二宮さんの声が好き。二宮さんの指が好き。二宮さんのクールなところが好き。強いところが好き。鋭く光る瞳が好き。誰もゆるさないテリトリーを持っているところが好き。意外と部下思いなところが好き。
 二宮さんの、すべてが好き。

「だーから、やめとけっておれ言っただろ」
「……うん」
「なんでそんなに二宮さんが好きなわけ? 言うほど関わったこともねーのに」
「………わかんない」

 二宮さんに告白をした。「悪いが、俺はおまえに興味がない」と、二宮さんは言った。そうですよね、ごめんなさい、伝えたかっただけなんですと言ったわたしの声は掠れていて、二宮さんの声の凛々しさと比べると対照的だった。出水くんの言う通り、元々ほとんど接点なんかない。これまでもこれからも、わたしが今までしてきたように意図的にあの人を見ようとしなければ、それこそ関わることはきっとない。

「まあ確かに、あの人はすげー人だけどさ」
「うん」
「けど、普通は近寄りがたいだろ」
「二宮さんは優しいよ」
「………」
「それであとは、強く て……かっこ、いい」

 人並み程度には失恋の痛みがわかる気がしている自分は、この込み上げる涙を止めることができなかった。それくらい好きだったのだ。
 子どもみたいな理由だと思われるかもしれないけれど、あの背中に憧れた。しばらくして横顔が綺麗だと思って、ふと見せる表情は格好いいことを知った。そしてB級降格になったあの日、どこか遠くを見つめている二宮さんを見て、あの人の見ている景色とか、頭の中とか、心の奥なんかを、わたしも同じように知ることができたら、なんて思ってしまった。

W俺はおまえに興味がないW

 そんなのはきっと、当たり前のこと。当たり前なんだけど、やっぱりわたしは俯くのをやめられなくて、そのときに視界に入った自分の手のひらの薄っぺらさに、ふと嫌気がさした。わたしがもっと強ければ、二宮さんが一目置かなきゃならないレベルまで達すれば、わたしをその世界の中に認めてもらえるのだろうか。
 好きになんてなってもらえなくていい。ただ、すこしだけ、その細胞一つ分でもいいから、二宮さんの心に、居場所を作ってみたかった。

 出水くんは、そんな馬鹿なわたしの頭をそっと優しく撫でてくれた。


▽▲▽▲▽


『犬飼 ダウン』


 防衛任務とその後の諸々の処理が終わって普段ならそのまま帰るところだったが、偶々ランク戦のブースへ足を運べば、自分の隊のガンナーがベイルアウトしていた。書類作成の際に中身が半分ほど減っていた飲みかけの缶コーヒーを空にし、そこらのゴミ箱に投げ入れた。
 モニターを見ると、4-6という結果が表示されていた。10本勝負。最終結果として6本取ったのは犬飼だったが、そもそも犬飼と一本差の勝負ができる人間自体そう多くはないし、相手もなかなかの強者だ。では、その相手は。

「……あいつは」

 確か以前、自分に好きだと言ってきた女。そのときは「名前を聞いたことがある」という程度の認識だった。
 自分は昔から何故か、女に好意を持たれることが多かった。愛想なんて全く無いにも関わらずだ。そもそも、話したこともない人間から「好き」だと言われて、それで頷くやつの気が知れないと、それこそ昔から思っていた。自分には到底分からなかったから、あの女にも、ただ率直に思っていたことを言った気がする。

「二宮さん、お疲れ様です」
「………出水」
「今、犬飼先輩と戦ってる奴、いるじゃないですか。アイツのこと知ってます?」
「さあな」

 知っているとも知らないとも答えなかった。どちらも、答えにするにはどこか意味合いに欠ける言葉だったからだ。それでも出水はどこか納得したような声で、「そうですか」と再びモニターを見上げた。10本勝負を数回やる約束だったのか、また第1戦目が始まっている。

「二宮さんってモテますよね」
「……わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「まさか」

 出水は言葉を区切り、そして少し空気を変えた。ちらりと横目に見れば、年上には礼儀正しいこいつには珍しく、俺を視界の端にすら入れず犬飼と戦う女だけを見ていて、そのくせ俺への対抗心のようなもので満ち溢れた眼をしていた。

「他にもいっぱいいるんだから、あいつじゃなくてもいいでしょ」

 俺は、あいつじゃないとだめなんですよ。

 出水は至極真剣に、モニターから目を逸らさずに淡々とそう言った。おそらくこいつは俺があの女に告白されたことを知っているし、俺がそれを断ったことを知っている。そして呟いたその言葉から察するに、恋人同士ではなく、出水の片思いときた。滑稽だ。出水がわざわざ俺に牽制するのも、俺が今更あの女の名前を覚えようとしているのも。

「知ったことじゃない。そもそも、弾数にまかせて落とすのがお前の得意分野だろ」

 出水は今日初めて、俺の目を見た。挑発するでもなく引き下がるでもなく、ただただ自分を観察しているようなその目が妙に厄介で、犬飼とあいつの勝負を見届けることなく背を向けた。

 シューターとして戦わせたら超一流の天才も、恋愛となるとただの高校生らしい。しかも、ランク戦では常に裏をかいたりミスを狙ったりと隙のない立ち回りをするくせに、どうやら好きな女に対しては失恋に付けこんで落とすのではなく、これから真っ向勝負を挑むつもりなのだという。
 改めて考えてみても滑稽だ。それに少しばかり乗ろうとしている馬鹿な自分も、決してその例に漏れやしないが。




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