財布、キーケース、ボールペン

 片っ端から店に入って泉さんが喜んでくれそうなプレゼントを探してみたけれど、いまいちピンと来るものがない。

 そもそも泉さんと私では社会的地位というか、生き方がだいぶ違っている。前にしゃぶしゃぶをご馳走してくれたこと、高層マンションに住んでいること、さらには別荘のような一軒家を持っていること。記憶に残る泉さんは非常に裕福だと確信できるお金の使い方をしていた。そんな人が今さら欲しいものなんてあるのだろうか。
 私が何かをプレゼントしたところで泉さんからしたらゴミみたいに見えるのでは。そんなことを考えたら悲しくなってきて、気付けば私は泉さんへの贈り物探しを止めて自分用にハンカチを購入していた。

 近くにあったベンチに腰掛けて、わけもなくプレゼント用にしてもらったそれを手にして眺めていた時、どこかへと消えていた凛月くんがふらりと戻ってきて私の目の前に仁王立ちした。

「なにしてんの?」
「ハンカチ買ったの」
「セッちゃんに?」
「私に」
「ふぅん」

 見つめ合うこと数秒、凛月くんの左足が動いたのを確認して私は素早く立ち上がった。機嫌の悪い凛月くんは容赦なく足を蹴ってきそうでちょっと怖い。
 蹴る予定だったのかもわからないけれど、とにかく可能性があるかもしれないそれを阻止するべく腰を上げたことで凛月くんは満足そうな顔をする。不意打ちで攻撃されることも少しだけ警戒していたものの、何の心配も必要なかったようだ。私は安心してハンカチを鞄の中へとしまいこむ。
 凛月くんは一連の動作を眺めながら「見つかったの?」と訊ねてきたけれど、それにはしばらく返事ができなかった。

「泉さん、ほしいものは全部持ってると思う」
「そんなことないと思うけど」
「何がほしいのか聞いてみてよ」
「なまえがほしいって言うんじゃない?」

 適当なことを。どう考えてもそんなこと言うわけがない。どうせ数時間も悩んでいる私の優柔不断さに呆れて相手をするのも面倒になっているのだろう。でも、それにしたってあんまりだ。適当すぎる。こんなに真剣に悩んでるのに、凛月くんももう少し真面目に探してくれてもいいんじゃないの。もちろん私が探さなきゃいけないものだとはわかっているけれど、少しくらい助言してくれてもいいのに。

 どうしよう、八つ当たりで体当たりでもしてしまいたいけれど。
 凛月くんは腕を組んだままじっとこちらに目を向けている。何も言ってこないけれど、きっと良くないことを考えているに違いない。そう思った私も負けじと睨み続けて数秒、不意に着信音が鳴り響いた。
 私のかとも思ったけれど、電話が来たのは凛月くんの方だった。凛月くんはポケットからスマートフォンを取り出して画面を見て、私を見て、それからそれを耳にあてた。

「おい〜っす」

 誰だろうか。何にせよ聞き耳を立てるのは抵抗がある。私は適当に時間を潰そうと凛月くんから自分のスマートフォンへと視線を移した。
 そうして、画面に触れようとしたその時だった。突然、強い力で二の腕を引っ張られて私は凛月くんの方へと引き寄せられてしまう。

 公衆の面前で、付き合ってもいないのにこんな体勢なんて。羞恥だとか何とも言えない感情が入り混じってすぐさま抵抗しようとすれば今度は口を手で塞がれる。
 喋れなくなった私はいよいよ凛月くんの挙動が理解出来なくなったのだけど、ふと覚えのある声が耳に届いてきて、その瞬間身体を動かせなくなった。

『くまくん、近くになまえいる?』

 数ヶ月振りに聞いた声、その声が泉さんのものだと認識した途端に、嫌というほど目頭が熱くなった。そんな私に気付いているのか、凛月くんは口を覆っていた手をそっと離して、それを私の後頭部へと回した。そのまま引き寄せられて、優しく頭を撫でられる。

「いないよ。呼ぶ?」
『いい。生きてたかどうか知りたかっただけ』
「素直じゃないねぇ。すぐ泣いちゃうけどまあまあ元気だったよ」

 精神年齢が低いからまだ泣き虫みたいだねぇ、なんて呑気に人を馬鹿にしている凛月くんが少し憎く思えたけれど、今は何も言えそうにない。
 正直、泉さんが私のことを気にかけているだなんて半分嘘だと思っていた。でも、嘘ではなかった。その事実を知ってしまっただけでどうにかなってしまいそうだ。
 私は鼻をすすりたくなるのを堪えてそのまま耳を傾ける。離れた方がいいとはわかっているけれど、離れられそうにない。凛月くんもきっと私にわざと話を聞かせている。逃げようとしたところで捕まえられてしまうだろう。

「セッちゃんが俺の妹を怖がらせたことはまだ怒ってるけど、責任は俺にもあるから・・・後は任せて。それと、あんまり落ち込むと禿げるよ〜?」

 黙っていた泉さんに凛月くんはそう続けた。責任は俺にもある、いったいどういうことなのだろう。訊ねたかったけれど、凛月さんは私と目を合わせようとしない。
 そのうちに向こうから怒声が聞こえてきて、そのことについては深く触れられないまま、凛月くんの煽りに怒りだした泉さんによって話題が終わってしまった。
 用件は本当にそれだけだったらしい。しばらく凛月くんに文句をぶつけて、凛月くんがのらりくらりとそれを躱して、いよいよ電話が終わりそうになった時、無遠慮に私の髪に指を通して遊んでいた手がぽんぽんと頭を2度叩いてきた。
 飛びかけていた意識を戻す。「そういえばさ」と、凛月くんは電話の向こうの泉さんに訊ねる。

「セッちゃん、前に何かほしいって言ってた気がするんだけど。何だっけ?」
『何、買ってくれるわけぇ? ・・・ていうか、そんなこといつ言った?』
「ライブ前にそんな話したよ。絶対」
『え〜?』

 泉さんの疑わしげな声が聞こえる。事実なのかは定かではないけれど、この質問は凛月くんが私のためにあえてしてくれたのだろう。だから私は静かに耳を傾けた。
 しばらくすると、泉さんのちょっとぶっきらぼうな声が届いてきた。

『腕時計。服に合わせて着け変えられるし、時計ならいくつあっても困らないって話はしたかもねぇ・・・?』

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