こいつが弾バカと仲がいいのは、もうずっと前から誰もが知っている事実だ。

 幼馴染ってやつを表現するときに、「一番近いようで一番遠い存在」だとか、そういう言葉を使う恋愛小説なんかがよくあるって、章平から聞いたことがある。けどそんなことは俺にしてみれば関係なくて、元々は幼馴染だったとしても今こいつと俺は恋人同士なわけで、自分の彼女と他の男が仲が良さそうに喋ってるのを黙って見ている理由にはならない。

 それから、こいつが奈良坂とよく話すのだって、ある意味じゃ仕方ないことなのかもしれない。一年二年と同じクラスになるのは、そこそこでかいあの進学校じゃそれなりに確率の低い、珍しいことらしいから。
 選択科目も偶然ほとんど同じだったんだと、なんかそんなようなことを聞いたことがあるけど、これも同じ。それっぽい理由があろうとなかろうと、イラつくもんはイラつくし、嫉妬するもんは嫉妬する。それを制御できるほど、俺は賢くもないし落ち着いてもない。

「なあ。今日弾バカと奈良坂と、何話してた?」

 ベッドに散らばるさらさらの髪を見て、なんとなくイケナイことをしている気になるなと今更感じる。この態勢になってしまえばこいつが逃げることはほとんど不可能で、男と女ってのはつくづく不平等にできてるなと思う。
 なにせ、これだけ物理的に優位に立てるのに、余裕がないのは、切羽詰まっているのは、嫉妬で心臓が焼き切れそうなのは、たぶんいつだって俺のほうだ。

 頬を手の甲でそっと撫でれば、戸惑いだけだった表情がちょっとだけやわらかくなった。すこしくすぐったいような、そういうカオをして、こいつはふと目を伏せた。

「なに、って……。変な話してたわけじゃない、よ」
「……ふーん」
「別に普通の、っ、……ちょっと……っ」

 腰を抱いて背中を浮かせて、シャツの中に突っ込んだ右手でブラジャーのホックを外す。勉強以外は人並み以上に器用なことと、自分のそこそこに長い指のありがたみを感じる一番の瞬間は、こいつとこういうことをするときだ。
 指先の感覚がいいのか、こいつの身体を好き勝手にかき回すときでも、ちゃんとこいつの気持ちいいところを探り当てることができるからありがたい。

 陽介、待って、なんてことを戸惑いながら言うその声はかわいいから、ついいじめたくなってしまう。仕方ないと思う。俺は、一般的にどうかは知らないけど、こいつに関しては間違いなくSだと思うし、どろどろに甘やかすのと同じくらい、意地悪をしたい。

 こういう時、いつも脳に刷り込まれる感覚がある。自分の背中にある、こいつがいつかの夜にひっかいた爪痕が疼く感覚。はやく新しい傷をくれと、背骨の軋みがそんな風に聞こえてくる俺は、やっぱりどっかおかしいのかもしれない。

「なあ、このままシていい?」
「っ! や、やだ……っ」

 なんとなく分かってたけど、実際にこうして拒否されると、心臓にクるもんがあった。それと同時に、無理矢理犯してみたいという好奇心。背徳感? なんて言葉を使うのかもしれない。矛盾したふたつの心の声をはぐらかして、身をよじるこいつに構わずそのスカートから覗く白い脚をそっと撫でると、より抵抗が増した。
 怖がらせてるからやめてやらなきゃな、という気持ちと、嫌がってる姿も結構ソソるな、なんて気持ちがぶつかって、最終的には後者が勝ってしまった。

 首筋に噛み付いて、その隙にスカートのファスナーに指をかける。弾バカや奈良坂とあまりにもごく自然に、あまりにも親しげな近さで話していたこいつの笑顔を思い出してしまえば、それだけでもう止めらないなと思った。

 けど、なんだかんだ俺は、こいつに甘い。肩を震わせて俺の下にいる恋人は、両手で目元を覆って声をころして泣いていた。それだけでびたりと動きが止まる俺はやっぱり、こいつに嫌われるのが怖いらしい。

「……陽介っ、わ、わざと、なの……」
「………え?」
「陽介、に、妬いてほしくて、それで……っ」
「−−−……、……はあ……?」

 顔を両手で覆いながら、「だって、陽介の周りにかわいい女の子の友達多いし、それで、いつもわたしばっかり」と段々小さくなる声で言うそいつの言葉の先は、聞かなくても分かった。それと同時に、色々とすれ違ってたんだと初めて気づく。
 こいつは普段そこまで積極的じゃないから、新鮮とか何とかは全部通り越して、今、めちゃくちゃ嬉しいし、顔が熱い。

「……陽介」
「…………なに」
「照れてるの」
「照れてねーし」

 ああ畜生。脱がせかけたまま進めずに止まってる俺はなんて間抜けな生き物なんだと思うけど、いつもの行為の流れがなかなか思い出せないくらいには動揺してるらしい。彼女の腕が俺の首に回されたので、すこしかがんで距離を近付けた。「さっきの陽介、こわかった」とぽつりと零したそれはたぶん、本音だ。

 罪悪感がじわじわと心臓や肺の色を変えるなかで、もう一度名前を呼ばれて、たぶん自分の顔は真っ赤だと思うから見られたくはないけど仕方なく、潤んだままのその目と視線を交わらせた。するとこいつは、小さな声で「好き」と呟いた。

「〜〜〜……、あー、くそ……」

 男と女ってのは、つくづく不平等にできてるなと思う。なにせ、これだけ物理的に優位に立ってるのに、もうほとんど脱がせてるんだからあとは食うだけだっていうのに、それでも余裕がないのは、切羽詰まっているのは、心臓が焦げそうなくらい甘く痛むのは、いつだって俺のほうだ。
 「俺も」と言ってくちびるを塞ぐ。これ以上余計なことを喋られたら、たぶん据え膳をみすみす手放して、おあずけすることになる。

 やけになめらかに外せたホックやファスナーが、俺を嘲笑ってるみたいに感じる。別に、この先の行為に格好をつける必要なんかない。ただただ指先で俺自身で優しくして、こいつを気持ち良くして、ついでにこの背中に爪を立ててくれたらそれでいい。
 そうして今後一切、俺を妬かせたいだなんて馬鹿なことを、こいつが思わないようにするだけだ。




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