「何の用かは知らんが、よくここまで来られたものだな、葉」
牢越しに蓮は不敵に笑った。助けられる身とは思えぬトンガリっぷりだと阿弥陀丸は呆れたが、葉はそんな蓮の変わらぬ態度に安心して、笑顔を返した。
「うわ、コレどうなってるんです」
牢に入り、カチャカチャと蓮を縛りつける鎖をいじって外そうとする桜に、蓮は訝しげな視線を送った。
「……キサマまで一体何の用だ」
「用……は、もう終わりました」
「は?」
手鎖が外された蓮に、桜は安堵の笑みを向ける。「こうしてあなたの顔を拝見できたので、満足です」などという惚けた答えとともに。
葉と潤からの生温い眼差しも合わさって、蓮は心臓を掻きむしりたい衝動に駆られた。胸が、身体が、むず痒いのは、10日もこんな地下牢に閉じ込められていたせいだ、と無理やり自分を納得させる。そして父を倒しに行く、と息巻いて牢から出て行った。
「お待ちなさい、蓮! お父様のチカラはわかっているはずでしょう!」
潤の静止も聞かずに足を進める蓮の背中が遠ざかる。葉はユルく笑いながら、蓮が目的を果たすまで彼に付き合うことを決意し、後を追った。
「だってあれが蓮なんだからよ」
残された潤は目をしばたたかせ、一瞬、思考が停止する。我に返って、それがどんなに危険なことか、まだその場に留まっていた桜に訴えかける。
「ダメよ……。桜ちゃん、葉くんを止めてちょうだい。これは道家の問題なのよ。葉くん達を巻き込むわけにはいかないわ」
「……そうですねぇ。確かに、蓮様の憎しみの根源のもとを辿れば、それは道家の歴史という、あまりに大きく、そして今更どうしようもないものを敵に回してしまうんでしょうけど、」
「それは、彼のチカラになりたいという葉様の想いを止める理由にはなりませんよ」
潤の言い分も、その優しさも十分に理解できたが、桜はやんわりと潤の願いを拒んだ。道家の事情よりも優先すべき気持ちがあるのだと。
「お父様の強さは、その想いを打ち砕いてしまうわ……」
カタカタと肩を震わせて、潤は最悪の事態を危惧する。幼い頃から身体に、魂に、植え付けられている、父の圧倒的な強さが、潤の脳内に恐ろしい映像を流してしまうためだ。葉や愛しい弟が壊されてしまう、そんな映像が。
「それでも、ここで蓮様を見捨てる方が、葉様の心を潰すことになります」
だが、なおも桜は、潤の想いを汲まず、少年達にそのまま茨の道を行かせる意思を示す。勝てるという確証など無い。むしろ潤の予想する最悪の結果の方が可能性が高いことは、桜も承知していた。だから、「大丈夫、絶対勝てる」等の言葉で潤を励ますことはしない。それなのに、自らの大切な人を黙って死地に見送る桜を、潤は失望にも似た目で見つめる。
(蓮様にもよくこんな風に、信じられないと言った感じで睨まれたなぁ……)
道家の姉弟の細かな相似点を見つけ、思わずにやけてしまう。その含み笑いを張り付けた顔のまま、潤に進言する。
「そして、それはあなたもですよ。潤様」
「えっ?」
「ここで向き合わなければきっと、あなたの心も潰されてしまうでしょう。今が、おそらくその機会ですよ」
「憎しみの連鎖を生み続ける運命を変える、ね」
「……私は」
上の階では、沙問のキョンシーが蓮達の前に立ちはだかっていた。その激しい戦闘の余波が、僅かに伝わる龍曜の間で、潤は決意を固めた。