湿った黒い土に小さな足跡がいくつも抉れてできている。霧のような雨で濡れた肌はすっかり冷えていて、テッドは木の根元まで歩いていくと、身震いしてうずくまった。
もうだめかもしれないなあ、と、ぼんやり思った。辺りを見渡しても、当然ながらリムはない。近くに人の気配もないし、この小さな足跡はオオカミの物だろう。冬に移り変わろうとしているこの森はめっきり冷え、獲物も少ない。きっと腹を空かせている。
まいったなあ。とつぶやいたが、声にはならなかった。いっそ眠って意識を手放したいけれど、寒さが邪魔をして眠れない。まだ、そこまで参ってはいないらしい。
時が過ぎるのを感じながら、ただぼーっと木の枝が糸のように複雑に絡まっている白い空を見上げた。
次第に眠気が襲ってきた。ふわりと温かい何かが肌に触れた気がした。心地良い。これで気持ちよく眠れそうだ……。
なすすべなくそのぬくもりに身をゆだねて、テッドは目を閉じた。
「ひと月分はあります。」
ごとごとごとん。と重厚な音をたてて、黒い革袋が傷と手垢で真っ黒になったカウンターに置かれた。宿屋の主人はその皮袋の中にいっぱいに詰め込まれている金貨銀貨を見て目を丸くし、静かに佇んでいる若い娘の綺麗な顔をぽかんと見上げた。
「これで、あの人が回復するまで、ここにおいて面倒を見てやってください。私も時々様子を見に来ますが、今は急いでいるので、申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「はあ、それはかまわねえけども……。」
怪訝な顔をする主人に一礼し、ルーナは宿を後にした。一気に都独特のにぎやかな喧騒があふれる。馴れた足取りで階段を上り、広場を抜けて酒場へとやってきた。中からは相変わらず喧騒があふれており、開け放たれた扉を抜けると、酒場の端の席で盛り上がっている3人のうちの一人が顔を上げて笑みを浮かべた。
「ルーナ!来たか!」
そう手を振っているのは銀髪の凛々しい顔立ちの青年で、ダンといい、ルーナも所属するクランの団長だ。ルーナは微笑みを返してその席へ向かった。
「遅くなってすみません。」
「待ってたよお。」
ルーナの腕を引っ張り、赤い髪の少女が口をとがらせる。彼女はティカ。ルーナを姉のように慕っている。
「何か飲むか?」
そう言って椅子を勧めてくれた人のよさそうな体の大きな青年はトロイといい、皆の兄のような存在だ。
ルーナはコーヒーを頼み、勧められた椅子に座った。ダンがすぐに大きな地図を取り出して、一点を指した。
「エリアマスターに聞いたんだが、噂のドラゴンは毎晩、ここに現れるらしい。」
「ここって……」
トロイが顔を曇らせた。
「ローテスが近いですね。村に被害はないんですか?」
意を汲んだように、ルーナが尋ねた。ダンは渋い顔で頷いた。