汗ばみながらも止められぬ読書に、降るは鶴の一声ならぬ審神者の声で快適贅沢三昧。
まだまだ残暑厳しい中、日の当たる場所(縁側)で汗をかきながらも、柱に凭れて本を読み耽ってる孫さんを見かけて、思わず声をかけてしまった。
「わざわざ暑い場所で読まんくてもイクナイかい?」
「ん……? あぁ、主人か。すぐに気が付かず、すまない」
「いや、別に。その点は気にしとらんから全然構わんのじゃが。そもそも、本読むのに熱中しとると周りがよう見えんくなるんは、あるあるじゃし。あと、別段気配消しとるつもりはないんやが、俺氏猫みの強い人間故、うっかり相手が気付かん内に近くに寄ると、実家でもよう家族にバケモン見た如くビビられるんよ。やけぇ、すぐに気付かれん事には慣れとる」
「はははっ。確かに主人は猫っぽいが、其処までとなると、最早刀剣男士の域になるんじゃないのか?」
「まぁ、物は持ち主に似るってよく言うし、一緒に居る時間が長いと逆も有り得るのやもしれんなァ。……それはそうと、そん長い髪、流したままにしとって鬱陶しゅうないんかえ? 義兄弟の兼さん(極)や無骨さんみたく全部括っちまったら、ちったあ涼しかろうによぉ」
今にも熱中症か脱水症状で倒れやしないかと、見ていてヒヤヒヤとするくらいには暑苦しい格好であった。幾ら軽装に着替えていようとも、この暑い中、長い髪をいつもの髪型のまま、日も避けずして汗を垂れ流しながら本なぞ読み耽っていれば、流石に声の一つくらいかけずには居られまいよ。
指摘を受けた本刃は、言われて初めて意識が向いたと言わんばかりに自身の髪へと触れて物思いに耽るような表情を浮かべた。そして、一寸の間、思考して行き着いた回答を口にすべきか逡巡するかの如く、もご……っ、と口籠った後に、じ……っ、と無言の圧を向けてきた。
その微妙な圧に耐えかねて、たじろぎながらも視線の意図を図るべく問い質す。
「な、何ね……っ。そんなじっと見つめてきよってからに……」
「いや……こういう時の場合、言い出しっぺの法則とやらが適応するのか否かと思ってね」
「は……?」
何を言い出すのかと思えば、想定していた斜め上な回答が返ってきて、思わず素で間抜けな声が口を
「主人から言い出した事だ。そもが、俺は今、本を読むのに忙しく手が離せない。そして、なんと運が良い事なのやら、丁度懐には主人自ら贈ってくれた簪がある。……お願い出来るか?」
其れはもう良い笑顔であった。此処まで言わせておいて、断るのも何だか悪い気がしてきて、溜め息一つだけ零して彼の背後へ回るように腰を下ろした。次いで、無愛想に一言「ん」と、口にして前方へ掌を差し出せば、意図を理解した彼から「はいよ」と、気前の良い返事と共に例の簪が乗せられる。
流石に、腕利きのプロではないので、普段全く髪の毛を弄らないセットアップのド素人がいきなり簪一本のみで髪を結い上げるのは無理がある。其処で取り出したるは、手首に付けていた予備のヘアゴムならぬシュシュである。不定期で通りすがりにお洒落番長な可愛い刀達がゲリラ(という名の奇襲)で着飾り大会を開催するので、偶々持っていた物だが、丁度良い機会という事で利用する事にした。
ただでさえ暑いのに日の当たる場所に居た所為か、掬い取った髪は少し汗ばんでぺしょりと湿気ていた。汗で首に張り付いていた襟足も綺麗に纏め上げるべく、手櫛でわしわしと梳きつつ、後ろ頭の中程から気持ち上目に位置する辺りに視点を集中させる。程々に一つの束に纏まり切ったら、シュシュで簡単にお団子ヘアに結わえ、最後の仕上げとばかりに結い目へと簪をぶっすり挿した。此れで、簡単には崩れ落ちる事はあるまい。普段全くヘアアレンジとかしない割にどうにかなってホッと息を
すると、此方の作業が終わったのを、読書に集中しながらも何となく察したのだろう。徐ろに視線を上げた孫さんが、くるりと首だけを巡らす形で此方へと振り向いた。
「終わったのかい?」
「応ともよ……。此れでエエんじゃろう?」
「ふふっ……さっきまでとは大違いに首周りがスッキリして涼しいな。有難う、主人。助かったよ」
「次、頼むんなら、兼定の先輩後輩コンビに頼めよ〜。俺はヘアアレンジとか髪の毛のセットアップとか専門外やき。まだ俺よかマシな腕利きの奴等に頼んでくだせぇ」
「おや、そいつぁ残念だ。もし、次の機会があれば、また主人に頼もうと考えていたんだが、袖にされてしまったか」
「今回だけ特別じゃ。頼むけ、味占めたりなんぞすなよ」
「今回のみ特別とは、口惜しいだけに、また頼むかもしれないなぁ〜」
「じゃーけぇ、味占めるなち言うとるじゃろうが……っ!」
「はははっ! 俺とて、主人自ら手を掛けて整えてもらえるのは嬉しいんだ。今回だけと言わず、次もまた頼むよ」
「ッ〜〜〜……!! その顔でその言い分は狡いってばよ〜〜〜!! クッソ……
そう宣言して、自分の前髪を留めていたピン留めを外して、わざと孫さんの前髪の真ん中を割るようにして留めてやった。所謂、ポンパドールヘアというヤツである。
いつも長い前髪で視界にカーテンが出来ているのに慣れているところ、急に晴れた視界が新鮮なのか、デコ出しの刑に処されたというのに不平不満すら抱かないのか、逆に嬉しそうな反応を見せた孫さんが恨めしい。
「おおっ、こりゃあ良い……! 視界が開けた分、文字が見やすくなって活字を追うのも楽になりそうだ!」
「半ば嫌がらせのつもりでやったんじゃけどな……そんな喜ばれっと何や複雑やわ……」
「はははっ、其れは其れは大層すまなかったね。けど、あんたは腹いせのつもりか嫌がらせのつもりでやったのかもしれんが、俺には逆効果だ。俺としちゃあ、主人に積極的に構ってもらえた時点で十分満足しているんでな」
そう、大層ご満悦な様子で宣われてしまえば、二の句を継ごうにも上手い言葉が見付からず。結局は、孫さんを満足させるだけに終わったと諦め。代わりに何をするかと言えば、
その後、おまけとして、水分補給ついでに塩分と糖分補給もかねて、氷の浮かべた麦茶と冷えた塩餡入り葛餅を盆に乗せて持って行ってやった。
更におまけのおまけで、自分は空調の効いた室内で扇風機の風を浴びながら、手持ち無沙汰なのを誤魔化す
加筆修正日:2025.09.14
公開日:2025.09.14