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「冗談じゃない!!!」

格安アパート、「さそり荘」にシルバの怒声と壁を叩く音が響く。このアメリカ人の些細な音にも敏感な大柄の男は先程、シルバによって口を塞がれたが、反対隣に暮らす桜は壁に穴が空くのではないかと驚いた。薄い壁越しにパッチ族の会話がはっきり聞こえる。葉の担当であるシルバとカリムは、怒りと疑問の声をモニターにぶつけていた。

(こんなに筒抜けでいいのかなあ……)

一番の親友を殺した相手の担当など、シルバ個人の心が到底許すものではない。しかしパッチの誇りにかけて、友の弔いの意味も込めて、中立の立場を貫くことを決めた。

(へえ、意外と芯の強い人なんだ)

パッチの会話が終わった頃を見計らって、桜は隣室をノックした。さっき作った料理の入ったタッパーを持っている。要は、貧乏を極める哀れな隣人へのお裾分けだ。

「はーい。やあ、桜ちゃん」

「どうも。これ、よかったら」

「おお、いつも助かるよ」

シルバは喜んで、タッパーを受け取った。後ろでそれを見ていたカリムが、それも選手贔屓なのではないかと、冗談ぽく避難したが「じゃあお前は要らないんだな」というシルバの言葉に、すぐさま掌を返した。

カリムは慌てて、この数日間、桜の料理が無かったせいでひもじい思いをしていたことを熱弁し、感謝を必死に伝える。
桜はけらけら笑って軽い謝罪と、実は出雲に行っていたことを告げた。その後、出勤の時間だからと、去ろうとした桜に、パッチの2人は、今しがたの話が聞こえたかどうかを気まずそうに訊ねた。

嘘を吐く理由もないため、首を縦に振る。すると2人はクロムの死については内密にしてくれ、と念を押してきた。一選手の少年に殺されてしまうなど、シャーマンファイト運営一族の名誉に関わるものなのか、それとも少年がこの先パッチを殺した者として、他者に色眼鏡で見られないようにするためなのか。桜には判別できなかったが、勿論だと深く頷いた。その答えに、シルバとカリムは胸を撫で下ろした。

「ところで、ちょっと気になったんだけど桜ちゃんは何でこんなとこに住んでるんだい?」

自分達の露天商で稼ぐというような不確かな仕事でもない限り、普通に働いていたらここよりも良い場所に住めるはずだ。それにシャーマン達にはパッチ族から宿泊費が給付されている。それは桜も例外ではない。ますますこんなボロアパートにいる理由がわからなかった。

「え? そりゃあ家賃が安いからですよ」

「私、貯金が趣味なんです」と笑って桜は出かけて行った。桜は給付される宿泊費を懐にしまいつつ、さらにせっせと貯蓄を増やし続けている。

その事実を知った2人は、今まで選手の少女に施しを受けていることに些か引け目を感じていたが

(だったらお裾分けだけじゃなくて給付金丸々くれよ)

と思わずにはいられなかった。





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