彼女のその声は聴きたいけど、その名前は聴きたくない。
 彼女の笑顔は可愛いと思うけれど、あの人を思い浮かべてのものならいらない。

 彼女のことは本当に好きだけれど、あの人を想ってる彼女のことは嫌い。


 ずっとそんなことばかり考えて彼女を組み敷いてきた。でもどんな強がりを言ったって、心のどこかで自分を見てくれるかもしれないと思っているから手酷くできない。
 女の子の心が分からないと思ったことは、二人の姉を含めて女性の多い環境に育ったためか一度だってなかった。ただ彼女の心をどうしても分かりたいと思ったことは数え切れない。

 彼女は俺を、俺と似ても似つかないあの人に重ねて、だからおとなしく抱かれているのかもしれない。
 そう思ったときから最中に彼女の声を聞くのが怖くなった。唇を自分のそれで塞ぐか、後ろからしたときならクッションに顔をうずめるのを促すか。一番よくやるのは、自分の指をくわえさせて黙らせることだ。そうすれば彼女の顔がよく見えるし、体勢に無理がない分自分にすこし余裕ができる。

 今日もまた彼女の口に、自分の指を突っ込んで犯す。自分の指の関節がその歯にときどき掠めたり引っかかるその感覚に、彼女に赦されているような気分になる。噛めばいいのに。噛んで俺の指に歯型をつけて、決して彼女は悪くないけれどその上で、罪悪感に見舞われればいいのに。
 そんな風に性格の悪いことを考えながら彼女を責め立てている反対側の指先を動かした。彼女の表情は苦しそうで、だけど僅かに快楽を拾い始めているようにも見えて、それがとても可哀想で可愛くて。びくびくと跳ねる背中や揺れる腰が、確かにいま俺で感じて欲情しているという事実を、視覚から脳に繋げている。

「……ははっ、きもちい?」
「ふ、……っう、ぁ、ぅ」
「指じゃ物足りないかなあ? きみ、俺なんかに抱かれて感じちゃう変態ちゃんなんだからさ」

 彼女が自分の顔を隠しているその手を退かせて手の甲を甘噛みしてやれば、またぴくりと肩が跳ねた。かわいそうだなあ。卑猥な音を立てる指は少し動きを緩めてあげて、代わりにより覆い被さって耳元に話しかける。
 きみを気持ちよくしてるのは俺。上も下も、今きみが今気持ちよくなってるのは俺の指。きみは、俺のもの。言葉を選びながら、けれどもあくまで脳裏に刷り込むようにストレートに言わなければ意味はない。彼女の心に爪痕を残さなければ意味がないから。

 ふいに、指に痛みが走った。そこまで強いものではないけれども、反射的に彼女の口からずるりと指を引き抜いた。酸素を大きく吸い込んで一生懸命息をする彼女は少しいつもと違う。だって指を噛むなんて今まで絶対にしなかった。俺の指に歯型なんていう分かりやすいものが残ったら、彼女が想っているあの人だってそれに気づくだろうから。そしたら俺がぽろっとこういった夜のことをほのめかして、小さく積み上げてきた彼女の想いは一気に無になるだろうから。

「……犬、飼」
「なに?」
「犬飼のこと、ちゃんと、好きなの」
「……はは、なに言ってんの?気持ちよすぎておかしくなっちゃった?」
「違う」

 彼女の中を弄んでいた指を引き抜いてそこらのシーツで適当に拭ってから、その細い手首を枕の横に押し付けた。彼女の声は聴きたいけど聴きたくない。笑顔が見たいけど見たくない。
 彼女が好きだから、あの人を想ってる彼女のことすら、本当は嫌いになんてなれない。

「じゃあ、なに? 俺がきみのことが好きだって知ってて、同情でもするつもりなの」

 自分の声が冷たくなったのが、自分自身でもよく分かる。怒りじゃなくて憎しみとかそんな大それたものでもなくて、単純に彼女の傍にいられなくなる危機感を覚えたからだ。同情なんかいらないから、これからもずっと俺から逃げられない可哀想な子でいてほしかった。

「だから、犬飼のことが好きなの」
「………なに、言ってんの」
「二宮さんに憧れてて、ずっと好きだったはずなのに。二宮さんに会いに作戦室にだって行ってたのに、……いつからか分かんないけど、犬飼と話す方が楽しく、なってて」
「は、」
「全部、犬飼のせい、なんだから」

 毛布を手繰り寄せて身体を俺の視界から遮った。きっと、話している内にだんだん恥ずかしくなったんだろうなということは、なんとなく分かった。どれだけ彼女を見てきたと思ってる、それくらいわかって当たり前だ。
 なのに、彼女の言葉を飲み込むことが、うまくできない。だって彼女の言葉がすべて真実なら、彼女と無理やり身体の関係を持ちかけて、好き勝手に抱いて恋人の真似事をして、そのとき彼女はどんな風に思っていたのだろうか。

「でも犬飼、わたしが声出すのいやみたいだったから、何も言えない、し、終わったあとは恥ずかしくて顔見れないし、本部で会っても、その、こういうの思い出しちゃって話せないから、いつも、そのままで」
「ちょっと待って、もう、いいから、黙ってて」

 ふと視界を降ろせば絶景すぎるほどにエロい好きな子の身体があって、鼓膜を震わせるのは好きな子が自分も好きという夢みたいな話で。とりあえずキスをして無理にでも黙らせてから、今度は口を塞いでやらないから、存分に啼いて喉を枯らせばいい。
 ずっと、声を聞きたいと思ってた。笑顔が見たいと思ってた。強がってたって結局は、なまえが俺を好きになってくれたらって思ってた。

「今までの分、優しくするから。今はこのまま抱かれてくれる?」

 彼女の恥ずかしそうに逸らされた瞳と、控えめに頷いたその仕草が、欲望や欲求を幸せで丸め込んで心臓を侵食した。終わったあとに、恥ずかしがる彼女に無理やり腕枕でもして、離さないと心に決めた。全部全部吐かせるまで、逃がしてなんてやらないから。




list

TOP