002 ブリア海岸の水平線が見えてきたとき、辺りは薄朱に染まっていた。群青に霞んだ雲の向こうに、燃えるような赤の太陽がぼやけて見える。 ローテスに入り、宿屋に着くと、待ちかねていたようにエリアマスターの男が駆け寄ってきた。 「ダンさん!待ってましたよ」 「遅くなってすまなかったな」 「とんでもない。来て下さっただけでありがたい。」 エリアマスターは何度も礼を言いながら、宿屋の奥の部屋に4人を招き入れた。 「何人か、覚者の方も応援に来て下さったんですけどね……ドラゴンを倒してもらっても、次の日の夜にまた現れて……キリがないんですよ。もう、何が何やら……」 「そのことだが、俺たちはドラゴンを操っている奴がいるんじゃないかと思ってるんだ」 「は、操る……ですか?」 「そういう魔物もいる。今回のそれが、魔物か、魔術師かはわからないが、ドラゴンを操れるほどの魔術師はそういないだろうから、魔物の線が濃い。ともかく、今日はそれを確かめてみるつもりだ。」 ダンの説明を聞いて、エリアマスターも心なしか安堵した様子だった。 「よろしくお願いします。部屋は用意してあります、食事もあります。自由に使ってください。」 4人は腹ごしらえをし、しばらく部屋で休んだ。浜辺で遊んでくる、と言い残して部屋を出ていくティカを見送って、ルーナも少しおいてから外の風に当たりに行った。宿屋の脇の道を上り、リムストーンが聳える小丘に登ると、太陽が沈もうとする水平線がよく見えた。 白い浜辺には崩れた岩や瓦礫が散らばっている。ドラゴンの仕業だろう。ここからの景色が好きだったルーナは、悲しげに眉を下げた。 「ちゃんと休んだか?」 不意に背後から声がして、振り返ると、ダンが心配そうな顔で立っていた。 「はい。」 「来る途中、戦闘も多かったろう。疲れてないか?」 「大丈夫です。ティカなんて、浜辺に遊びに行きましたから。」 「元気だなあ、あいつ。」 笑みをこぼしたダンを見て、ルーナはふと思った。 「団長、最近心配性ですね。」 からかうような口調で言った。すると、ダンは反して真剣な顔でルーナを見つめた。 「心配に決まってるだろう。」 ダンはルーナにまっすぐ向かい合った。 「ど……」 どうしたんですか、急に。そう言うつもりだった。けれど、茶化してはいけない――その思いがルーナの口を閉ざした。ダンの目は真剣な光を宿してルーナを見つめ続けている。 「本当は――」 「………。」 「本当は、盾役もやってほしくない。いつも前線で、敵を引き付けて……戦っているお前の背中を見ながら戦うのは、辛い。」 どうして、とは聞けなかった。いつも、ダンからは他の人とは違う何かを感じていた。それが、今の段の言葉と眼差しで、ルーナの中ではっきりとした確信に変わってしまったからだ。 「……団長、私、今の職が一番好きなんです。団長やティカやトロイが存分に力をふるえるよう、支援するのが……できるのが、幸せなんです。」 そう言うと、ダンは少しさびしそうに笑った。 「そうか、そうだな、俺も……お前ほど優れたシールドセージは、いないと思うよ。」 潮風が冷たくなってきていた。 ダンと話している間に日はすっかり沈み、海岸は夜になろうとしていた。 眼下の村はひっそりと息をひそめているように静かで、村人たちがドラゴンにおびえて家の中で抱き合って眠る姿が想像できた。 その時、薄青い闇の中に降り立つ黒い影が見えた。影は巨大な翼を広げ、咆哮して空気を震わせた。 「来たか……。」 ダンが途端に駆け出した。ルーナもすぐに丘を降りて行った。 浜辺には既にティカとトロイがいて、黒いドラゴンと相対していた。シーカーのティカは短剣を、クレリックのトロイは小杖を構え、ダンとルーナを見つけて安堵した表情になった。 「行くぞ、皆!ドラゴンを村に近づけさせるな!」 「はい!」 ルーナは前線へ飛び出して行ってドラゴンを引き付け、すぐにエンチャントを試した。 「氷が効くようだ!」 ダンが声を上げ、ルーナもうなずいた。 ティカがドラゴンの顔に張り付いて猛攻し、そのティカをトロイが支援する。ダンは攻撃をかわしながら大剣で確実にドラゴンに傷を負わせる。 「こいつ、おかしい……」 しばらくして、ダンが呟いた。 「ねーっ!このドラゴン、変だよ!」 同時に、ティカもドラゴンの頭上で声を上げた。 「……なんだか、そう」 「……弱い……?」 トロイの言葉を引き継ぐように、ルーナが言った。ドラゴンは既に瀕死で、弱弱しい咆哮を上げている。 「眠らせます!」 ルーナがそう言ってロッドを翳すと、ティカが素早くドラゴンから離れた。ドラゴンは間もなく眠りについた。 「団長、術師を探しましょう」 「ああ、その方がよさそうだ」 ドラゴンの耐久力を見ても、これはほとんど亡霊に近く、倒してもすぐに復活するだろう。そう結論付けた4人は、辺りに目を巡らせた。 「そこか!」 トロイが叫んだ刹那、光の球体が空気を裂いて一点に飛んで行った。弾けるような音と何かの悲鳴が上がり、その空間が歪んだ。そこから現れたのは、黒い衣を纏った骸骨のような姿をした魔物だった。 「やっぱり操られていたか!!」 ダンか叫び、ルーナが聖なる力を武器に付与した。4人の武器が白い光に包まれる。直後、ティカが飛び出して行って魔物にしがみつき、猛攻を加えた。聖なる光で切り裂かれた魔物はなすすべなく地面に落ちた。そこへダンが痛恨の一撃を与え、血を切り裂くような悲鳴とともに魔物は灰となって消えた。 気がつけば、ドラゴンも塵のように崩れて消えて行った。操る力が消えたからだろう。 後には瓦礫の山となった白い海岸だけが残った。 |