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母に夕刻までには帰ってくるようにと言い聞かせられて、カレンはひとりでラズリルを出歩く許可を得た。父は難色を示したが、ラズリルは比較的治安のいい小さな島であること、騎士団の拠点もあり常時騎士が島内を見回っていることもあり、渋々娘の我儘を許した。

カレンは賑やかな雰囲気につられて大通りに出てみた。綺麗な貝殻や珊瑚を使ったアクセサリーが並ぶ露店や、特産である魚介類をふんだんに使った料理が並ぶ店を見て回った。
やがて少し人込みや店の集客に愛想笑いをするのにつかれて、ふらりと人気のない裏路地に入った。

喧騒が止み、静かな日陰が細く伸びていた。カレンはのんびり歩きながら、白い石造りの建物を見上げた。小さいけれど、綺麗な村だ。市場には活気もあるし、人々は皆笑っている。一歩路地裏に入れば、こんなに静かで落ち着いた小道が伸びている。
こんな島に、小さな別荘を持って、潮のにおいを感じながら過ごすことができたらどんな幸せだろう。カレンはそう考えて、だから両親はここに別荘を建てたのかと思いだした。
そんなとりとめもないことを考えながら歩いていると、おなかがすいてきた。同時に、メイドの一人が話していた、「おまんじゅう」のことを思い出した。白くて丸い食べ物で、中には控えめな甘さの餡が詰められていて、ふかふかに蒸かされたそれは何とも言えぬ美味なのだと。
いろんな国でいろんなごちそうを食べてきたカレンにとって、そんなおまんじゅうは謎に包まれた神秘的な存在だった。なんでも一般庶民が住む街中でしか手に入らないというではないか。一人で外に出るにも父を3日は説得しないと叶わなかったカレンが、そんなものを手に入れるのはなにより難しいことだった。
おまんじゅうを食べてみたい。カレンがその考えに至るまでに時間はかからなかった。
そうと決まればまずこの裏路地を抜けて、どこか村人がいる場所へ行かなくてはならない。まんじゅうがどこに売っているか見当もつかないからだ。とりあえず、来た道を戻って大通りに戻ろうと考えたカレンは、踵を返して歩き始めた。

薄暗い路地の先を見つめて、カレンは立ち止った。辺りを見渡すが、高い建物の白い壁に閉ざされたこの細い路地では無意味だと悟る。入り組んだ路地をどう進んで来たかわからなくなってしまったのだ。
カレンは立ち尽くした。一人メイドに共を頼めばよかった……と後悔し始めた。前を見ても後ろを見ても似たような景色が続いている。ここがどこなのか見当もつかない。耳を澄ましても、大通りの喧騒はどこからも聞こえてこない。八方ふさがりだった。
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