一織くんが予約した宿までバスで移動する。移動中も他愛のない話を沢山した。主に雪の話ばかりだったけれど。それもとても楽しくて…宿までの30分はあっという間だった。

「あ、ここの宿だったんですね。」
「1番いいかと…。来たことあります?」
「先程も言いましたけど授業で一度だけ。でも泊まりは初めてなので楽しみです。」
「なら良かった。では入りましょうか。」

一織くんに連れられて来たのは地元では割と有名な温泉旅館だった。手続きを済ませ、客室へと入る。それから夕食を食べたり各々温泉へ入ったりゆったりした時間を過ごした。そしてひと息つく。

「そういえば一織くん、ずっと聞こうと思ってたんですけど…普通に私とこうやって外に出て大丈夫なんですか?」
「まずプライベートですし…それに、大きなショッピングモールだったり遊園地だったりしないので大丈夫ですよ。」
「それなら良かったです。でも、なんで急にこっちに来ようと…?」
「…温泉で羽を伸ばすのもいいかな、と。」
「なるほど…。お忙しいですしリフレッシュも大事ですからね。」
「…まぁ、そうですね。」
「あぁそうだ…!一織くん、ちょっと待ってください。お渡しするものが…。」

そう言って荷物を取りに移動する。渡したいものとはバレンタインのときに渡せなかったチョコレート。もちろん作り直したもの。

「一織くん!遅くなったけど…バレンタインのチョコレートです。」
「ありがとうございます。」
「ちゃんと作り直したので、日の方は大丈夫ですよ!お口に合うといいんですけど…。」
「大丈夫ですよ。…今、食べても?」
「え、はい…!一織くんが良ければ…。」
「では頂きます。」

そう言って包みを開けてチョコレートを食べ始める一織くん。目の前で食べられると何故か妙に気恥ずかしい。…反応をじっと見る。…美味しいって、言ってもらえるといいな。そう思いながら一織くんを見ていると、一織くんの表情が少し柔らかくなる。

「…美味しいです。」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。私好みの味です。」
「良かった…。」
「ありがとうございます。もう夜も遅いですし、残りはまた明日大事に頂きますね。」

そう言ってチョコレートをしまう。その手つきが優しげで、なんだか嬉しくなった。
ルンルンしている私に一織くんが声をかける。

「…れい。」
「はい、なんですか?」
「今日私が会いに来た理由、わかってますか?」
「えっと、ちょっと遅いバレンタインのためですよね?」
「…それだけ?」
「…えっと?」
「そのためだけにこんな旅館を予約すると思っているんですか。」
「いや、私もそこが引っかかってて。」

少し強張った表情で一織くんは問いかけてくる。…実は思い当たる節はある。けど、そんなまさか。

「今日が何の日か…あなたは覚えていないんですか。」
「…覚えて、ます。でも、そんな、」
「…今日は?」
「一織くんと、お付き合いを始めて半年、です…。」
「なんだ、ちゃんと覚えているんじゃないですか。」

…そう。今日は半年記念日。一織くんは忙しいし、お互い近くに住んでいるわけではないし会えるなんて微塵にも思っていなかった。そんな中一織くんから声をかけてもらって、実はすごく嬉しかった。
…だから、一織くんが覚えているなんて。

「そうですよ。今日はあなたと交際を始めて半年記念日です。…だから会いに来たんです。」
「だから、こんな遠くまで…?」
「当たり前じゃないですか。1年の半分、という節目にもなる日でしょう。」
「わざわざありがとうございます…。」
「…この半年、会えたのはほんの数回だ。毎月の記念日すらまともに会うことが難しい。だから…今日だけは、と思ったんです。」
「そんな…お仕事がお忙しいのも知ってるし、電話をしてくださったりこまめに連絡をくださってるだけで充分嬉しいのに…。」
「…私が会いたかった、と言ったら笑いますか?」
「笑いません…!笑うわけがない!私だって一織くんに会いたかった…!」
「やっぱり…来てよかった。」

そう言って優しく微笑む一織くん。それと同時に軽く引き寄せられ抱きしめられる。

「普段は会えなくて寂しい思いを沢山させているでしょう?それでもいつも応援してくださって…本当にありがとうございます。」
「そんなこと…一織くんの活躍を見られるのが私の幸せでもあるし…。」
「いつも支えられている、心からそう思っています。あなたの応援が、メッセージが、声が、全部私の力になる。」
「一織くん…。」
「…れい、私と出会ってくれてありがとう。」

優しい、優しい声で一織くんは私にそう告げた。体を少し離され見えるようになった顔を見ると見たこともないような優しい笑顔が。

「……好き。」
「…はい。」
「…好きです、一織くん。」

…好き。大好き。
もうそれしか言えなかった。私もいつも元気をもらっている、とか、いつも優しくてそんなところに救われている、とか…伝えたいことは山ほどあるのに何も伝えられない。もどかしい。…でも、伝わっていると言いたげな一織くんの顔を見てなんだか安心した。

「れい、半年目にして初めての家以外でのデート、ですね。」
「はい…!とっても嬉しいです…!」
「今日と明日は2人きり、誰もいません。2人で旅行気分だけでも楽しみましょう。」
「…はい!」
「もう日付が変わりそうですね。…もうそろそろ寝ますか?」
「…出来ればもう少し、お話していたいです。」
「私もそう思っていたところです。少しの寝坊くらいなら咎める人もいないですし、夜ふかししましょう。」

そう言って少しいたずらっぽく微笑む一織くん。今日はなんだかいろんな一織くんの表情を見ることが出来た。それだけでも満足なのに、明日も一緒なんて。贅沢すぎて少し怖いくらいだ。

「…布団に入ってゆっくりお話しますか?」
「そうですね。眠くなったらそのまま寝ちゃえるしその方がいいかもしれないですね。」
「では寝落ちてもいいように、電気消しますよ。もう消していいですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

一織くんが電気を消し、並んで敷かれた布団に入る。

「真っ暗かと思ったんですけどそうでもないんですね。」
「雪があるので夜でも明るいんですよ。」
「なるほど…。雪国ならではの夜ですね。常夜灯がなくても薄らと見えます。」

慣れない環境に興味を持っている一織くん。私からしたら当たり前のことだけれど、一織くんにとっては珍しいことみたいで。普段は一緒にいられないことを実感してほんの少しだけ、寂しさを覚えた。

「…れい、寒くありませんか。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「…そうですか。」
「一織くんは?」
「……。」

そう尋ねると黙り込んでしまう一織くん。近くにいるけれど、暗がりで表情が読めない。…何か変なこと言ったっけ…?

「一織くん?って、ぅわっ!?」

顔色をうかがおうと近づくと急に強い力で引き寄せられ、気がつけば一織くんの布団の中。顔を上げればすぐ前に一織くんの顔が。
…近い。近すぎる。

「あ、え、あの、一織くん?」
「……。」
「どうしたんですか…?」
「…ちょっと、ごめんなさい。」

そう言われ、同時に強く抱きしめられる。首に顔を埋められ擽ったくてつい身をよじるとそれすら許さないとばかりに抱きしめられる力が強くなる。

__どのくらいこうしているのだろうか。
なんて声をかけたらいいのかわからなくてされるがままの状態でいる。正直なところ首は擽ったいし、抱きしめられる力が強すぎて少し苦しい。…でも、嫌じゃなくて。恐る恐る抱きしめ返してみる。

「…っ!」
「一織くん!?」
「あ、いや…」
「…?」

そっと抱きしめ返すとそれに反応するかのように抱きしめられる力が弱まり一織くんが顔を上げる。

「どうしたんですか?…あ、もしかして抱きしめ返したのまずかったですか!?すみません!」
「いや、ちが、…わなくも、なくも…。」

…いや、どっち?
暗がりでもわかるくらいに顔が赤い一織くん。珍しく曖昧な返答で困っていることだけはわかる。

「…あの?」
「何でもないです。…何でもない…。」
「それならいいんですけど…。」

はぁ、と一織くんが大きなため息をつく。相変わらず何を考えているかは読めないから、何をしてあげればいいのかわからない。
どうしようか考えていると一織くんが小さな声で話しかけてくる。

「…今日、このまま…あなたを抱きしめて眠ってもいいですか。」
「…はぇ?」
「変なことはしませんから。ね、れい…ダメですか?」
「だ、めじゃない…です…。」
「…良かった。」

ほっとした顔をして、ものすごく優しく私を抱きしめる一織くん。その手の優しさにすごく安心した。そして、無性に一織くんを抱きしめたくなった。

「私も…抱きしめてもいいですか?」
「…もちろん。抱きしめて。」

ちょっとむず痒いような雰囲気、だけどこれもまた悪くないかな…なんて思ってみたりもして。

「狭くないですか?」
「大丈夫です。一織くんこそ大丈夫ですか?」
「私も大丈夫ですよ。なんだか面白いですね。布団は2人分用意されているのに使っているのは1人分、なんて。」
「なんだかそれも恋人っぽくて照れちゃいますね。」
「恋人っぽい、じゃなくて私達は恋人、でしょう。」
「あ、はい、そうです…。」
「…でしょう?ほら、そろそろ寝ますよ。」
「はい…、あ!そうだ一織くん!せっかく来たんですし雪国の夜景見ませんか?」
「夜景…?」
「寒いかもしれませんけど、窓から外覗いてみてください。」

一織くんの声が、言葉が、雰囲気が、全部全部柔らかくてなんだかじっとしていられなくなって。思わずどうでもいい提案をして窓の方へ誘導する。

「…ライトや月の光が雪に反射して綺麗ですね…。辺り一面まっさらな雪で…。すごく新鮮だ。」
「やっぱり山奥なだけあってここは綺麗ですね…。私もここまで綺麗なのは初めて見たかもしれないです。」

適当に話を振ったけど、思ったよりも綺麗な景色で思わず見入ってしまう。
…雪なんて嫌いなのに、今日は雪に感謝してる。これも全部一織くんと一緒だから、なんだろうな。

「…れい。」
「はい、っ…!?」

一織くんに声をかけられて一織くんの方を向く。それとほとんど同時に一瞬唇が重なる。

「…!?!?」
「…ははっ、なんて顔。」
「いや、だって、」
「半年我慢したんです。これくらい、いいでしょう?」
「突然過ぎやしませんか…。」
「…したいと思ったからした。それだけですよ。」

爽やかな笑顔でサラッと言ってのける。
目の前にいるのはいつにも増してかっこよく見える一織くん。あぁ、いつもの照れ屋で可愛い一織くんは何処へ…。

「ほら、本当にそろそろ寝ないと朝起きられませんよ。」
「はぁい…。」

半分放心状態の私を置いて先に布団に戻る一織くん。とりあえず戻ろう、と私も布団へ戻る。

「ちょっと、そっちじゃないでしょう。」
「え?」
「こっち。今日は一緒に寝るって言いましたよね?」
「あ、はい…。」

無意識に自分の布団へ戻っていた私に一織くんはそう声をかけてきた。なんだかもう居た堪れない。

「もう、何でそんなに余裕そうなんですか…。」
「余裕そうですか?」
「一織くんばっかり先に行っちゃって…置いてけぼりです…。」
「…あなたの前では余裕ぶっている、それだけですよ。それに、置いて行ったりなんてしませんから。絶対に。」
「…一織くん。」
「一緒に成長していこう、って約束したでしょう?」
「はい…。」
「ほら、いつまでもそこにいたら冷えますよ。……おいで、れい。」

優しい顔で微笑みながら、両手を広げて待つ一織くんの胸に無言で入る。

……ずるい、ずるい、いつからそんなことが出来るようになったの…。

そのまま2人で横になって一織くんに抱きしめられる形で気づいたら眠っていた。
ちょっぴり進展した、そんな半年記念日。