満月の夜にコンバンハ。 | |
今夜の空は、月が明るい。 大きく円を描いた月は、闇の堕ちきった街を照らす。 だが、いつもよりとても明るい月夜…。 ―満月の夜だ。 「―やぁ、今夜は月が明るいね。調子はどうだい…?雨も降らずで、気分は晴ればれっ。気持ちの良い夜だと思わないかい?」 電気の消えた部屋の隅に、突然スッと現れた少年。 暗闇に不気味に映える姿は、まるで牢獄に閉じ込められた囚人のよう…。 しかし、その見た目はまだ幼き子供である。 『うん。そだね、ファルロス。』 既に床に就こうとしていたであろう少女、篠原夢衣が、少年の名を呼んだ。 名を呼ばれた少年…ファルロスは、嬉しそうに微笑む。 『最近ちょっとの間居なかったね…。“あの人”の所に行ってたの?』 「うん、暫く離れてたからね…。少しでも、様子を見てこようかと思って。」 『元気そうだった…?』 「うん、元気だったよ。安心した。君は、僕が居ない間、大丈夫だったかい…?」 ベッドの端に、ちょこんと座りながら訊くファルロス。 『う〜ん…。ちょっと寂しかったけど…たったの数日の間だけだったし、平気だよ。』 少し空を仰ぎつつ答える夢衣。 それをすぐ側で見つめながら、くすくすと笑う。 「…素直じゃないなぁ、君は…っ。」 『いや、本当の事言ったんだけど…。』 「もっと僕の事好きって言って欲しいなぁ〜…。」 『ファルロス…寝るのか寝ないのかハッキリしなよ。』 「あぁ、ごめんね…っ。寝るとこだったよね?」 布団に半分身体を突っ込んでいる状態の彼女は、眠いのか、目を据わらせている。 普段の数倍、目付きが悪い。 敢えてトーンの低い声で言われたので、素直に従うファルロス。 ちょっと苦笑混じりだ。 先にもそもそと布団の中に入って、隣にスペースを作り、入りやすいようにする夢衣。 もう慣れた動作と光景である。 「え…っ、一緒に寝てもいいの…?」 『久々だから忘れたの…?その他に選択肢ある?床に寝るとかダメだろ。風邪引いちゃうし…。って、そもそも風邪とか引くのか分かんないけど。』 「ふふ…っ。ありがとう、夢衣ちゃん。」 空けられたスペースに身体を滑り込ませると、楽しそうに笑うファルロス。 『…どったの…?』 「いや…ちょっとねっ、ふふ…っ。ごめん、何だか心が落ち着かないみたいだ。」 『えぇ〜…っ。変な事とかしないよね…?したらぶっ飛ばすよ、ファルロスでも。まぁ…しようとする前にベッドから突き落とすけど。』 「ちょっ、ひどい…!何もしてないし、する気もないのに!」 『いや、だって微妙な反応だし…。』 微かだが、ただならぬ空気を発し暴言を口にする夢衣に、反射的に焦るファルロス。 「ふぅ…っ。ただ…満月の夜だから、少し…ワクワクするとかじゃないけど、そんな気分なんだ。」 ちょっと窓の向こうを見つめて言う彼。 『…そっか。元々は“あっち”の存在だもんね。』 「あ、でも、特に心配する事はないよ。ちょっと…こう、気持ちが昂ってるだけだから。」 『うん。それ、興奮気味って事でしょ。わざわざ遠回しに言わなくても良いよ。』 「ぅ゙…っ。だって君、変な事じゃないけど、そういう発言すると怖いじゃない…。」 『何もかもそういう反応すると思うなよ…っ!』 冷や汗を垂らしながら控えめに言うと、逆に怒られた。 『まぁ、どうせ興奮っつっても、“湊くん”に逢ってきたからだって分かり切ってるからなんだけどねぇ〜…。』 片肘を付いて、意味あり気に言う彼女。 それを聞いてきょとんとするが、すぐにいつもの表情に戻る。 「うん…そうかもしれないね。」 もう寝れる体勢に入ったと勝手に判断し、ぼふんっと枕へと頭をダイブした夢衣。 そして、子守り唄代わりにでも彼の土産話を聞いていようと目を閉じた。 しかし、するりと額あたりを触れられ、半目を開く。 「…それと、君とまた一緒に居れるって事もあるのかもしれないね…。」 まだ身体を起こしたまま、さらりと流れる彼女の柔らかな前髪に触れながら呟いた。 顔を少し横に傾けて聞いていた夢衣は、敢えて黙し、目を細める。 すると、す…っ、と顔を近付けたファルロスは、夢衣の額へと軽く口付けた。 それを何も言わずに、目を閉じ受け入れる彼女。 顔を離した彼は、そんな彼女の優しさに微笑むと、漸く自分も布団の中へ入った。 「おやすみ、僕の大切な人…。」 『……ん…。おやす…。』 一度だけ瞬きをすると、再び目を閉じた夢衣。 すぐ側で寄り添うファルロスも、同じように目を閉じた。 ―満月の灯りは静かに夜を照らし、柔らかな光は、二人の居る部屋の窓より射し込んでいた。 END top |