epilogue
昔、誰かに日記を書くのがいいと言われたことがある。毎日の出来事や気持ちを綴るのはちょっと苦手だったけれど、今思えば、書いていて良かったと思える。
泉さんと付き合った日までの日記。
たくさんの思い出が詰まったノートの最後のページをしばらく眺めて閉じると、タイミング良く扉を叩く音がした。
私が返事をする前に部屋に入ってきた泉さんは、ノートに視線を向けてくすりと笑う。
「なぁに、思い出に浸ってたのぉ?」
「泉さんとのこと、思い返したくて」
「ふぅん。俺のこと、もっと好きになっちゃったんじゃない?」
冗談っぽく言っているけれど、多分本気だ。
はいそうですと言えば調子に乗るだろうな、少し考えて無視を決め込んだ私に対して、泉さんは気にしていない様子でベッドに座る私の横に静かに腰掛けた。
ノートの上に置いていた私の手のひらに、泉さんの手を重ねられる。
「やっと結婚できるねぇ」
「はい。夢みたいですね」
「ふふ、夢じゃなくて現実だよぉ? これからもっともっと幸せにしてあげる。……そのためにはまず、結婚指輪をオーダーしに行かないとだけど」
そう言って立ち上がった泉さんにそっと手を引かれた。
そうだった、日記に夢中ですっかり忘れていたけれど、これから結婚指輪を選びに行くんだった。どんな指輪が良いだろうか。泉さんとお揃いならどんなものだって良いけれど。
立ち上がったついでに泉さんに抱き着いてみる。
ふわりと漂う香水は落ち着いた匂いのもの。同窓会の日の香水は今ではもうつけてくれなくなったけれど、あの香りはきっとこの先も忘れることはないだろう。
「愛してる。これからもよろしくねぇ?」
窓から入り込んできた、春のあたたかい風が頬を撫でる。
泉さんは、私が一番大好きな表情を浮かべていた。
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