「烏丸くんと、付き合うことになったの」

もしも自分のものになる日が一生来ないって分かってても、それでも諦めきれないような、そういう馬鹿さが自分のいいところで、駄目なところだと思う。実際は、一生、なんていうテキトーな言葉は使いたくないし、そもそもやすやす手放す性分でもないから、ただ俺が欲しくて欲しくてたまらないあいつを簡単にかっさらったそいつを、視界に入れないようにするだけ。

いつからだっけ。我ながら似合わねえけどちょっとセンチメンタルな気持ちになることもある。そんなときに決まって考える。いつからだっけ。その自分への問いかけに、誰でもなく自分で結論を出す。たぶんきっと、俺と出水があいつを連れて、後輩を紹介する、なんて言って京介に会わせたときからだ。

あのとき会わせなきゃよかったな、なんて、今更思っても無駄なことばかりが頭の中を占める。いつもならランク戦のこととか今日の晩メシのこととか、年相応のそういう話とか、そんなことを中心に脳を動かしているのに、我ながら単純な思考回路だ。

「……へー、京介と、おまえがねえ」
「あ、いま釣り合わないって思ったでしょ」
「んなこと思ってねーって」

思ってない。お前相手にそんなこと、思うわけないだろバーカ。誰に聞かせるにも不似合いな悪態をついては、無音の二酸化炭素を吐き出すだけにとどめる。おまえが京介に釣り合わないなんてことは、本当に、すこしも思っちゃいない、けど。いっそ釣り合わなきゃよかったのに、なんてことは確かに思ったって、そんなことおまえが知ったら、どんなカオをするんだろうか。

「ま、仲良くやれよ」
「……ん。ありがとう」

目を細めて、眉を困ったように下げて、恥ずかしそうに笑う。手に持っていたスマホを操作してなんとなくカメラアプリに切り替えて、そのままゆっくりと持ち上げて、ちょうどこいつの気の抜けたような笑顔が写ったところで、パシャリ、シャッターボタンを親指で押した。

「は、ちょっと、何撮ったの!」
「人生初の彼氏ができて浮かれてる顔。弾バカに送ってやろ」
「ちょ、米屋!」
「うそうそ、送らねえって」
「ちゃんと消してよ……!?」
「ハイハイ」

写真の一覧の中に確かに今の一枚が並んでいるのを見て、そっと画面をスリープモードに切り替えた。弾バカに送らないってのはちゃんと約束できるけど、もうひとつの方は譲れねえわ、と脳のはしっこで呟く。

もう、と唇を尖らせているけれど、こいつは本気で怒ってるわけじゃない。そういうところが、こいつは本当に甘いと思う。ノリがいいっていうか、お人好しっていうか。まあ俺は、おまえのそういうとこが好きなんだけど。

両思いっていうのは、実際はすごい確率だ。そんなことを、目の前のこいつを見ながら思う。手の中のスマホには、さっきの笑顔の写真がまだ写ってて、俺こいつのこの笑顔も好きなんだよな、なんて虚しいことを思う。

なあ、俺、おまえのこと好きなんだけど。あとはおまえが俺のことを好きになってくれたら両思いなんだけど。でもおまえ、京介のこと好きなんだよな。じゃあ俺は、どうすればいいんだっけ。おまえが人生初の彼氏で浮かれてる目の前で、おれは人生初の失恋をしてんだけど。

気付いてほしい、やっぱり気付いてほしくない。意識してみてほしい、やっぱりこのまま身近な存在でいたい。少女漫画もびっくりの甘酸っぱさと、我ながらドン引きしそうなほどどうしようもない女々しさを右脳だか左脳だかで飼いならしたまま、笑顔を作った。

「ま、浮かれすぎて愛想尽かされんなよ」

こんなこと言いながら、「愛想尽かされちまえよ」なんて、俺がそんな風に思ってること、どうか知らないままでいてくれよ。




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