今思えば、俺は割とひどい奴だったかもしれないと思う。任務は真面目にやるし勉強だってそこそこまともにやるけれども、いかんせん女癖が悪かった。ただ、別に深い考えなんかなかった。気持ちのいいことは好きだし、困ったことに、Wそういう相手Wにも困らなかった。
 遠征部隊に選ばれるようになってからは、もっと気にしなくなった。いつ死ぬか分からないとまで言わないけど、頭の片隅に「いつかいきなり死ぬことがあるかもしんねーよな」なんて思いは多少あったと思う。

 だから、好きとか嫌いとかそういう感情は、あんまり関係なかった。向こうはどう思ってるか知らないけど、特に文句を言われたことはない。そういう相手だった女だって、俺のことをどうこう思ってはいないはずだ。ただの暇つぶしとして、自分で言うのもなんだが、なんとなく軽そうな俺を選んだんだろう。

 そう、俺の今までの恋愛遍歴は正直、人に言えたようなもんじゃなかったのだ。実際、女子と付き合って別れようが、表立ってそうと言わなかったから、知ってるのは槍バカくらいなもんだった。それに今考えれば俺は、ちゃんとしたW彼氏Wとは違ったと思う。

 だからこういう時、どうしたらいいかわからない。

「………」
「……んな緊張されると、俺まで緊張してくんだけどな」
「っ、ご、ごめんなさい……っ」
「いや、別に責めてるわけじゃなくて」
「そ、そう、ですか、すみません……」
「…………」

 いつもおとなしいこいつは、普段から俺に対して遠慮がちな部分は確かにある。けどここまで緊張をあらわにする奴じゃなかったから、やっぱりこの小さい右手を俺の左手で繋いでいることが、今の態度の原因と見て間違いない。

 というか俺はまだ、何もしてないに等しいと思う。それくらい、こいつには手を出してない。こいつは今までの女と違うから。純粋で無垢で、まっさらで真っ直ぐで、俺はこいつのことが本当に好きだし、かわいいと思うし、だからこそ大事にしたいと思う反面、早く触りたいと思う。
 色んなことをしたい、色んな表情が見たい。やらしい意味じゃなくて、いや多少は入ってるけどとにかくもうすこし、彼氏彼女でしかできないようなことをしてやりたいのに。ただ手を繋いだだけでこの有様なこいつを見ていると、先は長いなと思う。

 ここまでの経緯を思い返す。こいつを家まで送るために並んで歩いて、そこからは無意識だった。

 まず、付き合ってんだから帰りに家まで送ってやるくらい普通のことだ。でもこいつは俺が「家まで送る」と言うと、すこしびっくりしたあとに顔を赤くして俯いて、「ありがとうございます。じゃあ、えっと、おねがいします」と弱々しく呟いた。
 その反応は、当然ながら見たことがないものだった。今のどっかに照れる要素あったか? なんてことを思うくらいには、まったく予想の外側だった。だって今までの女子は、俺が送っていくと言えば「ありがとー」と軽く返すくらいなもんだったし、俺もそれをどうとも思わなかった。

 そうして歩いて、そのときになんとなく手をさらって、手を繋いだ。それも、W普通Wのことだった。でも今こいつは、熱があるのではないかと思うくらいに、耳まで真っ赤だ。

「あの、ごめんなさい。わたしの家、こっち、です」
「ーーー……、あ、ああ。悪い」

 ほんのすこしの力で引っ張られたこととこいつの声とでふと我に返って、視線を落とせば一瞬目が合った。だけどすぐに逸らされる。頬の赤みなんかは相変わらずで、むしろさっきより更に赤くなってる感じすらある。
 俺こいつに他に何かしたっけ、いやまだ手出してないしな、と何回も思い返す。自分の心の中でこんなにゴチャゴチャしたものを整理するのは久しぶりだ。

 ───いや、どれだけ考えてもやっぱり、何もしてない。たかが手を繋いだだけだ。それしかしてない。絶対。まじで。なのに、そんな真っ赤になんの? 耳まで赤いし、そういえば繋いだ手も熱い気がする。…いやいや、手だぞ? キスならまだ分かるけど、手繋いだだけでこんなになるとか、こいつこの先どうすんの? しぬんじゃねえの? いやしなせねえけど。
 しなせねえけど、それは困るけど、ずっと生殺しもそれはそれで困るんですけど。ていうかもしかしてこれが普通なのか? 俺が特殊なのかこいつが初心すぎるのかどっちだ。ああそんなことはどっちでもいい。こいつを慣らさねえといけないことは分かった。
 ………慣らすとか、変な言葉使うんじゃねえ、俺。

 ひとりでに暴れる心の声では結局結論は出ず、でもどっちにしても、こいつが手を繋ぐという行為だけでいっぱいいっぱいだってことは分かった。問題はとりあえず今の状況からだ。
 そもそもだ。付き合ってその日にキスくらいまですんのが俺の中では当たり前だったから、それをしないとなると、帰り際ってのはどーすりゃいいんだ。また明日な、っつって頭でも撫でるか? でも手繋ぐのもダメなやつの頭撫でて大丈夫なのか?とはいえ、明日明後日は学校のあとすぐ、そんでその次の日は公欠で朝から防衛任務だ。つまり3日間はまともに会えない。だから触りたい。充電みたいなもんだと思う。けどこいつは今はこれが限界かもしんねえし。

(……あーーーもうわかんねえ……!! ……けどなんか新鮮っつーか、こいつやっぱ、かわいいな……)

 そうだ。最終的には、惚れた奴の負けだ。たぶんこいつも俺のことを好きだろうけど、色々含め、こいつをより欲しがってるのは俺だと思うから、俺の負けだ。

「あの、送ってくださって、ありがとうございましたっ」
「気にしなくていいって。じゃあな、」
「あ、あの、先輩」
「……ん?どうした?」

 どうした?なんて、平静を装って言葉を返せた自分を褒めたい。こいつが俺を引き止めるとか、そんなこと、今までなかったから。

「……明日から3日間、防衛任務なんですよね。えっと、その、お気をつけて……」

 いじらしい顔で、声で、瞳でそんなことを言うもんだから、そこからはもう情けないことに、ただの衝動だった。どうにか俺の目を見て言おうと、なんとか上向いた視線がかわいい。もっとちゃんと見たくて、そのためには前髪が邪魔で、ちょっとだけ指でそれを横へよけた。そして気付いたら、その無防備な額にくちびるで触れていた。

「……、……〜〜〜ッ!?」
「……あー……」

 ボンッと音がしそうなくらい一気に赤くなって、そして額を片手で抑えたこいつは、目をぱちぱちと忙しなく瞬かせていた。あーやっちまった、とすこし反省しながらも、これでこの3日間の防衛任務は弾の命中率あがるかもしんねーな、なんて根拠のないことを思った。もうこれ以上いたらまた何かやらかす可能性が高まるだけだ。取り急ぎまたな、と言うと、こいつは声を出せないまま口をぱくぱくと動かしながら、こくりと頷いた。
 ああかわいい。俺はいつまで、我慢できるんだろうか。いや、できる限り我慢しようとはするんだろうな。できるかどうかは置いておいての話だけど。

 まあ、当初の計画とは違ったけど。結果的におでことはいえキスできたんだから、もしかしたら唇へのキスだってそう遠くないかもしれない。そう思うと急に明日からの3日が長く感じるんだから、俺の頭は大概勝手だなと思った。




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