「お待たせしました、アイスコーヒーです。」
「ああ、置いといて。」
テーブルに広げた小さな地図を熱心に覗き込んでいる青年に、店員の女は意味ありげな微笑みを向けてわざとゆっくりとコーヒーやシロップを並べた。優男風だが整った顔立ちの青年で、白竜印の印章を鎧に着けている。つまり覚者だ。この神殿にやってきて2週間、この国で「覚者」という存在は、人間の中で最も地位と価値のある存在だという事が身に染みてわかった。しかも美形――思わず都合のいい期待をしながら、女はトレーを両腕で抱えて青年に声をかけた。
「もしかしてあなた、覚者様?」
青年はやっと顔を上げ、女を見た。
「ああ、そうだよ。」
「すごいですね。その剣で戦うの?」
女が青年の腰に提げられた剣を指して言うと、青年は少し気をよくしたようで、少し微笑んだ。
「そうだよ。今はね、この国の命運を左右する、重大な任務を任されているんだ。」
「ええっ!?すごい、じゃあすごく偉い人なんですね、そんなに若いのに。」
ふっ、と青年は得意げに笑った。
そして不意に、あっと笑顔になり、急に立ち上がった。
「隊長!隊長ー!こっちですよ!」
青年がそう手を振る先にいた女を見て店員の顔はこわばった。そしてその店員を見て、女――カレンはその目に冷ややかな光を宿した。
「隊長、お待ちしてました!さ、ここ座ってください。」
エリオットがいそいそと椅子を引き、カレンの着席を促した。カレンは礼を言うと、スッと店員を見上げた。
「アイスティーひとつ。」
そう言ったきり、カレンは不快そうに店員から目を逸らした。
「……かしこまり、ました」
店員は震える声で言って、奥に引っ込んだ。
「隊長、調べてみたんですがね、ここはやっぱりオークどもに占拠されてますよ。ここ数日、この道を経路にしている商隊との連絡が途絶えてますからね。」
「じゃあ、まずこの道を開放する必要がある。そうすれば村と要塞との最短経路ができるから、村人の避難や物資の調達もしやすくなる。騎士団の人員も最少で済むだろう。」
「なるほど、ではここの解放は……」
「ガルドリンと覚者隊の隊員で少人数隊を作り、向かわせる。」
「わかりました、ではそのように。明日の朝一には向かわせられますよ。」
「制圧でき次第、白騎隊に要請して避難路の警備をしてもらう。」
「了解。ゲルドさんに頼んでおきましょう。」
一息ついて、エリオットはアイスコーヒーに手を伸ばしかけ、やめた。
「遠慮せず飲め。」
「そんなわけには。というか、ずいぶん遅いですね、隊長のアイスティー。」
そう言うエリオットとカレンがカウンターの方を覗き込むと、何やら店主と店員がもめているのが見えた。手元にはアイスティーらしきものがある。店主が何かを言い、店員は首を横に振って地団太を踏んでいる。
「おおい!アイスティーはまだか!?」
エリオットがよく通る声で言うと、店主と店員ははっとして振り返った。直後に、店主に背中を小突かれ、店員が渋々こちらにやってきた。
「……アイスティーです。」
ぼそっと言い、コップをテーブルに乱暴においた。アイスティーが数滴こぼれ、テーブルの上に黒く染みた。
「おい、なんだその態度は!」
エリオットが怒りを露わにした。店員は不服そうにカレンを見下ろして黙り込んでいる。
「エリオット、相手にするな。」
「しかし、隊長にこんな……!」
言いかけるエリオットに微笑みを向け、カレンは首を傾けて店員を見上げた。
「いいの。知り合いなの。ね?店員さん。」
カッ、と店員の顔が赤くなった。
「生きてたんだ。」
カレンが呟いた時だった。店員がアイスティーの入ったコップを鷲掴み、大きく振り上げた――が、エリオットが身を翻した瞬間、コップは鋭い剣で貫かれ、店員の頭上からアイスティーが流れ、白い制服に大きな茶色い染みを作った。
「おい!お前!何してるんだ!!」
店主がすっ飛んできて、惨状を見て、爆発寸前の爆弾のような顔になった。そして震えながら店員を睨み、一喝した。
「クビだ!お前はたった今からクビ!!さっさとこの店から出ていけ!!二度とその面を見せるな!!」
「な……!」
店員はわなわなと店主を見、カレンを睨みつけた。
「お前のせいで……!」
「私が何かしました?」
カレンは立ち上がって女を見下ろした。
「客にお茶を投げつけようとする店員を雇う人がどこにいるんです?クビはあなた自身の責任でしょ。」
それだけ言って、カレンは店主にコインを渡した。
「私が気に入らなかったみたいなんです。騒ぎになってごめんなさい。お代は払います。少ないけど、おつりも取っておいて。」
「と、とんでもない!お代は結構です!カレン様、あなたに非はない。どうか座ってください、サービスさせてもらいます。」
「いいの。」
カレンは首を横に振り、エリオットと頷き合った。
「あなたのお店が好きだから、とっておいてほしいんです。また気持ちよく来たいから、どうかお詫びのしるしに受け取ってください。」
「あ……ありがとうございます!そのときはぜひ、サービスさせていただく。」
カレンは店主に微笑みを返し、店員には一瞥もくれずに店を後にした。エリオットは店員の方を向き、冷たい声で言った。
「カレン様となにがあったか知らないが、あのお優しい隊長がこんなに不快感をあらわにするなんて、お前はよっぽどのことをしたんだろうな。ま、あの方は覚者の中でも最高の地位である統率の右腕と呼ばれ、その統率が行方をくらましている今現在、最も新しい統率に近い立場のお方だと言われている。そんな方を敵に回してるとなりゃ、この大陸ではあんたの未来はないかもな。」
エリオットは言い捨てると、足早に店を後にした。残されて立ち尽くす店員に、店主は再び怒鳴った。
「何してる、さっさと出ていけ!!」
FORTUNE