花の香り



七つの大罪、怠惰の罪キングは、妖精族であり、妖精王・ハーレクイーンでもある。

彼は本来小柄な姿をしているが、時折気合いを入れると、デッカイおっさんの姿になる。

世の一般的なキングは、そのおっさん姿だが…。

聞くところによると、普段の姿時では、フローラルなお花の香りがするのだとか。

取った姿に引きずられて体臭の変わるキング。

妖精族ならではの事なのだろうか…。

不思議な体質である。


「何だい…?さっきからオイラの事、じっと見つめてるけど…。」
『…う〜ん、気になる…。』


先程から、特に話しかける事も無く彼を見つめ続ける少女…エミル。

女性に見つめられる事に慣れていないキングは、当然の事ながら顔を赤らめていた。


『ねぇ、キング…?』
「何だい、エミル?」
『キングの匂いってさ、お花みたいなフローラルな香りがするって聞いたけど…本当なの?』
「え……?」


真顔で訊いてくるから何かと思えば…。

質問をされたキングは小さな溜息を吐き、あらぬ方向へ視線を逸らす。

理由は、その手の話題が出た時、何故か自分だけが散々な目に遭ったからである。


「ねぇ、ソレ、誰から聞いたの…?」
『え…?ゴウセルからだけど…。』
「あ〜…、だろうね。」


片手で顔を覆ったキングは、ガクリと顔を俯かせた。

やはり彼か…、と心の中で呟く。


「何でその話が出てくるかなぁ…。」
『偶々キングの話しててさ。そしたら、一緒に話してたエリザベスが、“そういえば…っ!”って言って、教えてくれたよ。』


にこにこと笑いながら話す彼女の傍らで、頭を抱える彼。

エリザベス王女が教えた話とは、七つの大罪、色欲の罪ゴウセルが合流した時の話である。

それは、久方振りに逢えた仲間との合流を祝い、ちょっとした宴会が開かれた時の話なのだが…その際、キングの体臭についてなど、色々と弄られたのだった。

恥ずかしい話を暴露されたり、皆に弄られる的となったりと、黒歴史物の思い出となったのである。
(一部を除いては。)

恥ずかしさのあまり封印したいくらいの勢いなのに、思い出してしまったのか、半泣きの表情を浮かべたキング。

「どったの…?」と訊いてくる彼女は、そんな彼の心情など露知らず、きょとん顔で見つめ返してきた。

当時、傷を負って一人部屋で眠っていたせいで知らないのか、追及してくる彼女に、今のキングの内心…察して涙を飲むべし。

「誰でも良いから、誰か同情してくれ。」とでも言わんばかりの空気を放つキング。

哀れ、キング…。

だが、今は耐えろ。


「…………それで、君は一体どうしたいんだい…?」


盛大な間を空けて、漸く返事を返したキング。

なんとか落ち着きを取り戻した彼は、彼女へと問う。


『え〜っとねぇ…。実際に、確かめてみようかなぁと思いまして…?』
「その不自然に構えた手は、何…?」
『だって…キング、絶対逃げそうだもん。だから、ね…?』


どこか不自然な動きで両手を構え、にじり寄るエミル。

その怪しい構えに、何やら身の危険を感じたキングは、数歩後退った。


「エミル…?まさかだとは思うけど…っ。」
『その、まさかだよ…!』


ドヤッとした笑みで言い放った途端、地を蹴ったエミル。

引き攣った表情を浮かべたキングは、反射的に空中へ逃げようとするも、一歩遅く。

彼の動きを読んでいた彼女は、背を向けられた瞬間に宙へ跳び、がっしりと腰へ飛び付いたのだ。

バランスを崩した彼は、そのまま地面へ落下し、べしょっと音を立てて落ちた。


「ちょ…っ、離してよエミル!離して…っ!!」
『嫌だ…!大人しく捕まえられてて…っ!』
「ぇええええーっ!?」


ジタバタともがくキングに、しっかりと抱き付いて離れないエミル。

乱暴に振り解こうも、流石に女性に手を挙げる事へ抵抗があったのか。

暫く暴れてはいたが、どうやっても離してくれないと判断したのか、次第に諦めたようで。

大人しく彼女の腕の中に収まる。


「はぁ…。もう、好きにしたら?」
『やっと大人しくなったね♪』
「相手が女の子なんだから、乱暴は出来ないだろ…?全く…。君、自分が女の子だって自覚、あるの…?」
『あるよ?一応ね!』
「あ、そう…。」


呆れて吐息を漏らしたキング。

疲れて怒る気すら無くなったらしい。

一方、彼を捕まえるのに成功した彼女はとても嬉しそうだ。

その証拠に、彼女の表情は満足そうに緩められている。

一度彼を離し、改めて抱き締め直すエミル。

今度は、彼が嫌がらないよう、包み込むように優しくである。


「え…っ?あ、あの…エミル?何して…。」
『ん〜、本当だぁ…。ふんわりとだけど、キングから甘い花の香りがするね…。良い匂い…。』
「ちょ…っ!エエエエミル…ッ!?」


慌てる彼の胸元に顔を埋めるエミルは、くんくん…、と彼から漏れるほのかな花の匂いを嗅いだ。

抱き締められるだけでもそうとうな冷や汗ものなのに、匂いを嗅がれるとまであっては、さすがのキングも照れを越して、恥ずかしさを隠し切れない。

あわあわと視線を彷徨わせる彼の顔は、真っ赤だ。

それも、段々と赤みが増している。

まるで、熟れた真っ赤な林檎のような赤みである。


『ふむむ〜…っ。なんとなぁ〜く、柔軟剤みたいな感じがするかなぁ…?すごく強めのフローラル系…。』
「“ジュウナンザイ”って、何だい…?」
『ん…?まぁ、服を洗う時に使う洗剤、かな…?』
「へ、へぇ…。」


むぎゅぅ…っ、と抱き付かれたまま、乾いた笑みを溢すキング。

ぎこちない笑みで頬を掻いていた。


(―オイラって…エミルに、男として見られてないのかな…?)


何だか哀しくなってきて、涙が出そうになる。

彼の今の気持ちを知ってか知らずか、エミルはとある言葉をぽつりと漏らした。


『あ〜、落ち着く…。』
「………へ?」
『仄かな香りだから、しつこくなくて…丁度良い具合にリラックス出来る匂いだよねぇ。本当、落ち着く匂いだ…。』
「そ…、そう……。」
『私、キングの匂い好きだよ…?』
「は………!?」


思わぬ言葉に、素っ頓狂な声を出してしまったキング。

唐突に言われた言葉で、真っ白になった頭の中。

自然と反芻される、今しがた言葉。

途端に、溢れだした色々な思考に混乱し始めるキング。

みるみるうちに赤く染まりゆく頬。

数秒経たずに、耳まで真っ赤である。


「あ、ああああの…っっっ!!」
『ふぇ…?なぁに?』
「えっ!?いや、あのっ、えと…その…っ!」


喉が引っ付いたように、上手く言葉が出てこなくなり、言葉に詰まった彼。

不思議そうに見つめる彼女は、ぱちくり瞳を瞬かせると、首をこてんっ、と傾けた。

その愛らしい無自覚な仕草にきゅんときたキングは、ドキドキ高鳴るうるさい鼓動に、さらに追い討ちをかけられたのである。


『キング…顔、真っ赤だよ?』
「〜〜〜…ッ!だ、誰のせいだと思ってるのさ…っ!?」
『えっ!?私のせい…!?』
「もうっ!君って奴は、鈍感すぎるよ…!!こんな事して、男が黙ってる訳ないだろう!?オイラだって、我慢の限度ってものがあるんだからね…っ!!?」
『へ!?ちょっ、なん…っ、ぅええ…!?』


驚き過ぎて言葉にならぬ言葉が口を吐いているエミル。


「君から受けたこの気持ちは、どうしてくれるんだい!?責任取ってよね…っっっ!!」
『えぇ、うぇええ…っっっ!!?』
「エミルのバカっ!!小悪魔!!天然無自覚っっっ!!!!」
『はぃいいっ!!!??』


いつの間にか離されていた腕の中から抜け出て、勢いよく走り去って行くキング。

突然罵倒され、訳の分からないまま置き去りにされた彼女は、ただただ茫然とその場に座り込んでいたのだった…。


END