神殿から神殿前広場へと階段を下りてきたカレンに、おずおずと近づく数人の人々がいた。誰もみすぼらしい姿をし、薄汚れている。カレンが立ち止ると、彼らは顔を見合わせ、中心にいた女が口を開いた。
「あの……本当に、こんなに深く傷つけてしまったとは思ってなくて、だから、あの……本当にごめんなさい。」
「残念ですが、あなたたちの言葉は何も信じられません。」
カレンが冷たく言い放ち、立ち去ろうとすると、女は慌ててカレンの行く手を阻んだ。
「あの、お願いします。あなたが許してくれないと、私たちはここで仕事もできないし、生きていけないの……。」
「それは、あなたたちの行いよりも、私が許さないことの方が悪いと言いたいのですか?」
「いえ、そうじゃなくて……あなたに悪い所はないけど……でも……」
「大体、私は何もあなたたちにしていませんが。助けることも、邪魔することも。もう関わりはありませんから。」
女たちはまた顔を見合わせた。
「あなたたちが勝手に突っかかってきて、勝手におびえて、私が悪いと思い込んでるだけでしょう。私としても迷惑です。もう関わらないでください。」
カレンが言うと、女たちのうち一番背の低い女が、わっと泣き出した。
「もうどうすればいいの!!」
「え?」
カレンはその女を見下ろした。
「まだあなたが何かすることでどうにかできると思ってるんですか?」
女は呆然とカレンを見上げた。
「あなたが何をしようと私があなたたちを許すことはあり得ませんよ。」
「だから、それだと私たちはここで仕事ももらえないんだよ!!」
「なぜですか?」
「だってあんたが……!!」
「私は誰にもあなたたちを雇うななんて命じていませんよ。先日のカフェでのことをおっしゃっているなら、それはあなたの自業自得では?客に威圧的な態度をとる店員なんて、私に嫌われていようが好かれていようが、どこでも雇ってもらえませんよ。」
「それはあんたが客としてきたからやっただけなんだよ!!」
「では、私はあなたたちが勤める店には来るなという事ですか?少なくとも……6か所の店に行けなくなりますが?あなたたちにそんな制限をする権限があるのですか?」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「いいえ、言っています。ご自分の発言をよく考えなさい。あなたが私にお茶を投げつけたくなってしまうから、あなたがいる店には来るなという事でしょう?」
「ちがうっつってんだろ!!」
女が顔を真っ赤にして逆上し、カレンに殴り掛かってきた。しかしカレンはその腕をひねりあげ、女を突き飛ばした。
「勘違いするな。頼み方も知らず自分の立場も理解できない屑が。オークのほうがまだ賢いな。今から暴行の罪で牢に入れてもいいんだよ。それなら食うにも困らないし、どうだ。牢に入れてやろうか?」
カレンが彼らを睨んで口を閉ざすと、彼らは悔しそうに去って行った。
カレンはため息を一つ吐き、そばのベンチに腰を下ろした。ほとんど同時に、隣に腰を下ろした黒髪の女剣士がいた。
「どうした、もめ事か?」
「ヴァネッサ……。」
カレンは女剣士を見、またため息を吐いた。
「……来てたのか。見てたのか?」
「ほとんど全てな。」
カレンは足を組み、ヴァネッサは腕を組んだ。
「随分と傲慢な奴らだったな。お前があれほど怒るのは珍しいが、納得だ。何か因縁のある相手なのか?」
「……いや、下らないことだ。」
「よければ、聞かせてもらえないか?」
ヴァネッサは優しい声で言った。
「あの様子だと、また問題を起こしそうだ。いろいろと問題も山積している今、お前もあんな奴らに手を煩わされている場合ではないだろう。事情を知っていれば、私も少しは手伝ってやれる。」
ヴァネッサの言葉に、カレンは少し笑みをこぼし、立ち上がった。
「では、聞いてもらおう。私の自室へ行こう。」
二人は連れ立って、宿場区の方へと向かった。
「――そうか、お前が覚者になる前、そんなことがあったのか。」
ティーカップをソーサーの上に戻し、ヴァネッサが落ち着いた声で相槌を打った。カレンの話を遮ることなく聞き終えたヴァネッサは、少し考えた後、冷静な様子で言った。
「お前の話を聞く限りでは、お前には何の非もないように思える。そして、先ほどのあいつらの様子を見ると、この話は真実なのだろうと思う。」
カレンは俯いて、紅茶に映って揺れている自分の顔を眺めた。
「お前は堂々としていればいい。何かあったら、私もできることは協力しよう。ほら、もうそんな顔はよせ。今のお前は、この神殿で一番頼りにされている覚者なんだからな。」
「……ありがとう、ヴァネッサ。」
カレンの安堵したような顔を見て、ヴァネッサも優しく微笑んだ。
二人の間に和やかな空気が流れ、夜は更けていった。
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