スパークル


麦わら海賊団の子がハートの海賊団の船長に片想いする話。





1度目に目が合ったのは、人間オークションの時。
何かに囚われたような、落ちていくような、不思議な感覚だった。恋に落ちる音があるなら、この時大音量で鳴り響いていただろう。

惚けて動けなくなっていた私の腕を、ウソップが引っ張ってくれて海軍から逃げた。



2度目に目が合ったのは、パンクハザード。
2年前と同じ、いやもっと強く衝撃が走った。目つきの悪いグレーの瞳に捕らえられた時、浮遊感すら覚えるような、急転直下真っ逆さまに落とされる、そんな心地がした。

トラ男くんの能力で、チョッパーの中にフランキーが入って暴走した結果、元に戻してもらったらチョッパーが動けなくなってしまった。怪我の手当てをチョッパーにお願いしようと思っていたが、諦めた。大したことない怪我だったから我慢できそうだったのに、チョッパーが心配してトラ男くんにお願いしてくれた。

「わりい、おれ今動けないから、ソラの怪我診てくれないか。」

「……わかった。」

「え……このくらい大丈夫!我慢できるよ!!」

「時間がねェ、早くみせろ。」

「は、はい……!」

チョッパーの言葉で、トラ男くんの目が私を捕らえた。また目が合った。恥ずかしかった。動けなくなった。
正直、姿を見た時からずっと胸が高鳴っていた。近づいたら、医者である彼にこの異常な心拍数がバレてしまうのではないかと、怖かった。しかし、遠慮する私に、我が海賊団船医のチョッパーも医者であるトラ男くんも、怪我を放置することは許してくれなかった。

諦めて患部をみせると、手際よく手当てをしてくれた。ドキドキが止まらなくて、自分の鼓動以外聞こえなくなった。全身が心臓になってしまったんじゃないかって思った。止血の時に、思わず痛みで顔を顰めてしまったが、気遣うように「痛ェか?」と声を掛けてくれた。え、そんな優しい顔もできるの。やばい、なにそれ聞いてない。

その後チョッパーが回復して包帯の交換をしてくれた時に、トラ男くんが巻いてくれた包帯をこっそり持ち帰った。この思い出を、宝物にすることができた。




同盟を組んだトラ男くんとは、ドレスローザ、ゾウ、ワノ国と長く行動を共にした。トラ男くんの仲間の人とも随分仲良くなれたと思う。全身刺青で目つきが悪くて言葉遣いも悪い彼だけど、信頼し合った仲間に慕われていて、ルフィと同じあったかい人なんだとわかった。

私の恋心は膨らんでいくばかりで、初めて知る苦しさに戸惑った。この想いの未来は、どこにもなかった。私たちの同盟関係には終わりがあったから。いつか終わりが来る関係なら、何も伝えなくていい。伝えて近くにいられなくなるくらいなら、せめて終わりの時まで彼を見ていたかった。

暇さえあればトラ男くんを探して、視界に捉えていた。仲間と話している時も、傷ついている時も、ルフィと言い争っている時も、色んな姿を見つめていた。沢山の表情を知ることができた。全てがかっこよくて愛おしかった。同じ空間にいられるだけで幸せだった。








とうとうワノ国を出港する事になった。なんでトラ男くんと同じタイミングで出港するの、ルフィのばか。知らないうちに離れ離れになっていた方が楽だったのに、ルフィのばか。なんか船長3人揃って言い争ってるし。

「ルフィのばか〜〜〜!」

「うるせえ!ソラ、お前も出港の準備しろ!」

「う、はい。」

項垂れていると、ウソップに怒られた。木箱を運ぼうとしたら、重いものは持たなくていいと優しいサンジくんが代わってくれた。

もう、これで本当に本当に最後だ。最後にトラ男くんの姿を目に焼き付けておこう。次に会う時は敵なんだから、見つめている暇なんかないだろうな。

「ソラちゃん。そんなにあいつばっか見てたら、嫉妬しちゃうよ。」

「え!?さっ、サンジくん!?何を言ってるの、トラ男くんなんて、み、見てないって!!」

「レディの視線の先までが俺の視界だから、嫌でも目に入るんだよ、あいつが。」

「サンジくん、相変わらず意味わかんない。」

「背中を押すのはクソほど腹立たしいが、ソラちゃんが後悔して悲しんでる姿を見る方が胸糞わるいからね、行ってきな。」

え、と口を開いた瞬間、背中を優しく押された。優しくも力強い掌にぐっと前に押し出され、2歩3歩と前に足が出る。振り返ると、サンジくんが煙草を咥えたままニコッと笑っている。

「なんてこと……」

バレていた、しかも仲間に。サンジくん、こんな状況は絶対に怒りそうなのに、背中を押してくれるってよっぽどじゃん。どんな顔してたんだろ私、恥ずかしすぎる。



せっかく踏み出したのだから、引き返す訳にもいかない。当たって砕けろ、だ。少しだけ、頑張ってみよう。

「あの、トラ男くん。」

「ソラ屋か、なんだ。」

声をかけると、トラ男くんのグレーの瞳に私が映った。この目に捕らえられたのは何回目になるかな。何回見ても、胸がときめいて苦しくなる。


「最後だから、お礼を言いにきたの。」

「礼はいらない。お互い様だ。」

「ううん、同盟のじゃなくて、個人的に。け、怪我の手当てしてくれた事とか、敵から庇ってくれた事とか、たくさん助けてくれた事と、えっと、ハートの海賊団のみなさんも本当に親切にしてくれて、あ、あとルフィってすごく自分勝手だけど、トラ男くんの利益より私たちの気持ちを優先させてくれたり、まだまだいっぱいあるんだけど……ありがとうって伝えたくて。」

感謝を挙げていっていたら、途中から恥ずかしくなってきて、顔が見られないし早口になってしまった。トラ男くん、わかりにくいけど少し驚いた顔をしてる。うん、その表情もかっこいい、やっぱり好きだ。

「……礼はいらないと言った。」

「ううん、勝手に伝えたかっただけだから。えっと、海賊同盟、怖いことも痛いことも沢山あったけど……楽しかったね。」


次に会った時には敵同士、こうやって話す事ができるのもきっとこれで最後。


「……。」

「口が悪くて目つきも怖くて刺青もいっぱいだけど、優しいトラ男くんを知ることができて良かった。」

「……どういう意味だ。」

「あ、あの……その、仲良く、なっちゃったから……これからは敵なんて、寂しいなーって。」

「お前は甘いな、俺たちは海賊だ。同盟は解除、敵同士になるのであれば、今後一切の情はいらない。」

「……っ、そう、だよね。」


トラ男くんが眉間に皺を寄せて、私を見てる。鋭い眼光に、思わず怯んでしまう。一切の情はいらない、だって。この恋情も、トラ男くんにとっては迷惑でしかない。わかっていたのに。喉まで出かかった2文字は、音にせずに飲み込んだ。



最後、なのに。



トラ男くんは難しい顔をしていて、私は言葉を飲み込んだまま自分のつま先を見つめていた。

少しの沈黙の後、トラ男くんが息を吸って話し始める気配を感じて、顔をあげた。また目が合った。ああかっこいい、好き。思わず、ひゅう、と息を吸い込んでしまう。苦しかった。

「……ソラ屋、うちのクルーにならねぇか?」

「え、な、なんで……?」

「麦わら屋じゃなくて、おれに着いてくる気はあるか?」

思いがけない提案だった。お酒飲んでたっけ?酔っ払っているの?クルーの引き抜き?みんなに声をかけているの?同盟の裏切り?
ぐるぐると考えが巡る。なんで、そんなこと言うの。

「わ、私は、ルフィに着いて行くって決めたから、それはできないよ。ルフィのことも、みんなのことも大好きだし、裏切るなんて、」

「いや……やっぱりナシだ。悪い、なかった事にしてくれ。」

私の言葉はトラ男くんに遮られてしまった。トラ男くんは矢継ぎ早に前言撤回していくと、そのまま帽子を深く被り直してしまった。

「トラ男くん、」

「あぁ!!おめェトラ男!!!何度も言ってるがソラはやらねえぞ!!!!」

「わわ、ルフィ!」

「麦わら屋……!」

私とトラ男くんの間にルフィが割って入ってきた。ルフィはゴムの腕を伸ばして、私の腰に巻き付けて
自分の方に力強く引き寄せて、何故かトラ男くんに対してすごく怒っている。トラ男くんは、ルフィが急に現れてびっくりしている様子だったけど、直ぐに悪い顔になって少し笑ってる。

「話は終わった。麦わら屋、勧誘は失敗した。安心しろ。」

「あたりめえだ!ソラはお前にはついて行かねぇ!!」

「あの、トラ男くん、仲間にならないかって声かけてくれたこと、本当に嬉しかった。もちろんトラ男くんについて行くことはできないけど……」

「あァ、次に会った時には、覚悟しておけ。次は勧誘じゃなくて“誘拐”だ。」

「へっ?それってどういう意味……」

「させるかアアア!!!」

ルフィがトラ男くんに向かって思いっきり叫ぶと、トラ男くんは背を向けて自分のクルーの元へ戻っていく。「じゃあね、トラ男くん!」と声を掛けたけど、トラ男くんは振り向かず、そのまま行ってしまった。

何故かとっても警戒しているルフィに抱えられたまま、サニー号は出港した。さよなら、私の初恋。






出港してしばらくの間、私はフランキーのアニキの胸を借りて泣いていた。何よりもう、当たり前のようにトラ男くんの姿を見ることができない事が悲しかった。

「うっ、うっ、エーン。」

「おめェはまだまだガキだな。でも、可愛い妹がこうして大人の階段を登っていく姿を見れて、アニキとして嬉しいぜ。んんん、スーパー!!」

「アニキィ……エーン!!」

硬いけど広い胸に、更にしがみついた。ロビンが様子を見に来て、優しく背中を撫でてくれている。

「失恋の痛みで、女は成長するものよ。」

「ロビン……」

目に涙を溜めたままロビンを見上げる。目が合うと、ロビンはニコッと笑って今度は頭を撫でてくれた。


「……私に相談してくれれば、無理やりモノにする方法を仕込んであげたのに。」

「え、ロビンお姉様!?それはどーいう……」

「ロビン、だめよ。同盟相手の船長を誘惑なんかしたら。」

「ゆ、誘惑!?」

「あらナミ、良いじゃない。裏切るわけではないんだから。」

ロビンの提案にも驚いたが、現れたナミにももっと驚いた。誘惑なんて、考えもしなかった。さすが麦わら海賊団のアダルト組、大人の女、ロビンお姉様。でも私にはそんなことできません。


「というか……なんで皆、私が失恋した事知ってるのー!?」

「なーに、言ってるの。皆あんたの気持ち、知ってたわよ。サンジくんみたいに目がハートになってたわよ。わかりやす過ぎ。」

「え!?嘘でしょ?」

「ソラは、恋すると周りが見えなくなるタイプね。」

「可愛かったわよ。」

「スーパー一途だったなァ!!」

「うぅ、ルフィ〜〜〜!宴開いてー!!お酒飲むぅ!!」

私が叫ぶと、3人は肩を揺らして笑っていた。ルフィも、美味いメシがいっぱい食える、と嬉しそうに笑ってて、ゾロも早速酒樽を運び始めてる。みんなが私の『初恋&失恋記念パーティ』の準備を始めていた。チョッパーは失恋に効く薬がないか本を探しに行ってしまった。あるといいな。


サンジくんは、私の好物をたくさん用意してくれていた。キッチンにお邪魔して、最後に背中を押してくれたことへの感謝を伝えた。少し手を止めて、眉毛を下げてどういたしまして、と微笑んでくれた。

「ソラちゃん、やけ酒は良くねぇよ。やっぱり、後悔して悲しんでるソラちゃんは見たくなかったな。」

「サンジくん、私、失恋してすっごく悲しいけど、後悔はしてないよ。」

「そうか……」

「アニキも、ロビンも、恋の痛みを経ていい女は成長していくって教えてくれた。だから、苦しいのも痛いのも含めて色んな気持ちを経験できて良かったなって。それを教えてくれたのが、トラ男くんで幸せだったなって思ってる。」

「ソラちゃんは既にとっても素敵なレディだよ。あんな悪い男にハマっちゃって心配だったけど、次からは俺にしとけば……」

「ふふ、サンジくん、デザートもたくさんお願いね!楽しみにしてる!」

「あぁ……ソラちゃん、成長してスルースキルも上がってやがる。」

サンジくんに伝えたい事も伝えられて少しすっきり。あとは皆に目一杯慰めてもらって、この恋をお酒で流してしまえば、引きずることなく次の航海に進める気がする。