最初は、鳩原ちゃんの代わりになれればよかった。

二宮は、表には出さないけれど、部下思いな男だと思う。口下手ながらに年下の隊員たちを気にかけて、無愛想ながらに声をかけていた。隊員たちの誕生日には、ご飯に連れて行ったりしていたらしい。なんだかんだ言って世話焼きで、なんだかんだ言って優しいのだ。まあ、やり方は色々と、下手くそだけど。

そんな二宮の部下の一人、鳩原ちゃんがいなくなった。どうしてかは知らない。その頃から、二宮はより口下手になり、無愛想になり、でも世話焼きはきっと健在で、同い年の仲間内であれこれと聞く限りでは、ちょっとだけ過保護になった気もする。元々が口の悪いタイプの人間だ。周りにも隊員たちにも誤解されていたのかもしれない。だけど、鳩原ちゃんのことは大切に思っていたと思う。今もなお、手がかりを探し続けるほどに。

瞼が持ち上がる。夢を見た。鳩原ちゃんが帰ってくる夢。わたしは笑って迎えていた。二宮はなんとも言えない顔で、でもどこか穏やかに、鳩原ちゃんの頭に手のひらを置いていた。彼女とは狙撃手として親交もあったし、腕前で言うときっと、わたしなんかより上だったとは思うけれど、かわいい後輩の一人に違いなかった。だから無事で帰ってきてほしいとずっと思っていたのに、そして夢の中では確かに帰ってきていたのに。今、目が覚めたわたしはどうだろう。

心臓がぞわりと汗ばむような感覚と、指先が冷える感触。二宮がわたしを置いて離れていくという、よく分からない予感への確信。それはひどく恐ろしいもので、わたしを抱くようにして眠る男の寝顔が、どこか偽物のように感じられた。当たり前だ。二宮は、わたしのものじゃない。

「二宮」

なんとなく名前を呼びたくなったら恋だとか、それが許されるようになったら愛だとか。タイトルも思い出せないけれど、どこかで見たような聞いたような、でもやっぱり初めて出会うような。身体を重ねることと両思いになることは、イコールではない。だから、二宮の熱がわたしをおかしくするからといって、わたしが二宮の名前を呼んでいいことにはならない。ただ、最中だけは、名前で呼べとかなんとか言われて、されるがままに呼んでいる気がしなくもないけど。

思考が沸騰しそうになる。ああもう、腕を離してほしい。いつもは二宮が先に起きているから、間近で寝顔を見ることに慣れていない。もう一度寝ようにも、ひとたび体温を感じてしまうと、心臓はうるさい。二宮が鳩原ちゃんを探している間、わたしは二宮だけを見ている。だから仕方ない。わたしばっかりが、いっぱいいっぱいだ。

「……匡貴」

行為のときだけ呼ぶ名前。声にすると、昨夜のことを思い出してしまって、またさらに顔に熱が集まるのを感じる。完全に自業自得なだけに、いたたまれない。

やっぱりシャワーでも浴びようと、無理やり腕をどけて身体を起こそうとすると、強くなる腕の力。気付いた時にはもう引き戻されていて、それどころかもっと体がくっついていて、そして首や喉にキスが降ってきていた。二宮、と反射的に名前を呼ぶと、呟かれた返事が「違う」の一言のみで戸惑う。

「名前で呼べって言ってるだろうが」
「……やだ。二宮」
「………」
「もし、……もしいつか、鳩原ちゃんが無事に帰ってきたら、わたしのこと忘れて」
「……………は?」

二宮はわたしの肌をなぞっていた唇を離して、怪訝そうな顔でわたしの目を見た。そしてすぐに呆れたような表情になって、わたしは僅かに首をかしげた。

「どういう意味だ」
「え、そのままの意味、だけど」
「……、いいか。一度しか言わない」
「え……?」

ため息混じりにわたしの耳元に顔をうずめた二宮が、鼓膜のすぐ近くで息をしているのがわかる。聞く気はあるのに集中できない、という抗議をしようとしたとき、「好きだ」と低く小さな声が聴覚に触れた。何かの間違いだろうか。しかしこの空間には二人しかいないので、わたしじゃない別の誰かに言ったということはない。では、聞き間違いか。幻聴という可能性もある。

「好きでもない女を部屋に呼ぶほど、俺は暇じゃない。解ったか」
「……え、でも、あの、鳩原ちゃんは……」
「なんでそうなる。……まああの馬鹿女は必ず連れ戻すがな」
「あの、二宮」
「もう黙れ」

ちゅ、ちゅ、とわざとらしく音を立てられながら落とされる。ともすればお遊びみたいなキスが、こんなにもざわざわと腰にくるなんて初めてだ。二宮、といくら呼んでも返事はない。どうせ熱に浮かされた頃にはまた、促されるままに名前を呼んでしまうのだろうけど、わたしはそれが終わっても、その名前で呼んでいいのだろうか。




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