本降りの雨の中、私は泉さんの車で家まで送ってもらっていた。ザアザアと騒がしく車を叩く雨音はうるさいけど、今は少し有難くもある。なんだか静かだと落ち着かなくて、泉さんの家でのことばかり考えてしまうから。

「・・・あ、泉さん、今のところ右折でしたよ」
「合ってる」
「でもナビでは、」
「うるさいなぁ、遠回りしてんの」

 言わせないで、と小さな声が聞こえて思わず口を閉じる。忘れちゃった。泉さんって、こういう人だったっけ?

 好きだと言われたのは3時間くらい前のことになるのだろうか。あれからしばらくの間、泉さんは泣き続ける私の横にいてくれていた。それからご飯を一緒に作って食べて、今日は何事もなく、家まで送ってくれている。
 初恋の人に好きだと言ってもらえることって、こんなにうれしいことなんだ。告白の返事はできなかったけど、本当にうれしくて、頬が緩むのを抑えるのが大変だ。

「にやにやしないでくれる?」
「してませんよ」
「ふぅん? いいけど・・・なまえ、左見て」
「左? わ・・・綺麗!」

 不意に促されて視界いっぱいに映ったのは光の粒で輝くイルミネーションだった。
 中央の大きなクリスマスツリーには、かわいらしいオーナメントが無数にちりばめられている。あえて遠回りをしたのはこれを見せてくれるためだったのだろうか。
 緩む頬を抑えていたのも忘れて魅入ったあと、泉さんを見る。泉さんも眩しそうに目を細めながら夜景を見ていたけれど、私の視線に気づいて、こちらを見て微笑んだ。

「俺を見たって仕方ないでしょ?」
「すみません。泉さんも見たくなっちゃって」
「そ。満足したなら帰るよ」
「まって、あとちょっとだけ」
「・・・はいはい」

 わざわざ車を寄せてくれた泉さんは変装のためかサングラスをかけていた。きっと泉さんと付き合ったら、こういう夜景を直接一緒に見にいくことも難しそうだ。窓越しに見るのが当たり前になってしまうのだろうか。私はそれに耐えられるのかな。

♢

 閑静な住宅街に入る。さっきまでの夜景が夢だったかのような静かな街並みだ。
 私の住むマンションの前で車がとまる。そうしてシートベルトを外して荷物とコートを手にする私を、不意に泉さんが腕を掴んで止めた。

「どうしたんですか?」
「ねぇ、再来週の日曜は空いてる?」
「再来週の日曜日って、」

 なんてことない普通の休日だけど、その日はたしか握手会のイベントがある日だったような。思わず確認しそうになったけれど、凛月くんに泉さんには内緒だと言われてしまったことを思い出して慌てて言葉を飲み込む。

「イブもクリスマスも仕事があるんだよねぇ」

 少し目を逸らして呟く。そうしてやっと、泉さんがクリスマス代わりのデートのお誘いをしてくれているのだと気づいてしまう。

「夜ですか?」
「そうだねぇ。昼は仕事があるから、早くて夕方くらいかなぁ」
「そうですか」

 なかなか返事をしない私に、泉さんは「嫌なら断ってくれてもいいけど」と言った。握手会のことが気になってうっかり返事を忘れてしまっていたけれど、泉さんの誘いを断るつもりなんて毛頭ないし、忙しい合間を縫ってまで会おうとしてくれていることが何よりうれしい。
 本当は握手会の時も会うことになるのだけど、これは秘密だ。会いたいです、そう言うと泉さんは安堵の表情を浮かべていた。

 話は終わったはずなのに、私の腕を掴む手は離れる様子がない。まだ何かあるのだろうか。急いでいるわけではないからいいのだけど。

「もうひとつ、さっきのことなんだけど」
「さっき?」
「好きだって言ったこと。もう忘れちゃった?」
「あ、いや、覚えてますよ!忘れるわけないじゃないですか!」
「そう。ならいいけど」

 告白されたこと。泉さんが私の目を見る。多分私が返事をしなかったことだろう。
 あの時の泉さんは私に対して返事を強制はしなかったけれど、少し待っていたようには感じた。分かっていて答えを出せなかったのは『アイドルの彼女』になって、耐えられるか不安だったから。

「俺は付き合いたいと思ってる」
「はい」
「同棲もしたいし、その先も」
「・・・・・・、はい」
「・・・・・・いろいろと我慢させちゃうこともあるだろうけど、そんなのどうでもよくなるくらい幸せにしてあげるから」

 だから考えておいて、なんて。
 本当はそう言ってくれるだけで十分に幸せなことなんだけど。こんな発言は泉さんは求めてはいないだろう。言いたくなる気持ちをこらえる。

「ごめんなさい。少しだけ時間をください」
「いいよ。待つのは嫌いだけど慣れてるから」

 私にもっと自信があれば。覚悟を決めてすぐに返事ができればいいのだけど。そうできれば、泉さんにこんな顔をさせることもないのに。

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