鬱陶しい。このバレンタインデーとかいう訳のわからないイベントが、昔からどうも好きになれなかった。

元々そこまで甘いものを好きということもないのに、大学や本部でどうしてか大量に差し出されるそれは、ラッピングだの何だのとそれらしく施されていて見目こそ良いのかもしれないが、そもそも俺はあいつから渡されるものにしか興味がないし、食べる気もないので、すべてが無駄に思えてならない。


「……あの、匡貴さん。えと、チョコのお味、どうですか……?」

少し意識が逸れていたらしい。先ほど俺に紺色の箱入りのチョコレートを差し出したこいつは、ちらちらと俺の様子を伺っている。口に合わないと感じている、とでも思っているんだろう。こいつは分かりやすい。すぐに顔に出る。それは俺はあまり持ち合わせていないもので、よくこいつに指摘はするが、俺自身は嫌いではなかった。他人の感情の機微に聡くはない俺にも、分かりやすくていい。

不躾な言葉を吐きやすい性分もある自分にとって、知らず知らずのうちに相手を傷付けるなど、はっきり言って至極簡単に起こりうることだからだ。望んでもいない結果に無意識に導いてしまうのは本意ではない。こいつにはいつでも笑っていろと思っているし、笑わせたいとも思っている。だから、今のような不安げな顔などさせたくはない。

しかし、これも自分の性分なのか。その顔にざわりと、心臓から肺から、抑えようとも這い上がる、いわゆるサディストの片鱗のような感覚も、身に覚えがある。

明日が久々に俺もこいつも完全にオフで、俺の家にこいつを連れてきた時点で、どこかで我慢が利かなくなる可能性があるということは、我ながら感じていた。耐えることを諦めたのではなく、しかしおそらく何もかもすべてを内側に秘めて堪えることはできないだろうという、単なる客観視だ。と、理屈を述べたところで、それは決して、褒められたものではないかもしれないが。

「あの、今年はたくさん練習して、その、見た目は置いておいてですね、味には自信があるんですけど…」

こういういじらしさが、すこし辛抱弱くなっている俺自分の欲をより加速させるひとつのスパイスたり得ると、こいつが気づき、理解できるはずなどない。だからこそ、虐めてやりたくなってしまう。これは俺個人ではなく、男の性分だと、あとで教えてやらなければならない。

「まあ、去年よりはマシだな」
「っほ、ほんとですか…?」
「ああ。……食ってみるか?」

箱の中から、本日二つめとなる丸いそれ(確かトリュフとかいう種類のもの)を摘んで、自身の口へ運ぶ。僅かなブランデーの風味と共に柔らかく舌に馴染むのは、おそらく一般的なチョコレートよりも甘さを抑えたもので、それはつまり、こいつが俺のためにあれこれ考えて作ったのだということでもある。

歯で噛み砕いてしまう前に、きょとんという効果音でも添えられそうな間抜けな顔で俺を見ている、このチョコレートの作り手を見下ろし、顎に手を引っ掛けた。それでも察することのできないこいつの鈍さをすこし心配しながら、顔を傾けてその半開きの口にくちびるをかぶせた。

はじめから開いている隙間から舌を堂々と忍ばせて、チョコレートも運んで押し込んでやる。どちらのものか分からない舌の温度で、甘さが溶け出しまとわりつくのをそのままに、舌を吸い上げ、なぞり、しばらくしてからくちびるを離した。当然、固形の跡形はなく、残ったのは、苦くも甘い、焼けるようなその香りだけ。

「……どうだ。味は」
「……な、わ、かりません……っ」
「なるほど」

ならもう一度確かめてみるかと問えば、慌てて首を振って意思表示をする。そのくせ、キスの最中に腰に回した俺の腕から逃れようとはしないこいつを、あと一歩どうやってその気にさせてベッドまで運んでやろうかと、こんな邪なことを考えてしまうのは、こいつのチョコレートには抗い難い媚薬がともなっていたのだと、そう都合のいいことを思って、欲望を打算で抑えてみるのだった。




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