chapter.6


 季節はいつの間にか冬になっていた。まだ雪こそ降らないものの、本格的に寒くなってきて布団にくるまる毎日。半袖だった時期が恋して、早く夏になってほしい、少し前にそんな話をしたら、そうだねぇ、と泉さんも同調してくれた。
 泉さんは、私が告白の返事をできない間も変わらずに接してくれていた。ありがたいことだけど、でも仕事終わりにアポなしで家に押しかけてこられたときにはちょっと焦ってしまった。美味しい料理を作ってくれたし、うれしかったけれど。

 付かず離れず、私にとってはちょうどいい距離感で。本当はずっとこのままでも心地は良いのだけれど、それでは好きと言ってくれた泉さんに失礼だ。
 だから、今日のデートではちゃんと私の気持ちを伝えたいと思う。


『寝坊しないでちゃんと来てよね』

 約束の時間は夕方だ。寝坊するわけもない時間帯だというのに、私のことをナマケモノかなにかとでも思っているのだろうか。届いたメッセージに目を通したあと、さすがに起きてるので大丈夫ですと返事をする。それから、楽しみです、とも。
 泉さんから返事が来るのは、握手会が終わったあとだろう。おそらく今は会場の楽屋かどこかにいるのだろうけれど、まさか私が同じ会場にいるだなんて想像もしてないだろうなあ。
 泉さんの驚いた表情を思い浮かべる。そんなとき、不意に誰かに声をかけられた。


「もしかして、なまえか?」

 懐かしい声に顔を向けるも、ニット帽とメガネのせいで誰だかわからず。しばらく見つめ合って、声をかけてくれたのが夢ノ咲学院時代の生徒会長、衣更真緒くんだと気が付いた。
 しっかりと変装しているせいで全然わからなかった。いつもと髪の色が違うのはウィッグだろうか、それともカラースプレーだろうか、ちょっとだけ気になる。

「真緒くん! 久し振りだね」
「本当久々だな〜! 元気にしてたか?」
「うん、真緒くんも元気そうでよかった。今日はトリスタも握手会?」
「残念。今日の俺は参加する側です」
「なるほど。凛月くんだね」
「正解」

 凛月にねだられちゃってさ、と肩を上下させるわりに表情はうれしそうだ。凛月くんもたびたび真緒くんのことを口にしていたから知ってはいたけど、相変わらず仲良しらしい。

「なまえは……瀬名先輩、だよな」
「うん」
「こんなこと聞くのもアレだけど、大丈夫か? 風の噂で先輩がなまえを軟禁してるって聞いたけど」
「な、なに、その噂」

 真緒くんは小声でそんなことを言う。思わず耳を疑ったけれど、声も表情も冗談とは思えない。
 恐ろしい噂に私が怪訝な顔をしてしまうと、真緒くんは「みんなおまえと会いたがってるんだけどさ」と話を続けた。

「瀬名先輩、誰が聞いてもおまえの連絡先を教えてくれないんだよ。あの真の頼みですら、口を割らなかったって言うし」

 私に会いたがってる人がいるなんて知らなかった。それに、泉さんのことも。でも、泉さんのことだから、私がみんなと会ってまた自分を卑下しないようにと、あえてそういう態度を取っていたのだろう。にしても、そのせいで変な噂が流れてしまっているのを泉さんは知っているのだろうか。全力で否定すれば真緒くんはわかりやすく安堵して、通報しなくて良かったと冗談を言って笑っていた。

「多分、泉さんの優しさだと思う。私がウジウジしちゃってるから」
「いや、それは多分独占欲だろうけど……まあいいけど。凛月から聞いたよ。瀬名先輩、おまえのことめちゃくちゃ可愛がってるって。真の件で前科もあるし、なにかあったら話し聞くからさ」
「うん。そのときはよろしくね」
「お安い御用。ってわけで、連絡先教えて♪」

 語尾に音符をつけて、真緒くんはスマートフォンを取り出した。相変わらず人との距離感を縮めるのが上手な人だ。思わず笑ってしまいながらも私もスマートフォンを取り出して連絡先を交換する。
 少しずつだけど、夢ノ咲学院の人達と再会して、また連絡を取り合える仲になっている人が増えている。劣等感を感じて自分から断ち切ってしまったけれど、こうしてもう一度関われるのはやっぱりうれしいな。

「スバルも北斗も真も、みんな会いたがってるよ。今度時間があるときにでも飲みに行こうぜ」
「うん、楽しみにしてるね」
「それじゃ、俺は凛月のところ行かなきゃだから、また連絡する!」

 忙しそうに小走りでどこかへ行く真緒くんに手を振って見送る。まだ時間はあるはずだけど、楽屋にでも挨拶に行くのだろうか。
 思いがけない再会だったけど、真緒くんも昔と変わらないな。泉さんの話も聞けたし、早く泉さんと会って今日のことを話したい、そんなことを考え始めて、私の頭の中は泉さんのことでいっぱいなのだと気付かされる。

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