その日、カレンがポーンのラルスとヒューイを引きつれて海岸を歩いていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。カレンが声のする方へ振り向くと、声の主であるぼろきれを纏った女は、心底安堵したような顔で駆け寄ってきた。
「よかった!あなたに会えるなんて!本当によかった!」
感涙を流しながら繰り返す傷だらけの女に、カレンは興味がなさそうに尋ねた。
「何なんですか?」
「こっちへ来て。早く。」
女に引っ張られ、カレンは特に抵抗もせず連れて行かれることにした。ラルスとヒューイも異論なくカレンについて行った。
女に連れられて行った先は岩陰で、そこには数人の男女がみすぼらしい姿で打ち捨てられていた。カレンは女を含め、この者たちと顔を見知っていた。しかしカレンは驚くでも悲しむでもなく、ただ立ったまま、彼らのうちの誰かが口を開くのを待った。
「お願い、助けて。」
口を開いたのは同じ女だった。
「男たちに襲われたの。何もかも盗られたの。」
「この辺りは盗賊が多いですからね。」
この海岸にはよく来るカレンが当然のように答えた。カレンの反応が予想外だったのか、女たちは面食らったように互いに顔を見合わせたが、またすぐに口を開いた。
「ねえ、電話もってない?警察に電話してほしいの。」
「ここは電話なんて通じませんよ。」
「じゃあ、どこか人のいるところまで連れて行ってくれない?」
「どうしてです?」
「どうしてって……」
女は一瞬言葉に詰まって、人でなしのようにカレンを罵り始めた。
「私たちがこんな状態なのに何も思わないわけ?殺されかけたのよ。いや、殺されるよりも深い傷を心に負ってる。この状態を見ればわかるでしょ?知り合いなら助けるべきなんじゃないの?」
「心の痛みがわかる人たちだったとは驚きです。それは一生消えませんよ。だから私にできることは何もありません。この辺りには盗賊も多いし、自分で自分の身を守れる私たちだけなら楽な道だけど、どうしてあなたたちを命がけで守らなければならないんでしょう?足手まといをこんなに引きつれていたら、自分の身も守れませんよ。私は今大切な任務を任命されているのです。私に心の傷を負わせた奴らを守って死ぬなんて、そんな胸糞悪い最期を迎えるわけにはいかないんですよ。」
カレンが淡々と述べると、彼らはすっと黙り込んだ。
その時、ヒュッと空を切る音がして、カレンが素早く振り向き大盾を構えた。同時に、破裂音が響き、粉々に砕けた矢が辺りに散った。
「やっちまえ!!」
岩陰からわらわらと出てきた盗賊たちに、女たちはサッと顔が青ざめた。
「こんな岩陰にいるからですよ。岩陰は身を潜める恰好の場所なんですから。」
カレンは呆れたように言い捨て、ラルスとヒューイと手分けして、男たちをあっという間に蹴散らした。
「では、失礼します。」
女たちの言葉を待たず、カレンは海岸の方へ再び歩き出した。ラルスとヒューイも後に続く。その2人を、女は必死に呼び止めた。
「ねえ!助けてよ!その女が酷いと思わないの!?」
ラルスとヒューイは振り返って答えた。
「カレン様は本来お優しい方だ。」
「そのカレン様をこれほど怒らせるとは、お前たちはいったい何をしたのか。関わりたくもない。」
女たちは絶望の顔になった。
「ねえ!お願い!謝るから!せめて人のいる街の近くまで連れて行って!」
女たちはふらふらとカレンたちの後をついてきた。
「そんなに強いならいいじゃない!盗賊くらい追っ払ってよ!」
女が叫んだ時だった。不意に、地鳴りが響いてくることに気づいて、一行は立ち止った。
「何……地震?」
女たちがカレンの方に駆け寄ろうとすると、ラルスとヒューイが手で制した。
「邪魔だ、離れていろ。」
「は?なんなの……」
ズシン!とひときわ大きく大地が揺らぎ、ふっと太陽が遮られた。見上げると、咆哮する巨大な獅子がいた。
声にならない叫び声をあげ、女たちは転がるように逃げた。見ると、獅子の背中からは山羊の頭が生え、尾には巨大な蛇が生えている。
「キメラです!」
ラルスが叫んだ。
「こいつが討伐目標です!」
ヒューイが大杖を掲げて詠唱を始めた。
カレンは盾を構え、キメラの注意を引き、その後ろでラルスとヒューイが魔法を放ち、見事なチームワークで敵を圧倒した。カレンが放った魔法の玉でキメラは氷漬けになり、ヒューイの火炎弾によってその巨大な氷像は砕かれた。
灰となって消えるキメラの死骸から戦利品を回収していると、また女たちがカレンのもとに集まってきた。
「どういうつもり!?」
「今度は何です?」
カレンが見向きもせずに問うと、女は鼻息荒くカレンを責め立てた。
「こんな化け物がいるところに連れてきて!わざとでしょう!こっちは怪我したんだよ!責任とって病院まで連れて行けよ!」
「何を言ってるんですか?」
カレンは立ち上がり、女の真正面に立った。両隣で、ラルスとヒューイも腕を組んで女たちを冷ややかに眺めた。
「私はついてこいなんて一言も言っていませんが。あなたたちが勝手についてきたんでしょう?私たちはもともと、このキメラを討伐するためにここに来たんです。あなたたちを助けるためではありません。」
カレンの言葉に、誰も言い返す者はいなかった。
「大体、なんです?その態度。盗賊くらい、っていうなら、自分たちで追っ払ってはどうですか?」
「そんなことできるわけ……!」
「できるわけないから、なんですか?威張っているだけですよね。追っ払えもしない盗賊よりも強い私たちに対して。私たちにそんな態度がとれるなら、さぞかしお強いんじゃないですか?盗賊くらい、自分たちで追っ払いなさい。」
「……。」
「それができないんですよね?できないならできないなりに、とるべき態度があるんじゃないですか?そうしたら考えてあげますよ。」
カレンが言うと、女たちは顔を見合わせ、おずおずと浜辺に膝をついた。
「……すみませんでした。助けて下さい。」
女の後ろで、仲間たちも不服そうに頭を少しだけ下げた。その面々を眺めて、カレンはニコリともせず口を開いた。
「考えましたが、やっぱりあなたたちの土下座に価値はありませんね。でも、人のいる場所への道だけは教えてあげますよ。あの岩場を抜けて右にまっすぐ行った先に村がありますが、途中オークとリザードマンの溜まり場があります。どこへ行くにせよあの岩場は必ず抜けなければならないので、どうぞ全力で駆け抜けて下さい。それからその村は病院も警察署もない小さな村ですので、宿屋にいるエリアマスター……村長みたいなものです、オニールという男に事情を話し、その粗末な土下座をして助けてもらいなさい。皿洗いでもすれば数日は村においてもらえるでしょう。」
唖然としている女たちを一瞥して、カレンは踵を返した。
「では、お元気で。」
FORTUNE