行為の翌朝のこいつの声はといえば、まあそれなりに酷いものだ。おはようの4文字すらも喉がガサガサにささくれて殆ど声にもならず空気をただ微かに音にしたような声で、そのことを考えてか昨晩のことを思ってかは定かではないが俺から目を逸らしてミネラルウォーターを飲むさまは、俺みたいな男にも多少の罪悪感を抱かせた。

 こいつの声帯がそこそこまともに機能するまでに回復したのは起床してから1時間ほど経ったころで、ほんとに今日休みでよかった、と小さな声で呟いて、またペットボトルを傾けていた。次の日が休みでなければ流石に加減している。そんなことはこいつも分かっていて、その上でそう言葉にしたのだ。おそらく一晩につき数回がっつく俺に対する皮肉のつもりなのだろう。それこそ、次の日が休みである限り我慢などしないから無駄なことだが。

 洗面所から戻ってきたなまえは相変わらず目を逸らしたまま、言いにくそうに口を開いた。

「匡貴、もうちょっと、こう……、さあ」
「なんだ。はっきり言え」
「……だから、その」
「優しく抱けとでも言いたいのか」
「だ……っ」

 「そういうこと大きい声で言わないでよ」などという妙に恥じらったことを、下着も身につけないままキャミソールの上からトレーナーを着ているだけの防御力に欠けた格好の奴に言われても、何の説得力も意味もない。
 こいつの服は俺がさっき洗濯機に突っ込んだからそれは俺が適当に用意した俺の服に間違いはなく、身長差を考えるともはやワンピース程度になっている。下着を穿いているのは分かっているが、それが見えそうで見えない今のような格好を見れば男は都合の良い妄想をする生き物だ。

 俺の言葉ひとつに顔を赤くするくせに、自分がそういった男の欲を煽りかねない格好をしていることには気が付かないらしい。そして当たり前だが肩幅は合っておらず、襟ぐりもそこそこ余る。座っていて足に布団がかけられている時は良いが、今のように立ってしまえば膝上20pほどまで脚が見えるものだから、自分が盛った証である赤がその肌に点々と映えるのが眺められる。それらを見た今この瞬間、所謂WムラムラするWといった感情が脳を揺らした。言い訳をするなら、適当にテレビを付けて視界の端で流していた朝のバラエティ番組に飽きるタイミングと重なったのだ。

 その肩をやんわりと押して倒せばいとも簡単にベッドに髪が散らばって、昨晩を思い起こさせる。

「匡貴?」
「なかなかシャワー行かねえし痕も見せつけてくるし、誘ってやがんのかと思ったんだが」
「そんなこ……っひゃ、う」

 太ももをするりと撫で上げれば、こいつはこいつで夜のことを思い出したのか肩が跳ね、甘く上擦った声を出した。そのまま見せ付けるように脚を持ち上げて内腿に吸い付いてやれば、感じていますと言わんばかりの声も漏れた。なんだ、おまえだってその気じゃねえか。

「まさたか、だめだって……」
「知らん」
「絶対一回とかで終わんないし」
「良さそうにするお前も悪い」
「〜〜〜ッまた声、でなくなるの、ほんとに困るからっ」

 それはお前が啼きすぎなんだと言ってやりたい気持ちが2割、自分との行為で快感を拾っているのだという安堵が2割。残りの6割は、ただの欲望で占められた。だがこいつの普段のふわふわした腑抜けた声は嫌いじゃないため、自分としてもそれが枯れるのは本意じゃない。

 とはいえ、抱きたいのも事実。ではどうするか。声を抑えるのが得意でないこいつに、では喉に負荷をかけるような声を出させなければいいか、と結論を出したのはそれなりに早かった。

「ん、……ッ?」

 下から掬い上げるようにして唇を塞げば簡単におとなしくなったこいつは、たぶんキスが好きなんだろう。特に、普段の身長差では考えられないこういう体勢のキスに弱いらしい。俺の舌の侵入を拒むこともなく、むしろ指を髪に絡ませるようにして俺の頭を抱きよせてもっとと強請る。おそらく無意識下の行動でそういった意図は無いだろうが腰にクる。
 舌を入れずに何度か角度を変えて啄めば、キスの合間で一瞬離れたときに見えた表情は、物足りず強請るような顔をしていた。男としての欲目かもしれないが、とにかくそう見えたのだから仕方ない。

 トレーナーをたくし上げ、口付けながら太ももや臍、胸へとのぼっていく。抵抗は諦めたのか、ぴくりと反応しながらも、声を手の甲で抑えていて、鼻にかかったような声が時折漏れる。繋がったときや揺さぶったときのあられもない声も好きだが、こういう声も悪くない。

 しかしこのままではこいつの顔がよく見えないということに気付いた。一度そう思ってしまったら暴きたくなるのが男のサガなのかもしれない。気付けばその手を退けて、すこし涙の滲んだ目元と、紅潮した頬を見つめていた。
 手を戻そうとするのを無視してまたキスをして、下に手を伸ばす。びくりと腰が跳ねたので唇を離した。愛撫のたびに小さく震えながら恨めしげに自分を見上げるその顔が一等好きかもしれない。支配欲か独占欲か、今彼女の脳内を占めているのは俺なのだと再確認できるからかもしれない。

「キス、して」

 惚れた女に恥ずかしそうに見上げられながらそう言われて、余裕で焦らせる男がいるなら見てみたい。しかしキスをしながらは動きにくいので、軽く唇を触れ合わせて離れてから、少し開いたままのその口に自分の指を突っ込んだ。なまえは驚き、そしてすこし苦しげに目を細めた。これはいい。キスには劣るがこいつは喉を潰さなくて済む上、俺からはこいつ自身の手で顔の半分を覆われるよりも顔がよく見える。
 なにより、自分自身の人差し指が、中指が、こいつの舌でぬるりと愛撫されている感覚は初めてだった。声を出したいのに出せないからか、それはより絡みつく。口の中の熱がだんだんと指に移っていくさまは、そして涙の伝う瞳で苦しげにこちらを見上げる姿は、ある意味身体を繋げるよりも男を欲情させるかもしれない。癖になりそうだ。

「これで、何回ヤっても構わないな」
「ん、んん、……っ、ぁ、」
「……まあ一応、加減はしてやる」

 お返しにと肌に舌を這わせてやれば、ゆるゆると腰が揺れた。その頭のてっぺんからつま先まで、つまり吐息や涙の一粒まで、そのすべてが俺を誘い煽っている。それに気付かない限りはこいつは俺を躾けることはできないんだろう。
 快楽を堪えきれないあの声を欲しがる気持ちを抑えながら、それが無くとも胸焼けしそうな甘ったるい空気の中、ひとり思った。




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