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枯れた木々が囁きあう森の中を、テッドはひとり、ひたすらに歩いていた。乾いて茶色く変色した葉に覆われた地面を踏むたびに、ぱりぱりと音がし、葉はもろく崩れる。
枯れたこの森には、水も、果実も、腹を満たすものは何もなかった。ただ養分を失って黒く干からびた植物の亡骸があちこちに散らばっているだけだった。
この森に迷い込んで、もう何日もさまよったが、数日前に食料も水も底をついた。テッドの頭の中にはふと死がよぎるばかりだった。
そのときかすんだ視界に、ふと小さな白いものが横ぎった。はっと目が覚め、よく見ると、茶色と黒の枯れた枝枝の間に、白い子猫が行儀よく座ってこちらを見下ろしていた。
「こんな森の中に、猫……?」
呆けた頭でも不自然に思い、テッドは子猫を見上げた。子猫はテッドの気を引いたことに気づいた様子で、しかし逃げる様子はなく、導くように後ろを振り返りながら木立の間を進みだした。テッドは操られるように子猫の後を追った。やがて、枯れ枝を砕く足音が、湿った草木を踏みしめるシャクシャクとした音に変わったことに気づき、辺りを見渡した。
そこには死んだ植物などひとつもない、青々と草木が生い茂る森の景色があった。花は咲き乱れ、あちこちに木漏れ日が舞い、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。日差しは温かくテッドに触れ、空気は湿って甘い香りがした。
水の音がして、振り返ると川があった。今ここを通ってきたのに、川に気づかなかったはずはない。不審に思ったが、のどの渇きにあらがうことはできなかった。手で少し水を救おうと川に手を入れると、その透明度に驚いた。少し口に含むと、甘い水が口の中に満ちた。テッドは夢中になって水を飲み、ひと息ついて、再び前を見た。
ここは天国なのかもしれない、と思った。あの子猫は自分を導いてくれたのだ。そう思って子猫の姿を探すと、子猫は大きな石像の前に座っていた。石像には蔦が絡まり、白い石肌は朽ちて苔が生していた。人型をしており、よく見ると、女神を模したような布を纏った女性が胸のあたりで腕を交叉していて、その身を自身の大きな翼で包んでいるような彫刻がされていた。
思わず手で触れると、日に当たっていた白い石肌は温かく、心地良かった。しばらく眺めていると、その石像の側面に、縦に一本切れ目が入っていることに気が付いた。まるで中に何かが入っているかのようだ。
「まさか…棺桶……か?」
そう思うと気が引けて、テッドは手を引いた。そのテッドを促すように、足元にいた子猫が、石像の切れ目を熱心に爪でひっかき始めた。
「なんだよ、中が気になるのか?」
テッドはもう一度石像を見る。確かに棺桶だとしても、金目のものが入っているかもしれない……というよこしまな考えが浮かぶ。棺桶に入っている物を売って金にするなど良心が痛むが、餓えた今は神様のおぼしめしに違いないという考えすら浮かぶ。
テッドは意を決して、石像を覆っている蔦を引きはがし、石像のふたを抱え込んで思い切り引っ張った。
少し手ごたえがあって、あわてて横に避けると、ふたはゆっくりと前に傾き、勢いよく地面に倒れた。同時にテッドは悲鳴をあげそうになった。石像の中には、目を閉じた少女が入っていたのだった。
少女は真っ白な肌を、石像のふたに刻まれていた彫刻のように白い布で覆い、硬く目を閉ざしていた。ふいに支えるものがなくなったからか、少女の膝が折れ、糸が切れた操り人形のように、少女が石像の中から倒れこんできた。テッドは咄嗟に少女を抱きとめた。自分の金の髪よりもずっと透き通ったプラチナブロンドの髪が目の前できらきらと輝いている。嗅いだことの無い甘い香りが鼻をかすめた。柔らかな重みが重ねた旅装越しに伝わってくる。テッドは少女をゆっくりと地面に横たえた。
少女の口元に手をかざすと、かすかに空気が動くのを感じた。眠っているのか死んでいるのかわからないほど、静かな吐息だった。どうしたものかと辺りを見渡すと、いつのまにか子猫の姿は消えていた。
辺りに魔物の気配も感じず、小鳥やウサギなど小動物がのどかに戯れているところをみると、ここは安全な場所らしい。テッドはここで腹ごしらえと休憩をすることに決めて、近くの木の根元に荷物を下ろすと、落ち枝を拾ってきてまとめておいた。それから、荷物の中から乾いた布を取り出すと、何枚かにちぎり、そのうちの一枚を川の水で濡らして、少女の額にのせた。
少女が目覚める気配はない。あの石像の苔むした様子や衣のように覆う蔦を見ると、少なくとも10年以上はここに放置されているようだが、この少女の頬はバラ色に色づき、プラチナブロンドの髪もいきいきと輝いている。どう見てもミイラではなさそうだ。
謎が多いが、その謎を解き明かす気はなかった。自分は他人と関わるつもりはないし、この少女にも何か大きな理由があるに違いなかったが、自分と同じように、人には明かせない理由だろうと思った。とにかく目が覚めるまでは様子を見てやるつもりだが、それ以上関わるつもりはない。こんな森の中に気絶している少女一人を置き去りにできないという人並みの良心に従ったまでだ。
テッドは少女から少し離れたところに腰を下ろし、矢と短刀の手入れを始めた。ウサギか鳥、いやなんでもいい。動物を狩ってきて腹を満たさなくては。
幸い、この辺りには小動物はもちろん、食べられる植物もたくさん実っていそうだった。テッドは短刀を研ぎながら、小さく安どのため息をついた。
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