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早朝の剣術訓練でひと汗かいた後は、室内での座学がある。訓練場を出て館へ戻ろうとすると、スノウが申し訳なさそうに団長に呼ばれているからと言って、皆とは別の方向へ向かって行った。
スノウが去ってすぐに、自分の肩を誰かが叩いた。振り返ると同期の友人であるタルとケネスで、辺りを見渡して不思議そうにしている。
「スノウは一緒じゃないのか?」
ケネスが聞いた。
「団長に呼ばれて……。」
そう言いかけただけで、ああ、とケネスは納得した様子だった。
「やっぱり、艦長はスノウになるのかねえ。」
今度、初めての哨戒訓練がある。そこで艦長に指名された者はその期生の中で実質的にリーダーということになり、卒業後も艦長を務めることになる。
「そうだろうな。」
ケネスも何の疑いもない様子で頷いた。スノウはここラズリルの領主のたったひとりの息子だ。むしろ艦長に指名されないと、領主が許さないだろう。それどころか次期団長はスノウだという噂さえある。それを考えても、この期の中で艦長になるべきはスノウしかいないというわけだった。
「ま、そういうことなら、一緒に行こうぜカイ。」
そういって歩き出した2人に、カイは続いた。

教室につくと既にほとんどの席が埋まっていた。階段のようになっている段に整然と並ぶ2人用の長机は、一番下の段の教壇を中心に弧を描いている。
ケネスとタルが座った席の隣の席には一人だけが座っており、一席空いていた。その背中を見て、カイはにわかに緊張した。背中に流れる艶のあるチョコレート色の髪は、彼女に違いなかったからだった。
「隣、いいですか?」
こわばる声をかけると、ルーナは振り返り、一瞬驚いたように固まった。しかしすぐに表情を隠すように視線をそらした。
「どうぞ。」
そっけなくも了承を得たので、カイはそこに座ることにした。彼女に近い右肩が熱い。甘い香りがする。タルとケネスの方を見ると、何か話し込んでいた。始業までにはまだ時間があり、カタリナ副団長が来る気配もない。手持無沙汰になってポケットに手を突っ込むと、小さくてかたいものに触れた。
そうだ。と、カイは急に思いだし、その小さくてかたいものを取り出した。青い石がはめ込まれたピアス。これは、ルーナが落としたものかもしれなかった。
「あの……」
その一声を発するには、とてつもない勇気が必要だった。なにしろカイはそれまでルーナと話したことがなく、彼女はこの騎士団内では異質な存在だったからだ。そうでなくてもその美貌は人の目を引き付けるもので、今も彼女の隣に座ったことでカイは多くの人の視線を集めていたのだった。
「これ、君の?」
机の上にピアスを置くと、コンと小さな音がした。それと同時にルーナの鳶色の瞳がコトンと視線を落とした。
「そうよ。」
ルーナは不思議な抑揚のある静かな声で言うと、ピアスを摘み上げ、自身の左耳に着けた。きらりと光った青い石が、チョコレート色の髪に隠れる。
「ありがとう。」
ルーナはニコリと微笑んだ。そのときふっと、カイの中に何かが現れ、消えた。一瞬の違和感を、カイは無視できなかった。ルーナの微笑んだ顔を見て、何かを感じた。これは、そう、懐かしい感覚……どこかで見たことがあるような。
「…どこかで……会ったことある?」
気が付けばそう聞いていた。ここで聞き逃して、このもやもやとした違和感を抱えたまま過ごすのは嫌だった。ルーナは少し考えるように沈黙して、ふっと笑った。
「そう思う?」
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