Cry for the moon | |
―2014年4/XX(X)、曇りのち雨。 ―ガヤガヤガヤ…。 人が行き交う駅の中。 最近、都市開発か何かで新しく大きくされたばかりの駅である。 大都市の様な…とまではいかないが、それなりの規模の駅ビルが出来たおかげで、人の往来は増えているという事が窺える。 その中を一人の少女が、周りにある洒落た店のショーウィンドウには目もくれず、真っ直ぐに駅内へと進んで行く。 駅内は、それ程人でごった返している訳ではない。 それも、そのはず。 まだ、夕刻には早い時間だったからだ。 少女はそのまま改札口へと向かい、一度、電子掲示板に目をくれ足を止めたが、己が乗るであろう電車の到着時間を確認すると、すぐにまた歩みを再開し改札を通った。 指定乗場のホームへ移動する為、何も考える事なくエスカレーターに乗る。 ゆっくりとした動きでホームへと上がっていくエスカレーター。 少女は、迷わず自分の並ぶべき乗場へと立った。 同じ乗場に並ぶ人間は少ない。 居るとしたら、広いホームの所々に、疎らに並んでいるだけである。 乗るべき電車は、まだ来ていない。 少女は、ふと肩から掛けていたバッグに手を突っ込み、おもむろに携帯を取り出すとパカリッ、と開いた。 ―彼女の名前は、篠原夢衣。 高校3年生と、学年を進級したばかりの受験生だった。 今日はもう学校を終え、特に店へと寄る予定も無かった為、早めの時間ではあったが、駅へ向かう事にしたのである。 夢衣は、暇潰しがてら、親へメールを送る事にした。 慣れた手付きで、今から帰る事の旨と自分の乗車する電車の時刻を打ち込み、送信する。 メールを送り終えるとディスプレイを閉じ、ズボンのポケットへ携帯をしまう。 顔を上げたところで、丁度良く、ホームに電車の到着を知らせる音楽とアナウンスが流れた。 程なくして、電車がホームへと入って来る。 彼女は、それに乗り込んだ。 乗り込んだ列車は、いつも乗車していたものよりも早いせいか、車内はガランとしていた。 視界に入る限り、どの席も空いている。 彼女は、受験生になったというプレッシャーから、昨年とは違い、新しく始まった生活と勉強に何だか疲れてしまっていた。 どうでも良いから早く休みたいと、奥の席へと歩を進める。 誰も座っていない、向かい合わせの窓際の席を選び、ボスンッと乱暴に腰を下ろした。 人も少なく、他人の目線を気にする必要もない事から、向かい側に誰も座っていないのを良い事に、両足を投げ出して座る夢衣。 (―…はぁ〜ぁ…、疲れたなぁ……。) 肩から提げていたバッグを自身の傍らへ下ろし、脱力する。 バッグの中身は、何冊かの教科書にノート、ファイルやふでばこ、財布。 他には、暇潰し用に読む本や音楽プレイヤーなどといった物が入っており、その重みがなくなって楽になる肩。 小さく息を吐きながら、夢衣はゆったりと座席の背凭れに凭れ掛かった。 (それにしても…。) ふと気になり、ぐるりと首を巡らせ、車内を見回した彼女。 (…今日は、やけに人が少ないな…。いつもなら、もっと乗ってたと思うんだけど…。っつーより、誰も乗ってないのかな…?) 夢衣が思った通り、乗車した車両には、誰一人乗っていなかった。 座ったまま軽く眺めただけだった為、偶々席で隠れていたり、死角で見えず、見逃したのかもしれないが…。 それでも、誰もが利用するであろう平日の公共機関としては、些か違和感のある光景だった。 しかし、疲れて思考の鈍った夢衣は然して気にも留めず、「単に時間が早過ぎたからだろうし、まぁ、そんな時もあるだろう。」と結論付け、暢気に欠伸を漏らすのだった。 ガタンゴトンと小刻みに揺れ、走る列車。 その揺れが、疲れた身に睡魔を誘う。 次第に、重くなっていく瞼。 走っていく電車がトンネルの中へ入る。 同時に、薄暗くなった車内。 夢衣は少し腰を浮かせ、窓のカーテンを下ろした。 再び腰を据えると、先程ポケットに入れた携帯を手に取り、画面を開く。 現在の時刻を確認すると、乗り込んで出発してから、まだ数分程しか経っていなかった。 降りる予定の駅までは、まだ大分時間がある。 沸き上がってきた欠伸を噛み殺しもせず、くあ…っ、と漏らすと。 そのまま睡魔に身を委ね、眠る事にする。 段々と鈍くなる思考と落ちてくる瞼。 うつらうつらと船を漕ぎ出した頃…。 ふと、近くを掠めた何か。 一瞬、視界に捉えた影は、青い蝶のように見えた。 何処かで見たような気もしたが、一度委ねた睡魔には勝てず…。 夢衣はそこまで来ていた睡魔に目を閉じ、そのまま眠りに就いた。 top |