先に行っていると聞いていたから、てっきり既に食事を始めているのかと思っていたのだけど、店に到着するなり2人の見慣れた姿を見つけて少し目を疑った。
 闇に溶け込んでしまいそうな黒髪に、輝くような金髪。背の高い金髪の人が黒髪の人の腕に絡み付いて夜空を指さしている。あんなことをするのは、なるちゃんしかいない。

 思った通り、タクシーを降りて私をエスコートしてくれた泉さんは真っ先にその2人の元へと向かった。
 ロマンチストななるちゃんは雲のない空に輝く満天の星に興奮していたらしく、巻き添えを食らった凛月さんは面倒臭そうな顔をしていたのだけど、私と視線が絡むと一変、赤い目を瞬かせた後、柔らかく微笑む。

「なんだ、来たの」
「こんばんは。お肉を食べに来ました」
「そう。何でもいいけどさ、店の肉全部食べ尽くす、みたいな恥ずかしいことはしないでよねぇ」
「凛月さんこそ、かわいい女の人に『血ぃ頂戴♪』なんて言って困らせるような真似しないでくださいよ」
「なぁに、声真似? 全然似てないけど」

 性懲りもなく勃発しそうになった口論は、なるちゃんの不満が大爆発したことで終末した。
 なるちゃんが「もうっ!!」と、大きな声を上げたものだから凛月さんは少しうるさそうに眉を寄せていたし、私も思わず肩を揺らしてしまったし、隣で傍観役に徹していた泉さんでさえも肩をびくつかせていた。
 ぷりぷりと怒るなるちゃんは私の目の前に立って腰に手を当てる。少し驚いて数歩後ろへと下がってしまったのだけど、なるちゃんも数歩私へと近付いた。そのまま、長くもがっしりとした腕に捕らえられて、胸へと引き寄せられた。
 「なるくん!」と、焦ったような泉さんの声が確かに耳に入ったけれど、驚きのあまり何も出来ずに呆然と立ち尽くす。そのうちにすぐ上から啜り泣きのようなものが聞こえてきて、ついに私は殺されそうなほど強く身体を締められる。

「んもう、凛月ちゃんばっかり! アタシの存在を無視しないでちょうだい、なまえ!」
「ご、ごめ・・・」
「なまえったら卒業した途端に音信不通になっちゃうんだもの。まったく・・・アタシ達がどれだけ心配したかわかってる?」
「んん・・・」
「ちょっとなるくん、勘弁してやってよ。死ぬよそいつ」
「良いわよ、死んだら死んだで! まだまだ言い足りないもの!」

 悲しい言葉に心の中で涙を流しながら愛の混じったお説教を受けること数分、最後に一層きつく抱きしめられてから私はやっと解放された。
 夜の風が気持ちの良い空気を運んでくれている。ふらふらとしていた私を支えてくれた泉さんに掴まりながら深呼吸を繰り返していると、すっかりご機嫌になったなるちゃんは凛月さんを連れて早々に店の中へと入っていってしまった。
 慌てて追いかけようとしたけれど、それを止めた人がひとり。

「・・・泉さん?」

 腕を掴まれて足を止める。思わず振り向くと、真剣な顔をした泉さんがこちらを見ていて、思わず首を傾げる。

「泉さん、どうかしたんですか?」
「・・・・・・別に。ただ熱烈な歓迎で嫌になったんじゃないかと思っただけ」
「嫌?」

 確かになるちゃんの絞め技は効果てきめんだったけれど、嫌ってほどでもない。そんなことないと言うべく口を開きかけると、「ひとつ聞きたいんだけど」と、畳み掛けるように泉さんが言った。

「夢ノ咲学院の連中と連絡を絶ったのって、もう二度と会いたくなかったから?」

 まるで逃がさないとでも言うように、右腕を掴む力が強くなる。
 私はしばらく言葉をなくしていたけれど、店の中からお客さんが出てきたのと合わせるように笑って見せた。掴まれた手はそのまま、右腕を引けば泉さんは少し驚きつつも足を動かす。

「さっきから泉さんが牛肉に見えてて、お腹がすいて仕方がないんです」
「・・・・・・、なぁにそれ、失礼すぎ。ていうか夕飯食べたんじゃないの?」
「お肉は別腹です」
「太るよ」
「凛月さんみたいなこと言わないでください」

 会いたくなかったと言ったら嘘になる。むしろ私は学院のみんなに会いたかった。会いたくて、でも連絡ができなくて、悲しかった。
 みんなは優しいから、私が会いたいと言えばもしかしたら予定を空けて相手をしてくれたかもしれない。でも、私は凡人の中の凡人で、プロデュース科出身だなんて言えないほどにプロデューサーには向いていなくて、みんなとは対照的で、だから勝手に線引きをしてしまった。
 高校時代の出来事は最高の思い出だけど、同時に、最大のコンプレックスでもあるのだ。

 泉さんは勘が鋭いから、私の考えていることに気付いていて、あえて聞いてきたのかもしれない。でも、こんな言いにくくて恥ずかしいことを自分の口から打ち明けられるわけがない。

 店に入ったものの、思っていた以上に荘厳とした雰囲気の店内に戸惑っていると、これまで後ろにいた泉さんが私の腰に軽く触れた。

「嫌になったらすぐ言ってよ。あいつらには適当に理由つけて帰してあげるから」

 耳がこそばゆい。小さな声で、そう耳打ちをした泉さんの青い目と私の目が絡む。あまりに近い距離に少し緊張してしまったけれど、向こうは何ともないように、笑いもせずに、店員さんと一言二言会話をしてからさっさと歩き出してしまった。

 どうやら泉さんは相当私に気を遣ってくれているようだ。
 気にかけてくれるのは嬉しいけれど、どうしてここまで何の取り柄もない私に目を向けてくれるのか、それがわからなくて、どうしようもなく不思議だった。

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