君は私の抱き枕



それは、何の前触れも無しに起きた。

彼は、どういった風の吹き回しなのだろうか。

夜遅くの時間になって、唐突に私の部屋へと訪ねてきたのだ。


「邪魔するぜ〜♪」
『え…?い、良いけど…。』


私は訳が分からないまま、赤い服を着た人相の悪い大男…バンを部屋に入れた。


『どうしたの?こんな時間に…。』
「ちょっとお前借りんぞ〜。」
『は…?何、を……。』


言葉を最後まで言い切る事なく、私の身体はぐるりと向きを変えた。

否、視界が暗転したのだ。

はぁ?何でだ…?

その理由を探ろうと、ぐらりと傾いだ視界を少しずらせば、すぐ近くにはバンの頭があった。


『……ちょっとバン、何してんの…?私、これから寝るとこだったんだけど…。』
「んあ…?何って、寝るんだろうが。」
『何処で…?』
「此処で。」
『は…?バンの部屋、あっちでしょ?』


そう言って、私はドアの向こうを指し示した。

すると、面倒くさげな表情でその方向を見やったバンは、「あぁ…。」と短く言葉を漏らした。


「だんちょの部屋は今、師匠とキングが使用中なんだよ…。」
『その当の部屋の持ち主は、何処に行ったの?』
「エリザベス王女んとこだよ。どうせ、またセクハラしにでも行ったんだろ…?放っとけ。」
『いや、アンタが今、私にセクハラ紛いの事をしでかしてるんですが…?』


少し不機嫌気味に返してやると、溜息を吐いて横たえていた身体を起こしてくれた。


―つか、此処…私の部屋なんだけどな…。


今、私とバンは、変な成り行きで、同じベッドの上に居た。

片や寝転がっていて、片や起き上がっている。

別に、彼と私は、そんな関係などではない…。

現に、何故私が今ベッドに横になっているのかというと、先程、彼が部屋に入ってくるなり、私を抱き込んでそのままベッドへダイブしたからである。

何故ゆえ、私を巻き込んだんだ。

意味が分からん…。


「別に、俺はただエミルを抱き枕にしようと思ってきたんだよ。」
『いやいや、そもそも何で私が抱き枕にならなきゃならないんだ…!?』
「キングのクッションは、今師匠が使ってっから、使えねーんだよ…。」
『クッションってか、聖槍シャスティフォルね…。他を探せば良いじゃん?』
「アレが一番抱き心地良いんだ。でも、師匠が寝てるから、わざわざ起こすのは悪ぃと思ってな…。」
『基準可笑しくない…?つか、あれ、バンの所有物じゃないし。キングの物だし。んじゃ、何で私んとこ来たの…?他にも寝場はあるでしょ?』


至極気になっていた点を問うと、至って当然の如く彼は答えた。


「あ…?何でって、そりゃ…アイツのクッションの次に抱き心地が良いのが、エミルだからだよ。」
『は………?』
「っつー訳で、お前の事朝まで借りんぞ〜。」
『はぁっ!?ちょっ、おま…っ!!ぇえ…っ!?』


了承も何もしない内に、勝手に抱き込まれ、彼はさっさと寝付きやがった。

数分も経たずに、盛大ないびきが聞こえてきて、これはもう諦めるしかないと判断せざるを得ない。

仕方なく、素直に彼の腕の中に包まれ、彼女も眠りに就いた。

―翌朝。

起こしに来たメリオダスにより、蹴り飛ばされたバンは、壁にぶち当たった。


「何エミルを抱き枕にしてんだよ、お前はっ。」
『むにゃ…。団長、おはよー…。』
「おう、エミルっ。おはようさん!何もされてねぇか?」
「イッテェーなぁ…だんちょ〜っ。何だよ、朝っぱらから…?」
「お前がエミルを抱き枕にして寝てたのが悪い。エミルは女の子なんだから、変な事しちゃダメだろ…?」


起きてすぐに、メリオダスが保護するように抱きしめ、頭を撫でてきたのは、何というか…。

過保護な対応な彼に、寝惚け半分に思ったが、取り敢えず、「団長のおかげで解放された。」という事は理解するのだった。

そして、一つ思う。

変な事についての台詞なら、普段やらかすお前も完全ブーメランだからな、と。


執筆日:2016.09.18