※年齢操作あり





「緊張してるな。すごく」
「っ、」
「……久しぶりか、こういうのは」
「ひ、さしぶりって、いうか……」

耳元で、低くて落ち着いた声がする。こんなシチュエーションでなければ、こんな場所でなければ、間違いなくきゅんとしただろうと思う。でも今はそんな余裕はなくて、自分と目の前の同級生とが同じシャンプーの匂いに包まれていることに動揺してしまう。

今しがた順番にシャワーを浴びたのだから当然だけど、こんなところに二人でいるということ自体が当然とはかけ離れている。

それなりに質感の良さそうなベッドシーツに皺を作って横たわる自分自身の状況と、その上に覆いかぶさって耳元を言葉と吐息とでくすぐる男の体温に、心臓がどくどくとうるさい。ともすれば、呼吸がうまくできていないような感覚だ。友人と旅行に行ってどこぞのバンジージャンプに挑戦したとき、その踏み切り前の気持ちに似ている。色気のない思い出話だ。

「上の空か」
「っ、ほ、かり」
「緊張の割に余裕なんだな、おまえは」

その台詞はそっくりそのまま、表情……は見えないが声でわかるほどに明らかに落ち着いているこの穂刈篤という男に、声を大にして返してやりたい。

首元にちゅっとキスを落とされ、耳はべろりと舐められた。それだけでわたしの肩はびくりと跳ねる。こんな反応、もしかしたらすごく恥ずかしいものなのかもしれない。でも、だって、仕方ない。

穂刈のごつごつとした指が、そっと鎖骨のあたりをなぞった。呼吸がうわずって、思わず腕でそのあたりを隠して遠ざけてしまったけれど、穂刈はおかまいなしにわたしの腕の下からまた肌に触れた。



なんで。なんでこんなことになってるんだろ。わたしたち付き合ってないよね。それどころか、まともに話したのだって久しぶりだよね。中学3年のときのクラスのまとめ役の女の子が、20歳という節目を迎えたことを機にクラスのみんなに連絡を回してくれて集まった小さな規模の同窓会で、「久しぶり」なんて社交辞令100%なやり取りをしただけだよね。

色々聞いてしまいたいのに、わずかに流されかけている思考を呼び戻すのはすごく難しくて、そしてどうしたらいいのかも分からなくて、されるがままになってしまう。時々直接身体を触られると、どうしようもなく心臓が破裂しそうになるので、息を殺して唇を噛んで、時折ぎゅっと目を瞑った。

「……嫌なら」
「え……?」
「抵抗してくれ、本気で」

その言葉と同時くらいに、腰をなんとなくやらしい感じでまさぐられて、思わずその腕を掴んだ。バスローブ越しの体温と感触にのぼせそうになった。まって、という一言を、普段出さないような恥ずかしい声で言ってしまって、顔に熱が集まる。

抵抗してくれと言った割に、抵抗しないでくれと言われているような、そんな弱いWお願いWだった。ひとたびそんなことを思うとそのまま流されてしまいそうになる理性にブレーキをかけて、穂刈の腕をどける。……どけようとした。けれど少しも動かなかった。ボーダーっていうのはやっぱり鍛え方が違うんだろうか。

「あの、ちょっと待って……っ」
「……説得力に欠ける『待て』だな」

───だから、つけあがる。俺みたいな馬鹿な男が。

言葉はそんな風でも、口調は優しかった。くらくらと錯乱する脳髄の底で、身体を離そうとする穂刈の服の裾を掴む信号が、自身の腕に伝達された気がした。無意識っていうのは、きっとこんな感じなんだと、意識的に思った。

「っあのわたし、はじめて、で」
「………」
「だから、心の準備っていうか、その前に、なんでわたしたちこんな、えっと、つきあってない、でしょ……?」
「……はじめて……?」
「え、?う、ん。はじ、めて……です」

穂刈は珍しく目を丸くして、ぴたりと固まった。ベッドサイドの灯りが今更に恥ずかしい。同窓会用のカジュアルなドレスが適当に畳んで置いてあるのとか、いつもセットしてある穂刈の髪がしっとりと柔らかそうなこととか、悪趣味な色使いの鏡が壁に掛けられているなあとか。この空間の全部が、言い訳できないくらいに初めてのことばかりだ。

それでも大して抵抗できなかったのは、ほんのすこし穂刈を気にしていた時期があったりもしたことが原因なのだけれど、そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。

「………」
「あの、穂刈……?」
「悪い、待ってくれ。混乱してる」
「あ、うん……」
「……彼氏がいただろ、高校のとき」

穂刈は起き上がって、わたしの隣にごろりと寝転んだ。キングサイズのベッドが、わたしだけの重さを受け止めたときとは違う音で軋んだ。わたしと目を合わせないけれど、わたしの髪を軽く梳いてくれた。ぎこちないその手つきにきゅんとしてしまったことなんて、きっと今は忘れておくべきなんだろう。

「いたけど……なにも、してないし。……ていうか、なんで穂刈が知ってるの……?」

わたしの言葉に、多少なり動揺したような、バツの悪い表情を一瞬見せて、穂刈は目元を覆った。

穂刈は普通校、わたしは進学校だ。中学のときはそれなりに話してはいたけれど、卒業してからも連絡を取り合うような仲でもなかった。会ったのは本当に久しぶりで、声が低くなった気がするとか背がすごく伸びた気がするとか、大人っぽくなったとかおしゃれになった気がするとか、そんな月並みなことばかり目に付いた。

実際、それらを会話のネタとして穂刈にも言った。逆に言えば、誰にでも言えるその程度の話題しか見つけられないほど、希薄な関係だったのだ。



 なのに何故、高校に上がってからのわたしのことを知っているんだろう。

「……おまえが来ると思って、任務の日程をずらしてもらった。この同窓会のために」
「え?」
「会ったとき話せるように、オレの知らないおまえの3年間のことを、荒船にすこし聞いて教えてもらった」
「え、荒船……?知り合いだったんだ……」
「隊長だ、俺の所属する隊の」
「えっ」

意外な繋がりに、今日一番で間抜けな声が出てしまった。ボーダーにあまり興味がなかったわたしは、もちろんボーダー隊員だということくらいは知っているけれど、ホームページなんかも見たことがなかったので、隊の構成やらなんやらはまったく知らなかった。

この空間や、さっきまでの空気とのアンバランスさに、これはこれで恥ずかしくなった。穂刈はいまだに目元を腕で覆っているけれど、耳がすこし赤い。さっきすこし乱された自分のバスローブの襟元を直しながら、こんな雰囲気の部屋でベッドに並んで寝転んでいるなんてシュールな絵面だな、なんてどうでもいいことを考えた。

「……荒船に、おまえには高2のときに付き合っていた相手がいたと聞いた」
「うん、まあ……、いたね……」
「勝手に、嫉妬した。その相手にはもちろんだが、そういうことを知っている荒船にも。だから、今日会って、抑えられなかった」

穂刈はようやく、わたしの目を見た。心もとない明かりにすこしだけ照らされている顔は、ちょっとだけ赤い、ような気がする。こんなときでもポーカーフェイスを保てるなんてずるい。ボーダーだからだろうか。ずるい。逞しくなった体つきとか、同い年とは思えない大人びた雰囲気とか、全部がずるい。

「おまえが好きだった。中学のときからずっと」

こういうことを言えてしまうところも、ずるい。さっきまでとは違う意味で、顔も身体も熱くてたまらない。息の吸うのも吐くのも、ネジを数本締め忘れちゃったんじゃないかってくらいぎこちない。

「えと、……会うの久しぶりだし、おしゃれになったなーとか大人っぽくなったなーとか、そういうのしかまだ考えられないけど、その、えと、ありがとう……?」
「……前に付き合ってたの、一つ上の先輩なんだろう」
「へ、?そう、だけど」
「中学のとき言ってただろ、付き合うなら大人っぽい人やおしゃれな人がいいと」
「え…っ」
「だから今日は、身だしなみにも気をつかった。高校のときもそうだったなら、今もそうかもしれないな。まだあるか、脈は」

とりあえずいきなり連れ込んで悪かった、反省してる、とやっと脈絡を戻して真摯に謝られたけれど、それを真摯に受け止めることもできず、わたしはただただうるさい心臓の鼓動と戦っていた。中学のとき、確かに話したかもしれない。今だって変わってない。昔からそういう人に憧れることが多かった。

だけど今は、前に付き合っていた人も、ずっとファンでいる芸能人も、顔を思い浮かべられない。目の前ですこし上機嫌に微笑む穂刈に、どうやってこの真っピンクなお部屋から場所を変えるための言葉を切り出そうかと思考を巡らせて、真っピンクな脳を誤魔化した。




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