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すっかり日が暮れて、風が冷えてきたころ、お店を閉めて、店の裏手にある家に帰り、夕食を作り始める。もうずっと続けてきた生活。こんな穏やかな日が、いつまでも続けばいいのに、と毎日思う。
野菜を盛り付け、焼いたパンを切ってのせ、パンに塗るバターを用意し、スープをついでテーブルに3人分並べると、窓辺に座っていた父が食卓にやってきた。
「リディ。ちょっと座りなさい。」
「え?なあに?」
搾った果汁を3人分のコップに注いでいた手を止めて、私も食卓に着いた。母もかしこまった様子で椅子に座った。
「リディ。誕生日おめでとう。」
「今日で16歳ね。」
父と母はそう微笑むと、テーブルの下から小さな包み紙を取り出した。
「え…!?いいの…!?」
目を丸くして言う私に、2人はうんうんと頷く。
「ありがとう……お父さん、お母さん。」
包み紙を受け取ると、母がさっそく開けてみてと急かした。開けると、淡いピンク色の石が付いた髪留めが出てきた。
「可愛い……。ありがとう!」
自然にほころんだ顔で言うと、2人は安堵したように顔を見合わせて笑った。

翌朝、いつも通りの時間にお店を開けたけれど、あの人は来なかった。ショックを受けながらも、今までも数日間ぱったりこなくなることはよくあったので、気にするなと自分に言い聞かせた。あの人は海上騎士見習い。哨戒訓練で数日島を離れるのはよくあることだった。
昨日両親からもらった髪留めで、今日は珍しくポニーテールにして、新鮮な気持ちでお店に立った。でも、あの人は来ない……。
なんとなく気分が沈んで、浮かない気持ちのままお店の窓を拭いていると、カランと古びた鈴が音を立てて、私は反射的にお店の入り口を見た。
「リディ!」
明るい声で、何となくそわそわした様子で言い、入ってきたのは、海上騎士団員の茶色い鎧を着た青年だった。週に何度か贔屓にしてくれる青年で、トムといった。来るたびに口説かれていたので、私もよく知る青年だった。
一瞬あの人だと期待した気持ちがまた沈んで、けれど顔に出さないように微笑みを作った。
「トム。いらっしゃいませ。」
「うん、リディ、あのさ……」
「いつもの?」
「ああ、うん。いつもの…。それと、あのさ、話が……。」
さりげなく注文を取って、蓬饅頭3つと白餡饅頭2つを包む。
「なあに?あ、これ、蟹饅頭。新作なの。1つどう?」
「あ、うん、もらうよ。それで、あの……。」
「ありがとうございます。えーっと、合計で590ポッチね。」
「ああ、うん……。」
「はい、ちょうど。いつもありがとう。」
おまんじゅうを詰めた紙袋を渡すと、トムはそれをひったくって脇に置き、無防備になった私の手をつかんだ。
「リディ!話があるんだ!」
「どうしたの、落ち着いて。」
「あっ……ご、ごめん!」
トムは慌てて私の両手を放した。顔が赤くなっている。こういうところが可愛くて、ついからかってしまう。
「あのさ……今度の火入れの儀式、一緒に行かないか?」
「え?でも、騎士様は忙しいんじゃないの?」
「だ、大丈夫!警備の当番は代わってもらったんだ。り、リディと、お祭りに行きたかったから……。」
「……。」
トムのことは嫌いじゃない。でも、気が進まなかった。こういうとき、頭の中に浮かぶのはあの人の顔。まだお互いに自己紹介もしたこともない、目も合わせられない彼の顔だった。
「私……行かないわ。」
トムは一瞬息をのんだ。
「……リディ。」
いつもならここで、そうかわかったまた来るよと、トムは微笑んで帰っていくのだった。でも今日は違った。トムは真剣な顔で、まだカウンターの前に立っていた。
「俺、今度……本国の勤務になるんだ。」
「ええ?すごい、大出世ね!おめでとう。」
「…だから、もうすぐ君と会えなくなる。」
「トム……。」
トムの言いたいことはわかった。でも、私はトムの言葉をじっと待った。
「リディ。…俺と一緒に来てくれないか。」
「それって……。」
「……急に、ごめん。本当は、祭りのときに言おうと思ったんだ。」
静かな店内。ぬるい湯気が頬を撫でていく。
「……いつ…本国へ行くの?」
「……3日後…、火入れの儀式の、翌朝だ。」
「そう……。」
私は蒸し器の中からさくらまんじゅうをひとつとり、和紙に包んでトムに差し出した。
「見送りに行くわ。……応援してる。」
トムは落胆したような、悲しそうな顔になって、まんじゅうを受け取った。
「…ありがとう。でも、見送りは……いい。……決心が揺らぐ。」
「……そう、わかったわ。」
それなら、もうトムには会えない。トムのことは決して嫌いではなかった。彼が来店すると、胸がほのかに温まるような穏やかさを感じていた。それはきっと、愛情に近いものだった。
トムは視線を逸らして、店の入り口に歩いて行って、少しかがみこんでから私を振り返った。
「ちょっと、こっちに来てくれ」
「……なあに?」
棚の下のあたりを指さしながら手招きするトムの方へ、カウンターを出て向かうと、トムは急に身を起こして私に向き直り、腕を引いた。私はトムに抱きすくめられた。ぎゅう、と肩を包むトムの腕に力が入る。名残惜しい。そう言われている気がした。
私が抵抗せずに抱きしめられていると、ふっとトムの腕が緩んだ。ゆっくり離れると、少し顔を赤くしたトムが照れたように笑った。
「ちょっとずるかったな。でも、最後だから、許してくれよな」
そうはにかんで、トムはカウンターの上に置きっぱなしだった紙袋をもって、店の扉に手をかけた。
「……じゃあ。」
「……ええ。ありがとう、トム。」
さよならを言おうとしたけれど、唇はそう動かなかった。トムも、ためらうように口を開いて、閉じた。それから少し口角を上げて、店を出て行った。
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