『今から時間取れますか。』

一織くんと喧嘩をして早数日。
言い合いをしてから我に帰って必死に連絡を取ろうとした初日。結局連絡が取れず、泣きながら過ごしたその日の夜。何度メッセージを送っても未読のままの2日目。連絡をするのが怖くなった3日目。そして冒頭のメッセージが来た今日。

…今から時間取れますか。
このメッセージが来たのは夜11時半頃。
もしかして電話でもするのかな、でも怖いな…と思いながらも、とにかく謝りたい気持ちが強く、了承の返事を送った。

『では、今から向かいます。20分程度でそちらに着くのでいつでも外に出られる格好をして待っていてください。』

……????
いまからむかう?何言ってんの?
忘れてはいけない。一織くんと私はすぐに会える距離にはいない。そして今は夜中。目がおかしくなったのかと思い、メッセージを確認する。間違っていない。じゃあ何だ、今から一織くんが来るのか…?

こうしちゃいられない。急いで洋服を引っ張り出して着替え、軽く化粧をし、お風呂上がりで乾かしたままだった髪の毛を纏める。

そうこうしているうちにあっという間に20分経つ。家の前で車の音がし、扉が閉まる音がする。外を見るとタクシーが停まっている。……本当に来たんだ…。

『今着きました。温かい格好をして下まで来てくれませんか。』

一織くんからのメッセージを見て一目散に飛び出す。外に出ると本当に一織くんの姿が。

「こんばんは、れいさん。夜遅くにすみません。」
「こんばんは一織くん…。どうして、ここに…?」
「…先日の、電話の件で。」
「あ、ですよね…。外じゃ寒いでしょう?せめて私の部屋に入ってください。お話はそこでしましょう…?」
「…すみません。お言葉に甘えてお邪魔します。」

どこかいつもと違うギクシャクした空気で会話をし、私の部屋へ向かう。部屋まで移動する時はお互い無言。部屋に着いてソファに座り、顔色をうかがいながらも一織くんが話し始める。

「…先日はすみませんでした。あなたが心配で…、いや違う、あなたが知らない男に親切にしたことに嫉妬して、思ってもいないことを沢山言ってしまいました。」
「私こそ、バカ、なんて言ってごめんなさい…。」
「れいさ、」
「一織くん。」
「はい。」
「…一織くんはこの前、自分よりいい男の人を見つけたらいい、って仰ってましたけど、…私、一織くんより素敵な男の人なんていないと思っているんです。こんなに好きになって、泣くほど愛しくて、一緒にいられるだけで幸せで…。」
「……。」
「…でも、一織くんには、私なんかよりずっとずっとお似合いで素敵な女性がきっといるんです。泣き虫じゃなくて、強くて、一織くんを支えてあげられるような。…私とは、正反対の女性が。」
「…!!」
「ね、一織く…、」
「あなた、何を言って…!!」
「!?」

黙って私の話を聞いていた一織くんが突然大きな声で私の言葉をさえぎる。驚いて一織くんを見る私にむかって、一織くんは続ける。

「私にとってあなたは、れいさんは、生まれて初めて出会ったかけがえのない女性で、あなたとなら私が私らしくいられる、そんな心の拠り所なんです…!なのになぜ!私にはあなたよりいい人がいるなんて言うんですか…!」
「…一織くん…。」
「確かに、あなたに同じことを私は言いました…でも、あれは本心じゃない…!あなたが別の男のところに行くなんて…考えたくもない…!」
「……っ、」
「れいさん、私はあなたが…あなただけが好きなんです…!!」
「一織くん…。」
「…お願いだから、他の人のところへ行かないで…。」

悲痛な表情を浮かべてそう言う一織くん。
…正直、連絡もとれないし嫌われたと思っていた。もう終わりなのかな、なんてずっと考えていた。
……でも、そうじゃなかった。一織くんは、私だけを見ていてくれた。

「…一織くん、一織、くん…!」
「れいさ、」
「っ、ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
「……。」
「私だって、一織くんが好きなんです…誰よりも、誰にも渡したくないくらい好きなんです…!傷つけたくないのに、大好きなのに…。」
「…れいさん、」
「私はずっと一織くんの側にいます…!寂しくても、遠くにいても、好きなのは一織くんだけ…!」

一織くんに必死に自分の思いを伝える。勝手に溢れる涙に苛立ちを覚えながら何度も何度も涙を手で拭う。その手を一織くんがそっと取って言う。

「…目、擦ったらダメです。腫れてしまう…。」
「な、泣けばいいなんて思ってないの、泣きたくないのに、だから、」
「知ってます。あなたはそんな卑怯な人じゃない。…傷つけて、本当にごめんなさい。」
「謝らないで一織くん、私が悪いの、私が一織くんとの約束守らなかったからいけなかったの…。」
「…いえ、心無い言葉であなたを傷つけた、…本当に後悔しています。」

一織くんはそう言うと優しく、優しく私のことを抱きしめる。その手になんだか気が緩んで、ますます涙が止まらなくなる。

「…一織くん、…一織くん、どこにも行かないで、」
「…はい。」
「一織くん、好き、大好き、お願いだから側にいて…。」
「……っ、」

一織くんに抱きつきながら子どものように泣きじゃくる私。何を言っているのか、もはやわからない。それでもずっと一織くんは抱きしめていてくれていた。
…ふと、洟を啜る音がして顔を上げる。

「……一織くん、泣いてる?」
「な、泣いてません。」
「うそ、だって目が潤んで、」
「っ、うるさい人ですね、」
「え、泣かないで…。」
「泣いてませんってば、もう黙って。」

そう言うなり一織くんの唇が私の唇を塞ぐ。
驚いて口を噤む私。その私から安堵した様子で離れる一織くん。

「…っ、なに、突然、」
「…すみません、ちょっと…。」

なんとも言えない顔をした私と目を合わせてくれない一織くん。覗き込もうとすると顔を背けられる。

「……ふふっ。」
「…何笑ってるんですか。」
「…いつもの一織くんだなぁ、って。」
「……。」
「なんだか、ホッとしました。」
「…れいさん。」
「はい?」
「…仲直り、しましょう?私にはあなたが必要なんです。」
「…もちろん…。私も、一織くんがいないとダメです。」
「…はは、まさか私とあなたが喧嘩をするなんて思ってもいませんでした。」
「私も…。そんなに日が経っていないのに毎日すごく悲しくて、長くて…。一織くんと気まずくなるのがこんなにつらいなんて思わなかった…。」
「私もです。…連絡、何度も無視をしてしまってすみませんでした。」
「…なんで、ずっと応答してくださらなかったんですか?」
「…頭を冷やす時間が欲しかったのと…、あとは、なんて謝ろうか、と…。纏まらないままれいさんと話すと、また傷つけてしまいそうで…。」
「…そう、だったんですね…。」

…良かった。
一織くんが連絡を取ってくれなかった理由を聞いて、心から安堵した。全部、私のためだった…優しい一織くんは、私を傷つけないように、1人で考えていたんだ。…嫌われたとか、そういうのじゃなくて、良かった。

「…れいさん?」
「…あれ、なんで…?」

さっき止まったはずの涙がまた溢れる。止めなきゃ、そう思うのに。

「違う、なんで泣いてるのかわからない、泣き虫で、ほんとごめんなさい…。」
「…泣き虫で、いいんですよ。」
「え…?」
「そんなあなたのことが私は好きだから。泣きたいときは泣いていいんですよ。」

なんでそんなこと言うの。自分の大嫌いな部分をそう言って受け入れてくれるのは一織くんだけ。…だからこそ、泣きやまなきゃ。一織くんと一緒にいるときは、笑っていたい。
そう思い、必死に涙を止める。

「…泣き止みました?」
「…はい。もう大丈夫です。」
「良かった。…ねぇ、れい。」
「…はい。」

真剣な顔をして何かを言おうとする一織くん。その真剣さに私もつられて一織くんと真剣に向き合う。

「またこうして喧嘩をすることがあるかもしれない。…それでも、私がどんなことを言っても、あなたを…れいのことを好きなのは変わりません。それだけは信じてください。」
「……っ、」
「わかりましたか?」
「はい…!一織くんを信じます。だから一織くんも私のこと、信じてくださいね。」
「…もちろん。」
「さっきも言ったけど…、何があっても好きなのは一織くんだけです。」

一織くんの目を見て言いきる。意思が弱いところがある私だけれど、これだけは絶対に変わらないし曲げない。その思いも込めて一織くんに伝える。

「…これからも、一緒にいてください。」
「当たり前でしょう。私はあなたを誰かにやるつもりはありませんよ。」

そう言い顔を合わせて笑う。
よくあることだけれど、この瞬間がとてつもなく嬉しかった。

初めてのケンカは思った以上に私達を苦しめたけれど、なんだか仲が深まった気がする。とても辛くて苦しかったけれど、ケンカを通して改めて私には一織くんが必要なんだ、って思うことが出来たから悪いことばかりじゃなかったのかな、なんて。
…でもまぁ、ケンカはもうしたくないなと思った。

一織くん、こんな私だけれど…これからもどうか仲良くしてね。あなたが大好きです。