澄晴のものじゃない腕の中で、澄晴のものじゃない唇を受け入れる。澄晴とは違う瞳の色を見て、澄晴とは違う指の感触にされるがままになる。

「……おい。余計なこと考えてんじゃねえ」

 カゲはそう言って、がぶりと胸元のあたりに噛み付いた。痛いからやめてと言っても多分無駄だから、せめて意識を戻して、これ以上カゲのご機嫌を損ねないように努める。シャワーを浴びてもぼさぼさと無造作な黒髪に、そっと触れてみる。地肌をなぞるように滑らせれば、「くすぐってえからやめろ」とカゲは呟いたけれど、この「やめろ」はすぐに手を止めることを求めているんじゃないってことが分かるくらいには、もう何度もこうして夜を重ねている。

 カゲの乱暴にも思えるキスは、呼吸さえ奪い尽くすような野性をはらんでいる。わたしの舌がときどき鋭い歯に当たるたび、下ろしていた瞼を持ち上げてしまう。すると当たり前だけど視界は目にかかる黒髪をとらえて、すこし短めの睫毛をぼんやりと映した。どうやったってこの行為は、世間的に褒められたものじゃないことを思い知る瞬間。そういえばわたしと澄晴は、一昨日がちょうど1年の記念日だった。

「てめえから誘っといて、んなにアイツが気になんのかよ」
「あ、……ごめん」
「別に」

 そのうち何も考えられなくなる、と言い捨てて、そのごつごつとした手が意外すぎるほど器用に、わたしのシャツワンピースのボタンを外す。さっきシャワーを浴びたけど、カゲは下着をつけていたほうが好きらしいから、服はまたきちんと着直した。そういえば澄晴もそんなようなことを言っていた。自分が脱がせたいし、自分で脱ぐならそれはそれで見たいし、逆に脱がせないまま最後までするのもいい、とか。ということは男のロマンってやつなのかもしれない。
 まさか澄晴と考え方が同じだなんてことを知ったら、カゲはきっと不機嫌どころじゃなくなるから、絶対に秘密だけど。

「……声おさえんな」
「っ、ぅ、……っん、……」
「ちっ」

 この身体を触れ合わせて重ねて繋がる行為は、生産性のないものだ。薄っぺらいゴム一枚で、意味も何もない、ただ欲をぶつけるだけの行為になる。つまり、その相手が金髪だろうが黒髪だろうが、笑って欲情していようが眉間に皺を寄せて快楽に耐えていようが、彼氏だろうが友達だろうが、行き着く先はただのお遊び。そう言い聞かせないと、身体が壊れるほどの快感と心臓が割れるほどの罪悪感で、わたしごと無くなってしまうのだ。

「アイツのことなんざ忘れとけ。アイツだって今頃、他の女とよろしくやってんだ」
「あ、ぁ、や………っ」
「っ、今の、そんなに良かったかよ」

 繋がった部分はまるで溶けそうなくらい熱いのに、指先はとても冷たい。カゲ、カゲ。その広い身体を引き寄せて名前を呼べば、キスをねだっていると取ったのか、より深くに熱の猛りが押し込まれて、そのまま唇を塞がれた。息苦しくて、気持ちよくて、泣きそうで。色んな感情がぐちゃぐちゃになっていくその頭の片隅で、一度だけ澄晴の名前を呼んだ。きっとカゲは気付いているだろうけど、わたしを咎めることはなかった。

「てめーが何を思っていようが、俺には関係ねえ。黙って俺のそばにいろ」

 どこにも逃しきれない気持ち良さと、愛されているという幸福感。そして、それを許さないとでも言うように、頭にちらつく青い瞳と金髪に、いつも向けられている食えない笑顔。

───アイツだって今頃、他の女とよろしくやってんだ。

 さっきのカゲの言葉が、どろどろに溶けた脳の端っこで響く。澄晴はわたしではない女の子と手を繋いで、キスをして、甘い言葉を吐いて、優しく触れているんだろう。そんなことは分かってる。なのに別れられなくて、でもやっぱり寂しくて、こうして友達であるカゲにつけ込んで、抱かれて、気持ちよくなって、確かに満たされて、その上で、心の何処かでは、澄晴がわたしを失うことを恐れたら、またわたしを求めてくれるんじゃないかと思ってる。最低な女だと思う。思うけれど、やめられない。

 カゲがわたしの耳にゆるく噛み付いた。きっとまた別のことを考えているのがばれたんだろうな。カゲにわたしの感情がどんな風に刺さっているのかは分からないけど、こうして意識を逸らすたび、それを引き戻すみたいなカゲの行動は、わかりやすく好意が伝わって好きだ。わたしは浅はかな女だから、自分を好いてくれるカゲの存在はとても貴重で、噛まれた耳はちょっと痛いけれど、それでもちょっと嬉しくて、広い背中に手を回して、背骨のあたりをなぞった。カゲはこれがなかなか興奮するらしい。こんなことまで分かるほど、お互い色々なことを知り合っているはずなのに、恋人同士ではない。わたしが求めているのは、この黒髪ではなくて。わたしが欲しいものは、このぎらりとした獣の瞳ではなくて。わたしが好きなのはたぶん、この人ではなくて。

 一度は達して、けれどもまだ息遣いの溶ける空間に、ヴーッ、とバイブ音が響いた。自分のスマートフォンだとわたしが判断するより前に、カゲがベッドサイドのソレに手を伸ばした。そしてディスプレイを一瞥して、チッと舌打ちをひとつ。

「カゲ……?」
「……良かったなァ。『一昨日の埋め合わせに、明日会えない?』だってよ」
「え、」
「まあ、行かせねえけど」

 カゲは再びわたしに覆い被さり、首や喉にくちびるを寄せた。でも、わたしは知っている。たとえば、隠しようのないところに思い切り痕をつけてしまえば、わたしは澄晴と会うことはできないのに、それをしないこと。めちゃくちゃに酷い抱き方をしてしまえば、わたしは此処にしばらく居ることになるのは想像できるのに、それもしないこと。カゲは最後の最後で、わたしに委ねるのだということ。嫌というほど知っている。優しいのだ。カゲを好きになれば良かったって、そう思うこの感情は、どんな風に彼の肌に刺さり、どんな気持ちにさせているんだろう。

 金色の瞳に、金色の髪を重ねて思い出す。好きになること、好きだと思ってもらうこと、好きで居続けること、好きを貰い続けること。どれもがぐちゃぐちゃに絡まったわたしとカゲと澄晴は、どうしたら幸せになれるのだろうか。




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