『昔の話』

海に打ち上げられていたユノンを神父が見つけて助ける。
意識を取り戻して暫くは「ねえさんが」「海に行かなきゃ」と何度もうわ言のように呟いて教会から逃げようとするんだけど、同時に研究者に飲まされた異物が徐々に体を蝕んで死にかけ寸前
神父さんはそれを止めようと自分の魔力の抗体をユノンに入れる(お目目交換)。
それからユノンの姉の姿はなかったこと、信じていれば出会えるかもしれない、けど今をよく受け止めることを伝える。それからユノンは落ち着いたけど、放心とした状態が続く。
神父が「仕事にいくからついておいで」と言う。
今まで部屋で寝たきりだったユノンを外に連れ出してあげようと神父が考えた事だった。実際神父の仕事ぶりをみたことはなく、興味もあったのでついていくことに。
この日は外回りが主だったらしい。墓地の巡礼と儀式に使う道具の禊、各地の結界の状態を見て回った。
教会で人の嘆き悲しみを聴くだけが仕事ではないんだな、とユノンは思った。
が、「別に、夜中じゃなくてもいいだろうに」

それからユノンは常に神父の隣に立ち、時に手伝ったりと日々を過ごす。
少しずつ、傷は癒えていった。
教会に来て一年経つ頃には、ユノンは昼間の仕事(といっても外の掃除やお守り、薬草を届ける)を任されるように。そんなある日、教会に一匹の犬(…?)が現れる。犬は何かを訴えるように吠え、慌ててユノンは神父を呼んだ。
「おや、珍しい客人だ。…どこかにつれて行きたいそうだよ」
神父の言う通り犬は歩き出した。二人が後についていくと、こじんまりとした庭園に白いレンガ造りの家が見え始める。庭の手入れはあまりされてないようだった。
犬は家の前まで行き、半開きの扉のじっとその先を見つめる。神父は「私が先に入るから、外で待ってなさい」と言って扉の中へ行った。
先ほどから嫌な予感がびしばししていたユノンは恐る恐る犬の方を見る。瞬間、目が合った。
吃驚したユノンは扉に手が触れてしまう。しまった、とそちらに視線を動かしてから、あ、と声が漏れる。
人が倒れていた。それも、頭の周りに血が広がって。
「ユノン!」
神父は慌ててユノンの視線を遮った
「いま、の」
「大丈夫、まだ息はある」
「…」
「急いで医者を呼ばないと。ユノン、できるね」
ぎこちなく頷いたユノンは、近くの診療所へと走り出す。
***
倒れていた人を運び出してから、諸々の事情を聴かれた二人は「偶然発見した」と証言した。特に怪しまれることもなく解放された二人は教会へ帰る。

「…なんか居るんだけど」
「居るね」

見ると、あの犬が教会の前にじっと座っていた。

「新しい家族を迎え入れようか」
「嘘でしょ…」
「君の部屋は、ここだよ」神父はユノンの隣の部屋に犬を入れるようだった。「外でもいいんじゃないの」「外じゃあ寒くて可哀想だろう」…犬なのに?と疑問に思いつつも、神父のする事に口出しはできないのでその日は素直に自室で寝た。
次の日。神父が「ご飯をあの子に届けてあげなさい」と
朝食が乗ったプレートを渡される。…犬なのに?
渋々あの犬の部屋へ行くと、中は真っ暗だった。カーテンなんか閉めたっけ、と手探りで窓を開けると、部屋と外との明暗差に一瞬目を瞑る。さて飯だぞ、と犬がいるであろう方へ振り替えると、
「…は?」
ベッドには同い年くらいの男の子が横たわっていた
「恐らくあの子はウールヴヘジンの血を引く子だろうね。狼の皮、かつて人間の守護のシンボルとして狼が使われていたけど、彼らはそれ相応の地位を与えられていた。…数百年前までは、の話だけれど。昨日のあの姿こそ、彼らの能力だよ」
…犬じゃなかったんだ。
って、そんなのどうでもいい
「なんで教えてくれなかったの…」
「ごめんね。ややこしくなるだろうと思って」

夜には“三人”で卓を囲んだ。神父が食前の祈りを唱えてから夕食を頂く。
「君の名前はなんと言うんだい」
一瞬、あの子が肩を震わせたように見えた
「…アル」
「アルか。私はこの教会の神父をしている。隣のこの子は」
口に含んだシチューを急いでのみ込む。
「僕はユノン。この人に拾われて、ここに住まわせてもらってる」
よろしくね、と愛想よく言ってみせたが無反応。
感じ悪い。
「さ、アルも遠慮せずに食べなさい。安心してここにいるといい」
この人は優しいな、とユノンが三口めのシチューを頂こうとすると、
「…っ」
ぼたぼたと目の前の人物が涙を流す。あまりに突然のことで唖然としてしまった。神父が席を立ち、椅子の横からアルをぎゅっと抱きしめる
「よし、よし、気のすむまで泣きなさい。ここには君を脅かすものはいないから」
そういって頭を撫でるその眼差しが、ユノンは少しだけ羨ましく感じた。
それから大声を上げて泣くアルと、「大丈夫、大丈夫」と抱きしめ続ける神父を置いて、ユノンは静かに部屋に戻った。
(…僕、姉さんが居なくなっても泣かなかったな)
教会につれてこられた日を思い出す。あの時は気が動転してて、とにかく姉さんを探そうと必死だった。
それに、泣けなかった。
それを許せば、本当に姉さんがいなくなったのだと思ってしまうんじゃないかって。今はもう落ち着いているけど、それでもまだ、姉さんを諦めたくはない。

隣から扉の音がした。神父がアルを運んだのだろう。自分ももう寝てしまおうかとベッドに入ると、今度は自分の部屋の扉が開いた。
ユノン、と神父はベッドに腰掛ける。布団をかぶりながら、思わず壁の方に身を寄せた。
「大丈夫かい」
僕が?どうして。
「君は、今までずっと頑張ってきた」
「なんの文句も言わず、私の元で働いてくれたね」
そういいながら、神父は僕の頭を撫でる。
「ユノンも、私の前では我慢しなくていいよ」
…やめてほしい。そう思うのに、視界が滲んてくる。

「…こっち、見ないで」
「見てない、見てない」
「…っ、なにも、きかないで」
「聞こえてないさ」

いつの間にか、自分を撫でる手を掴んでいた。それを神父が握り返す。
「涙は恥でも、後悔でもない。感情と身体が生きている証拠だ」
「流した分だけ、強くなりなさい」
神父は僕が眠りにつくまでずっとそばにいてくれた。意識が沈む間際、ふと、この人が涙する事はあるんだろうか、と。そんなことを考えていた。
***
「ナ ン デ !」
アルが来てから教会は賑やかになった、と神父はいうものの、口数の少ない者同士が集まっても何も賑やかじゃない。むしろアルは事あるごとに泣く、特に僕が話題を探そうと話を振るたびに彼の地雷を踏んでしまっているらしい。
いくら生きてる証とはいっても、これは泣きすぎでは?
「歳はいくつ?…15か〜、僕の一つ下だね。それじゃあ僕が“お兄さん”ってこと…え、まって、僕何か言った?」
「僕には“姉さん”が居たんだけど、今は離れ離れになっててさ。“両親”もいたんだけど、小さいときに“死ん”じゃって…ごめん、これは僕が悪かった」

「うわ…ねえアル、これ食べない?」
ユノン、と神父が冷ややかな目でこちらを見る。ごめんなさい、だって人参嫌いなんだもの。アルはぐす、となりながら「…自分で食べろ」と言った。なんだお前、元気じゃん。

次第にアルも落ち着いてきたらしい。すぐに泣いたりしなくなったし、僕も僕で口が回るようになった。これが良い結果なのかは
さておき、アルもぽつりぽつりと自分の事を話すようになった。
「…昔は、父さんと母さんと、兄ちゃんの四人で暮らしてた」
「…父さんが家を出てから、母さんは可笑しくなった。…兄ちゃんだけを無視するようになったんだ」
「…俺だけがご飯を食べれて、俺だけが部屋を用意されて」
「それでも、俺は兄ちゃんにご飯を分けたし、一緒のベッドに入って寝た」
「…でもあの日、見ちゃったんだ。母さんが、兄ちゃんを…」
「家を出ようって、兄ちゃんに言った。でも兄ちゃんは頷いてくれなかった。それを聞いた母さんは、今度は俺に手をかけた」
「なんで、どうしてって、必死にもがいたけどだんだん苦しくなって、死ぬって思った。そしたら、母さんがいきなり倒れてきた。目の前には、割れたコップを持った兄ちゃんが立ってて、それで――」
何も言葉が出てこなかった。
自分には両親の記憶がほとんどない。けれど、その愛を十分に受けて
育てられたと思う。なのに、家族でもこんなに違うなんて。
「…お兄さんは?」
「わからない、あの後すぐ外に出ていった。…俺はしばらく動けなかった」
アルはお兄さんに会いたい?と聞くと、暫く間が開いてから「うん」と返ってきた。
「それなら僕と一緒だ」
「え?」
「僕も姉さんに会いたい」
アルが僕の方を見る。…そんなじっと見られると少し恥ずかしい。
こほん、と咳払いを一つ。
「あのさ、よければ一緒に探そうよ」
「…はあ?」
「お互いのさ、大切な人を見つけたら直ぐに知らせるの」
「いや、お前俺の兄ちゃん知らないだろ」
「兄弟なんでしょ?分かるよ。…多分」
多分って…、呆れながらアルは言ったが、表情はどこか楽しげだった。
「二人で探した方がきっと早い」
「…まあ、そうかもな」
それじゃあ、約束。
子供みたいな指切りを交わして、二人は笑った。
***
その日は雨だった。神父が珍しく外に出ようとするので、要件を聞くと「迎えに行ってくる」とだけ言い残された。
…一体誰を?アルが出てるんだろうか。だが神父と入れ違いにアルは戻ってきてしまう。
「どこ行ったんだろ」
「さあ」
アルは部屋に戻ってしまったけど、僕は落ち着かずに身廊を行き来した
神父が帰ってくるのにそう時間はかからなかった。
それでも僕はうたた寝していたのだけど。
扉の開く音で反射的に顔を上げる。
「おかえりなさ…?」
神父の後ろに、誰かいるような。
「ただいま。なかなかやまないものだね」
神父は雨に濡れた上着を脱いで、暖炉の前の椅子に掛ける。
ちら、と後ろにいた人を見る。
[V:8212][V:8212]思わず、息を呑んだ。

「[V:8212][V:8212]初めまして」

…その人は、人形のように美しい女の子だった。