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薄白い朝もやとまあるいおまんじゅうから立ち上る真っ白い湯気が混ざり合う様をぼんやりと眺める。
まだ日も登りきらぬうちから、この饅頭屋は店を開ける。私は眠気を振り払って、まだ人通りのまばらな大通りに視線を移した。青い朝焼けに照らされた大通りのゆるやかな坂を、いつもどおりあの人が港の方から上ってくる。手にはいつも通り紙袋を抱えている。あの人は毎朝、領主の家や騎士団の館のおつかいをしているのだ。赤い鉢巻を揺らして坂を上っていくあの人が、ちらりとこちらを見た。私は咄嗟に目をそらしてしまった。手元の鍋を意味もなくいじくり、またそっと大通りの様子を窺った。あの人はまだこっちを見ていた。ぺこり、と小さく会釈をした。条件反射で私も返した。毎朝のことなのに、私はいつも緊張してしまって、一度視線を逸らしてしまう。
あの人はそのまま坂を上っていき、やがてその背中は見えなくなった。私はおまんじゅうの仕込みの続きに戻る。煮詰まった餡を冷ましていると、配達に出ていた父が戻ってきた。
「餡はできたかね。」
「ええ。もうちょっと冷めたら詰めるわ。」
「じゃあ、手伝おうかね。」
父はそう言って、私の隣にやってきて、腕まくりをして桶の水で手を洗い始めた。私は調理台に餡と饅頭の生地を用意し、自分も手を洗ってよく水気をふいた。
二人で向かい合って餡を詰めていると、父が私の手元を見て嬉しそうにしながら「もうすっかり一人前の手つきだ。」と呟いた。私も嬉しくなって、「じゃあ、いつでもこのお店を継げるかしら。」と言った。父は笑いながら、「いやあ、まだまだ俺には及ばん。」とおどけて言った。
餡を詰め終わって饅頭を蒸し始めた頃、店先で開店の準備をしていた母が調理場にやってきた。
「リディ。そろそろ、お店に立ってくれる?」
「はーい。」
藍色のエプロンについた粉を払いながら店頭に立ち、おまんじゅうを並べていると、暖簾に提げている古い鈴がカランと乾いた音を立てた。
「もうあいてますか?」
私が見るのと、あの人がそう言ったのは同時だった。
「あっ……。」
私は情けなくもそう声を漏らし、すぐに俯いた。
「は…はい……。どうぞ……。」
そう呟いてから、元気よくいらっしゃいませと言えない自分を恥じた。あの人は静かに店内に入ってきて、まっすぐに私の前まで歩いてきた。
「さくらまんじゅう、1つください。」
「はっ、はい、さくらまんじゅう…おひとつですね。」
小さな声で繰り返しながら、包装用の和紙に、竹箸で器用につかんだ饅頭を置き、丁寧に包んだ。
「はい、80ポッチになります…。」
そう言うと、その人はポケットからお金をだし、差し出してきた。私が手を出すと、その上にきっかり80ポッチが乗せられた。
「はい、ちょうど…。」
お金を確認して、まんじゅうを差し出すと、その人は手を伸ばしてそれを受け取った。その時、指先がふれて、私は思わず手を放してしまった。同時に、その人も手を引くのが見えた。おまんじゅうはカウンターの上にポトリと落ちた。
「あっ……申し訳ありません!包みなおします……。」
「いえ、あの、大丈夫ですから」
その人は私を見ずに、カウンターの上に落ちたおまんじゅうを取り、足早に店を出て行ってしまった。
手を、引いた――。
私は嫌われているのだろうか。ものすごいショックを受けている自分に驚いた。胸の中がもやもやして苦しい。泣いてしまいそうだ。
「リディ?」
優しい声がして、振り向くと、調理場の方から母が顔を出していた。
「いつもの子、もう来たかい?」
その一言で、母が私の気持ちに気づいているんだと知り、同時に悲しくなった。
「私……あの……。」
「ん?」
「さ……さくら、塩漬けしなくちゃ!」
母の脇をすり抜けて、調理場に入った。母は不思議そうに私を見ていたが、やがて店内に入って行った。
指先が熱い。でも、胸の中はもっと熱い。悲しさと、どうしようもないせつなさがこみあげてくる。嫌われていた。じゃなきゃ、あんなふうに手を引くわけがない。
どうしよう。どうして。
目が熱くなって、私はぎゅっとこぼれそうになる熱をこらえた。
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