつも、笑顔で軽く笑い声を上げている彼女は、自分の背丈よりも大きな彼をハグして満足そうだ。其れに何だかんだ言いながらも“仕方ないなぁ”と許す彼も満更ではない。
 一頻り抱き合って温度を分かち合って満足した二人は、離れた後も自然と二人並んで移動していく。そして、改めて空模様を覗いて、呟きを零す。
「其れにしても、今日は本当によく晴れて良かったねぇ〜」
「ねっ。お陰様で洗濯物もよく乾きそう」
「寒くても、お日様出てると気温やら体感温度変わってくるからね。そういう意味でもお天道様有難や……っ」
「ちょっと主、何か言動がお婆ちゃんじみて来てるから……っ。主まだ二十代でしょ? もうちょい若く居ようよ〜」
「ははははっ、何を言う清光よ……。私とて、小学生坊主達から見たら立派なババアぞ。嘗ての頃と比べてみたら、もうそんな若くないのさ。おもに体力面とかの部分においてとかね。昔はまだもうちょい活発に動けた気がする……。例えば、徹夜オールしても平気でずっと起きれてたとか……。今は仮眠挟まんと無理、ずっと起きてらんない。眠気に勝てん」
「いや寝て良いから。無理して起きてないで良いから。主は、この後、珈琲の効果切れたら大人しく布団に入って寝る事。良ーい?」
「はぁ〜い。心配せんでも、その内寝落ちるから大丈夫やで」
「出来れば、寝落ちる限界来るまでに寝て欲しいかなぁ〜っ」
 他愛ない会話を紡ぎながら、同じ景色を共有する。
 そうしていたらば、ふと視界に或るものが飛び込んできた。冬の晴れ間の青空に架かった虹である。一定の条件を満たす事で現れる七色の橋に、二人して表情を輝かせて声を上げた。
「おーっ! 虹だぁ〜! ねぇねぇ、清光見て! 虹だよ!!」
「おっ、本当だ! 虹じゃん!」
「ふふふっ……早速良い事あったね!」
「ね〜っ。虹見れるとか、何か縁起良くない?」
「ねっ! 今日がよく晴れてたお陰かな? よしっ、この機会にめっちゃ拝んどこ……!」
「いや、仏様じゃないんだから、んな合掌してまで拝まんでも……っ」
「じゃあ、せめて写真撮っとこ。虹って比較的見れる条件低くて、見る機会は多い方だけど、其れでも上手い事条件揃ってないと見れない訳だし……必ずしもその場に居合わせるとも限らない訳だしね。偶々見れた記念に写真撮っとこうぜ!」
 開けた場所である縁側から空へとスマホのカメラを向けてパシャリッ、一枚景気良く収めた審神者は、笑顔で画面を覗く。そうして、何か物足りなさを感じたのか、今度は虹の架かる空を背景に自撮りする事にしたようで。すぐ隣に居た彼を手招きした。
「せっかくだから、清光も一緒に写ろ!」
「えっ、俺も? 良いの?」
「うん! だって、想い出は、共有出来た方が後で振り返った時に楽しいでしょ? だから、せっかくだし、清光と一緒に撮りたいの! 駄目……?」
「いんにゃ……寧ろ、凄ェ嬉しいっ」
「じゃあ、もうちょっとこっち寄って! なるべく顔くっ付けるような感じで……っ。ハイッ、撮るよー! 画面に向かって可愛くポーズ決めて〜! ハイ、チーズ……ッ!」
 お試しの一枚目の次に、もう一枚本気の一枚をと、再びシャッターの切る音がする。次いで、ちゃんと撮れたかの確認をする為に、再度画面を覗き込む審神者。今しがた撮った写真のデータを確認するや否や、その撮れ具合に満足した様子で笑みを湛えて感想を零す。
「ねぇ、見てっ……めっちゃ綺麗に撮れたよ! 凄くない? 何か謎の感動を覚えるんだけど」
「主ってば大袈裟ァ〜っ。でも、確かに綺麗に撮れてんね! 俺、可愛く写ってる?」
「超絶可愛く撮れてんよ〜っ。流石、我が初期刀様! 世界一可愛い……っ!!」
「いや、褒め過ぎ……っ!! けど、有難うっ」
「んふふ〜っ、どういたしましてぇ〜!」
 たかが虹一つでこんなにもはしゃぐなんて子供っぽいかもしれないが、今や徹夜明け独特のハイテンション故、致し方ないのだ。取り敢えずはそういう事にして、今を楽しむ事にした審神者は、再度空へ架かる七色の橋を見上げた。同じく、共に其れを眺める彼が徐に呟く。
「……虹、綺麗だね」
 確かに、彼は虹の事も含めて言ったのだろう。しかし、その視線は真っ直ぐと彼女へと向けられていて、ただ言葉通りの意味だけで受け取るには不釣り合いな色を赤の瞳に乗せていた。其れを正しく受け取ったか否かは不明だが、そんな彼の様子を見て、彼女はただ小さく微笑みを浮かべてこう返す。
「……なら、一緒に渡ろうか、あの橋を」
「えっ…………でも、虹ってすぐ消えちゃうものなんじゃ……、」
「だから、もし、あの虹がただの虹じゃなくて、人が触れても簡単には消えない不思議な虹だとしたら……あの橋からでしか見れない景色を一緒に見れたら最高じゃない? まぁ、本当にそんな不思議な虹色の橋があって、清光が嫌じゃなければ……って事が前提だけど。清光は、どう思う……?」
「うん……っ、俺も、主とおんなじ景色が一緒に見られるなら、主と手を繋いで渡りたい……!」
「もしかしたら、あの虹を渡ったら後、元には戻れなくなるかもしれなくとも……?」
「其れでも……っ、俺はずっと主と一緒に居たいって思うよ……!」
「……そっか。私とおんなじだね」
 例え、夢物語に過ぎなくとも、互いが互いに想いを同じくし、共に居れるのならば、其れだけで幸せなのだと。厳密に口にする事は無かったけれども、敢えて語らずとも伝わる想いが二人の心を一つに繋いだ。
 その証拠に、二人は仲睦まじそうに何時いつまでも寄り添い合いながら空を眺めたのであった。


後書き

※『虹が綺麗ですね』……『月が綺麗ですね』の類語。虹は架け橋ともいうため、意味としては『あなたとつながりたい』などといったものになる。
『虹が綺麗ですね』は、『夕日が綺麗ですね』と同じように愛を伝える種類としては、『月が綺麗ですね』のような100%の愛の告白まではいかないんだそう。好意を寄せている相手に対して、もっと近付きたいなどといった意味を込めて使うと良い。
『虹が綺麗ですね』と言われ、もし気持ちが同じであれば『一緒に橋を渡りませんか』と答える。そうする事で、相手も自分と同じ気持ちでいるのだと知る事が出来る。
もし、気持ちが同じではない場合、『虹はすぐ消えてしまいますよね』など少し悲観的な要素を含めた言葉で伝える。悲観的な言葉を言われると、これ以上距離を縮める気はないのだと相手に伝わるそうな。


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