第一印象、“最低”

 
 
 ニコニコ笑顔の2人に挟まれ顔を俯かせるわたしと、向かい側に座り不貞腐れた様子の男の子。褐色の肌に蒼色の瞳、キラキラのミルクティーヘア。かの100億の男、降谷零様である。


「レイ、この前話した養子縁組をして引き取ってきた雫ちゃんよ。アナタの双子の妹になるわ」
「ふ、降谷、雫、です…」
「…………」
「零、挨拶ぐらいしなさい」
「………………降谷、零」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で名乗られた名前。やっぱり本物か〜、よりにもよって養子縁組先の夫婦の息子が、20年後バーボンとして主人公である眼鏡の坊やと対峙する主要人物か〜、と頭を抱えそうになるのを必死に堪える。
わたしの寿命どのぐらい縮まったんだろ?まだ死にたくないなぁ、なんて思いながら恐る恐る顔を上げるとバチリと目が合い睨まれた。何も睨まなくていいじゃないか。


「…というか。養子縁組を組むって話は聞いてたけど、女で、しかもボクと同い年の双子の妹なんて聞いてないけど?」
「アラ?言わなかったかしら?」
「言った気がするんだがなぁ?」
「聞いてない!」


 バンッと机を叩いて立ち上がった零に思わずビクリと肩を揺らすと、少しバツの悪そうな顔でそっぽを向かれてしまった。今のは君が悪い、流石に驚いたからな。

 まあまあとその場を宥めようとする義父、柊音を他所目に小さく舌打ちをしてリビングから出ていこうとする零。ドアノブに手をかけ扉を開いたところで思い出した様に振り向き、鋭い目付きでわたしを睨み付け「先に言っておくけど、」と話し出した。


「必要最低限、ボクとは関わったり話しかけたりするな。兄妹だってことも無闇矢鱈に話すな。分かったか」
「は……?」
「ボクはお前のこと、家族だなんて認めてないから」
「ちょっと、レイ!何て事言うの!」


 バタンッと大きな音を立て出て行った彼に変わり、柊音さんとクレアさんが申し訳なさそうに謝ってくる。気にしてませんから、と笑って見せれば悲しそうな顔で微笑み頭を撫でてくれるクレアさん。こんなに素敵な2人の間に産まれたのに、どうも性格はねじ曲がっている様だ。わたしが前世で見ていた頃の降谷零とは随分違っている。とりあえず今の彼に言えることは──


「第一印象、“最低”。だな…」



***



 降谷家と家族になってはや数ヶ月。言われた通り、必要最低限彼とは関わりを持たないで過ごす日々が続いていた。最初こそは、挨拶をしてみたりと軽いコミュニケーションを取ろうと頑張ってはみたものの、尽く無視を決め込まれるので早々にリタイア。その代わりと言っては何だが、幼少期の降谷零という男を観察してみる事にした。そして気付いたのだ。出会った当初に比べ彼がやけに毎日怪我をして帰ってくることに。


「(そういえば、ハーフなのを原因に虐められてるんだっけ…)」


 幸い、わたしは兄妹である事を無闇矢鱈に話すなという零の要望を尊重し、降谷姓では無く元の神崎姓で学校に通っている為いじめに遭う事も無く、至って平凡な日々を送っている。


「てことは、エレーナ先生にはもう出会ってるのか…」


 確か、エレーナが初恋で彼女に会いたいが為にワザと怪我をして手当てをしてもらいに行ってたんだっけ。可愛らしいところもあるもんだ。クスリと零れた笑みを隠し窓の外を見ると、コソコソと自転車を持ってどこかへ行く零の姿。もしや!と思い急いでベッドから起き上がって靴を履きその後ろ姿を追い掛けると、公園に2つの影。


「あんな顔するんだ…」


 家では見ることの無い零の笑顔。余っ程エレーナのことが好きで信頼しているんだなと、思わずこちらまで笑顔になる。あんなに可愛い顔ができるなら、家でももっと笑えばいいのにと自転車が乗れる様になった事を嬉しそうに笑い合う2人を見ていると、突然こちらを振り向いたエレーナと目が合って思わず隠れてしまう。隠れる必要ないのでは?と思ったが、ボクに関わるなと言われた手前さすがに気まずすぎる。このまま帰ってしまおうと、家への道のりを歩き始めた途端腕を引かれ足が止まった。


「覗き見なんて、随分な悪趣味ね。Kitty仔猫ちゃん」


 “ 地獄に堕ちた天使ヘル・エンジェル”ではなく、“ 悪役ヴィランズ”と呼ぶに相応しい程の妖艶な笑みを浮かべ腕を掴むエレーナの後ろで、鬼の様な形相をしている零。

 前言撤回。やっぱり彼は可愛くなんかない。