うだるような夏の暑さも、トリオン体では感じない。だからこそ生身に戻ったときはそれはもう汗が吹き出して止まらないし、さらにそれが任務の後となれば無性にアイスが食べたくなる。これは真理だ。

「おっ」
「……おまえか」
「こんにちはー風間くん。コンビニで会うのレアだね」
「今日は暑いからな」

風間くんの言葉はいつだって端的だ。今の場合それでちゃんと会話がスムーズに成り立ち、かつ日本語的に正しいかどうかは置いておいて、なるほど暑いから冷たいものでも買いに来たのかなという予測はたった。自販機なら基地のラウンジにもある。となればやっぱり。

「アイス?」

数センチ低い位置にあるその頭がわたしの方を向く。いつでもあまりかわらない表情の風間くんは今驚いているような気もするし、そうでもない気もする。

風間くんとコンビニという組み合わせは実にわたしのイメージにそぐわない。彼のことをなんだと思っているんだと聞かれたら返事に困るけれども、いわゆる雲の上の存在とか、そういう感じだ。ランク戦はつい風間くんばかり見てしまっているので、よけいにそう思ってしまうのかもしれない。

だからと言ってコンビニにいたら駄目だとか、そういうのじゃない。むしろ、親近感が持ててとてもいいと思う。ついでに言えば、小柄な体格ながらにチノパンがとても似合っている。くるぶしの見える絶妙な丈。お洒落にあまり興味がないと風の噂で聞いたことがあったけれど、今履いているサンダルにはとても有名なブランドのロゴだってある。
もしかしたら機能を重視しての結果というだけかもしれないし、お洒落云々じゃなく靴に特化してこだわりがあるタイプなのかもしれないし、本当はお洒落さんなのかもしれない。風間くんは謎が多いのだ。

「おまえもアイスを買いに来たのか」
「まあね、そんな感じ」
「なんだそれは」
「いや、たまたまコンビニ来てみたら風間くんに会えてラッキーだなあって話」

汗が冷えていく感覚が心地よい。風間くんは今度こそ僅かに目を見開いていたけれどもわたしはひとまずそれは気にせず、アイスコーナーへ足を勧めた。やっぱりカップアイスがいいかなあ、ああでもこれだけ暑いんだから、バータイプにかぶりつくのも悪くない。いつの間にか隣に並んでいた風間くんの目もわたしと同じように色とりどりのアイスたちに向けられていて、そしてそれなりに悩んでいるみたいだ。なんでも即断即決しそうなのに意外である。

「どれにするんだ?」
「え?」
「奢ってやる」

男はおだてには弱い生き物だからな、とそう言った風間くんはさっさとカップアイスのクッキー&クリームを持ってわたしにぱちりと視線を合わせた。どうやら食べたいアイスは決まっていたらしい。

わたしはすこし悩んだ末に、風間くんと同じ種類のカップアイスの、チョコレートを手に取った。こんなにもさりげなく奢るだとかそういうことができてしまう人種だったとは。とても自分と同い年とは思えない。






コンビニの壁にもたれかかって一息、ひとつのビニール袋から二人分のアイスとスプーンが取り出される。自動ドアをくぐるときにおまえはどこでこれを食べるんだと聞かれたから「いつもはすぐそこで涼みながら」と答えると、なりゆきで一緒に食べることとなった。

奢ってもらってしまった手前っていうのもあるしそもそも断る理由なんかないけど、風間くんとふたりでこんなに一緒にいたことは今までなかったから、なんとなく緊張するかもしれない。

「うまいな」
「あ、うん。夏はやっぱりアイスだねー」

アイスを舌に乗せてから溶けてなくなるまでのこの感覚が、生々しくて好きだ。半分ほど食べ進めたところで、風間くんがじっとわたしを見ていることに気付いた。セミの鳴き声のお陰で沈黙なんて無縁の場所の筈なのに、周りの音が遠くなっていく。遮音性のシールドのなかにでも閉じ込められているみたいだ。

汗ばんだ風間くんの喉がきれいだなと思う。カップ越しとはいえ自分の手の熱でアイスがどんどんと溶けていってしまうのに、一度その瞳に捕まってしまったら再び食べ始めることもできず、そして少しも動けずにいる。

「男は単純だ」
「……うん?」
「日々のランク戦をあれだけ熱心に見られていたり、『会えてラッキーだった』などと言われれば、大抵の男は期待する」

期待。期待、とは。脳に書き起こして考えて見てもなかなかに理解ができなくて、いや理解はしていてもまさか風間くんが意図するものとは到底思えなくて、喉に何かをひっかけたまま呼吸だけをする。ランク戦を見ていたことは、バレているかもしれないとは薄々思っていたから、あまり気にしないことにした。

風間隊の戦い方が綺麗で、風間くんの戦っている姿が綺麗。いちファンの意見。深い意味も疚しさもきっとない。

「えーっと。どうしたの、風間くん」

 わたしたちを太陽から覆い隠す、コンビニの大きな影。なかなかに背徳的で、それでいて青春だ。もう21になるのに、そんな眩しい単語を使うこともないかもしれないけど。

正直言って風間くんとはあまり喋ったことはなかったけれど、こういう頭のいい冷静な人は、決まって時々難しいことを言う。だから仕方ない。わたしと風間くんは、住む世界がすこし違うからだ。

「……まぁ、つまりだ。ここで会ったのが偶然じゃないとすればどうする?」

壁に手を付かれて、ぐっと距離が縮まった。わたしはようやく思った。これは、すこしまずいんじゃないかと。それから更に思った、風間くんは暑さでどうかしてしまったんじゃないかと。


壁ドンというのは少女漫画の世界の話であって、そしてそんな世界に迷い込んだとしてもわたしは絶対にヒロインなんかじゃない。

でも、だとすれば、これはなんだろう。暑い。こめかみに汗が伝う。熱い。日陰にいるのに、それなりに涼しい風だって通り抜けているのに、頬や耳が熱くてたまらない。

「ところで、おまえは確か、よくチョコレートを食べているな」
「……へ、ああうん。チョコ好きだから、ね」

この体制で交わすには、すこし緊張感だの色気だのが欠ける話題だった。だから素直に答えた。チョコレートが好きな女の子は多い。きっとそれなりにたくさんいるその中で、自分も当てはまるというだけ。

ブラウスが汗で肌に張り付いて気持ち悪い。シチュエーションに反してラフすぎるカーゴパンツの衣服内気候を上半身にも適応させちゃってほしい。今頃、誰かさんのせいで体温を急にせり上げられて、背中や肩あたりの皮膚はびっくりしているのかもしれない。

「チョコレートをよく食べる奴は欲求不満らしいぞ」
「………え」
「チョコレートが口の中でとけるあの感覚が、キスに似ているからだそうだ」

あんまりにも意地悪な言葉とその表情に、こくりと喉を動かしてしまう。そんなマメ知識は始めて聞いた。そしてそんなことを風間くんが知っていたことに驚いた。チョコレートが好きな女の子はごまんといる。よく食べるという子だってそう。よくあることだ。

だから笑って「そうなんだ」と言ってしまえばそれでいいのに、それでもわたしが固まってしまったのは、すこし別物だけれど「口の中で溶ける感覚」というのをしっかりと自覚しながらアイスを食べてしまっていた、いたたまれなさに他ならない。

風間くんの言葉、近づくそのすこし幼い顔、拭えないこの淡いピンク色をした雰囲気、それらに対して冷たい壁へと無駄に背中を押し付けることしかできないわたしは、きっと戦闘に向いていないんだろう。実際に、万年B級なわたしとA級の上層にいる彼とでは、はじめから何もかもが違う。そう、絶対にそうだと思っていたのに、今は触れてしまいそうな距離。

「どうだ。俺でそのW欲求不満Wを解消してみないか?」

夏の暑さに攫われて、今度こそぬるい唇が重なった。すっかり柔らかくなってしまったアイスのカップが、思わず力を入れてしまった左手の中でべこりとへこむ。

蝉の鳴き声がようやく聴覚に戻って来た頃、きつく閉じた瞼の力を抜いた。くちびるが離れた瞬間、「甘いな」と零したその声が、いやになるくらい色っぽかった。やっぱり、同い年とは思えない。




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