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大広間のような丸い部屋の中に、男が4人、女が4人、計8人の人間がいた。部屋は全方位アーチ状の装飾で飾られた壁で閉ざされていて、入り口らしきものはない。床は鮮やかな色彩の石で豪華な模様が描かれていて、こちらも出入り口は見当たらない。
しばらく沈黙が流れる中、男女はお互いの顔を窺っていたが、やがて、眼鏡をかけた生真面目そうな細身の男が口を開いた。
「あの、ここがどこだかわかる方、いらっしゃいませんか?」
男の低い声が響いてからしばらくして、髪をゆるくカールさせた黒目がちの女がためらいながら口を開いた。
「あたしも、わかんないです……。」
「俺も。さっき気づいたら、ここにいた。」
すかさず、女のそばにいた冴えない茶髪の男も同意した。
「……他の方々も、みんな、同じですか?」
眼鏡の男は他の面々を見渡しながら言った。
各々ほんの少し頷いたりして、沈黙が流れた。それは肯定を表していた。
「……とりあえず、軽く自己紹介しませんか?」
そう言って、眼鏡の男は、「名前だけでも」と付け足した。無言の空気が、お互いがお互いを疑い合って張りつめたように感じたからかもしれない。
「じゃあ、自分から。ええと、木嶋ヒロと申します。26です。院生です。」
ぺこり、と小さく会釈をして、木嶋の自己紹介は終わった。
「……次は私、かな?」
たまたま木嶋の隣に立っていたショートヘアの男勝りな女が面々を見渡しながら言った。
「私は相田エリ。24。陸上やってます。以上。」
見た目通りさっぱりとした自己紹介を終え、相田は口を閉じた。続いて相田の隣にいた、先ほども発言した黒目がちの女が口を開いた。
「あたしは、藤川ミサコです。20です。看護の専門学校行ってます。」
藤川が隣の冴えない男に視線を送って、男が口を開いた。
「俺は、田村アキトです。23歳、大学生です。よろしくお願いします。」
ひとつ間をおいて、少し離れたところにいた、おとなしそうな女が口を開いた。
「橘カレンです。22です。OLです。」
その隣にいた、小麦色に日焼けした寡黙そうな男も続いた。
「東条カイです。23。サラリーマンです。」
東条をちらりと見上げてから、厚化粧の女が口を開いた。
「新野アイナでぇす。18歳でぇす。キャバやってまーす。」
この場に不釣り合いな明るい声が響いた後、隣にいた個性的なファッションの男も明るい調子で続いた。
「小野田コウヘイです!歳は20です!服飾の専門行ってますっ!将来はデザイナー目指してます!」
「はあ、じゃあ、全員終わりましたね。」
最初に戻って、木嶋が全員を見渡しながら言った。はーい、と新野が答えた以外、沈黙が下りた。
「……まあ、追々覚えていきましょう。」
まばらな相槌が打たれる。
「えーと、じゃあ、仕切るようで忍びありませんが、一応僕が年長者という事で、とりあえず提案させていただきますけど、まずは、この部屋を手分けして調べませんか?僕らが誘拐されたのか、監禁されてるのか、これが夢なのか現実なのか……わからないことが多すぎます。」
「賛成です!」
小野田が声を上げ、他の面々も頷いた。
「じゃ、とりあえずそういうことで。えーと、ひとまず解散。」
その曖昧な言葉を合図に、8名は方々へ散らばった。
橘はとりあえず室内を見渡した。天井と壁の間にくぼみが作られていて、そこから光が漏れている。よく公共施設などでも見かける、電灯を隠すタイプのデザインらしい。ただし天井はドーム型になっていて、光を十分に受け止め、室内自体は煌々と明るい。
壁に規則的に計4つ並んでいるアーチ状の装飾は、遠目に見ると扉があるように見えたが、近づいてみると開き手のようなものはなく、押してもびくともしなかった。しかし叩いてみると、アーチ状の装飾の外側より、内側の方が、かすかに軽い音が響いた気がした。
床は至って不自然な点はない。色とりどりの大理石で、青を基調とした紋様が作られている、美しい床だ。ぴかぴかに磨き上げられていて、覗き込めば床に映った自分の顔がはっきりと見えそうなほどだ。
やはりひとつ怪しいと言えるとしたら、壁のアーチ状の装飾くらいだ。橘がよくよく目を凝らして観察していると、急に背後から声がかかった。
「やっぱりそこ、怪しいですよね。」
振り返ると、あの冴えない男が立っていた。たしか、一つ年上で、大学生の……と、橘は考えたが、どうしても名前が出てこなかった。
「すみません、お名前は……。」
「あっ、へへ、田村アキトです。いや、一気に自己紹介したから、覚えきれないですよね。」
「すみません……。」
いいんです、と田村は首を横に振ってから、壁に手で触れた。
「俺もここ、怪しいと思ってたんすよ。一緒に調べませんか?」
変なことを聞く人だと思った。こんなわけのわからない状況で、一緒に調べませんか?だなんて悠長なことをわざわざ。ただそれをいちいち指摘するのも気が咎めて、橘はあまり気が進まないところ、いいですけど、と頷いた。
「ここ、やっぱ隠し通路なんじゃないかなあ。」
田村は壁を叩きながら言って、押してみたり、上に持ち上げようとしてみたり、色々試していた。しかし田村が試していることは、すべて先ほど橘も試したことだったので、橘は黙って見ていた。
「橘さんと、田村さん、でしたか。ちょっとそこ、いいですか。」
また声がかかって、振り返ると、東条と、その後ろにぴったりとくっつくように藤川が立「あ……東条さんと、藤川さん?」
橘が言うと、田村がちらりと登場を睨み、装飾の前から退いた。東条は壁に近寄り、装飾を確認すると、「やっぱり……。」と呟いた。
「どうしたんですか?」
橘が尋ねる。
「ここ、見てください。」
東条が指差したところを見ると、装飾の中央に一点、直径2センチほどの黒く塗りつぶされた円があった。そこだけ材質がつるつるしていて、プラスチックかガラスのようだ。
「何か、センサーみたいなものなんだと思う」
と、東条は言った。
「東条さんさすがですよねぇ。こんなのに気づくなんて。」
藤川が甘えた声で言った。
「でも、何を感知する物なのか……。」
東条がそう言いかけた時、橘が遠慮がちに「あの」と口を開いた。
「この床なんですけど。」
橘がそう言うと、東条、藤川、田村は皆1歩下がって輪になるように間を開けた。
「この模様、よく見ると、足跡の形じゃないですか?」
橘の声は自信がないようだったが、他の3人は納得を得た。橘の言う通りで、模様にうまく溶け込んではいるが、ちょうどアーチ状の装飾の前に、人が二人並んで立っているような足の形が作られている。
「他の壁の前も見てみよう。」
東条がそう言って、3人も同意した。
結果、装飾の前だけに、同じ模様があることが分かった。ほかの4人も呼んで、その事を話すと、早速相談が始まった。
「つまり、2人一組になってアーチの前に立つと、センサーが感知して、隠し通路が現れるかもしれないと……。」
木嶋が言うと、小野田が目を輝かせて身を乗り出した。
「うおー!なにそれすげえ!アトラクションみたいっすね!面白そう!」
「それはそうと、2人組はどうやって決めるの〜?」
新野が気だるげに言った。
「男女で別れて、1〜4で番号を話し合って決めて、同じ番号同士で組もう。何があるかわからないし、女性だけだと危険かもしれない。」
木嶋がそう言って、早速番号を決めた。
そして、木嶋と相田のペア、田村と橘のペア、東条と藤川のペア、小野田と新野のペアができた。木嶋は皆を見回した。
「よし、じゃあ、模様の上に立ってみよう。」
「やだ〜、ちょっとこわーい。」
新野が楽しげに言いながら、小野田と呑気に並んで立った。他の3組もそれぞれ足跡の模様の上に立った。
ピー、とモスキート音のような音がして、目の前の壁からゴゴンと低い金属音が響いた。そして、ゆっくりと壁が下へ下がって行った。
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