鳴海弦という人物の性格を周囲の人々に聞けば、大雑把や面倒くさがり、浪費家といった言葉が思い浮かぶだろう。それぐらい彼の私生活はだらしない。そこだけ見ればとても日本最強であるとは思えないけれど、戦場で見せる姿は紛れもなく一騎当千そのものなのだから本当に同じ人物なのかと目を疑う人も少なくない。

 数多の欠点も圧倒的な強さで覆す彼を尊敬している隊員は多く、私もその一人だ。同期とはいえ雲の上の存在だったのに、そんな鳴海に頬を染めて告白されて「ボクのものになってくれ」などと言われたらつい頷いてしまうのも仕方ないと思う。

 何せ、彼の三大欲求はゲームとプラモデルと怪獣殲滅だと思っていたぐらいには恋愛や性欲のイメージが無かった。恋人になってからそれを伝えると「ボクを何だと思ってるんだ」と口を尖らせられたけれど、はたから見たゲームオタクだったり片付けが下手だったり我儘だったりという戦闘時以外の印象すぎて、それらが中学生男子のような振る舞いだから恋人という存在が鳴海にできることは想像できなかった。

 何が言いたいかと言うと、私は二人きりでいる時の恋人の顔をする鳴海弦に、未だに慣れない。

「……っん、……ふ、なるみ、」
「ボクの名前、ん、ちゃんと呼んで」
「ん、ぅ……ン……っ」

 ちゅ、くちゅ、と舌先が触れ合う水音がするたび、ぞくぞくと痺れが駆け上がる感覚を背骨で感じる。キスをしながら鳴海の指先が耳をくすぐったり頸をなぞったりする感覚に喉が震えて、鼻から抜けるような声を出してしまう。

 口内でうごめく舌もキスをしながら体に触れる手も、鳴海は驚くほど丁寧だった。付き合ってすぐにキスをした時、唇を味わうみたいに啄まれては離れて、何度も何度も唇を重ねた。その仕草があまりに優しくて戸惑って、つい頭がぼーっとするまでキスをされ続けたのは記憶に新しい。

 専用武器を自在に扱う無骨なはずの手が、ゲームにばかりご執心なはずの指が、まるで壊れ物を扱うかのように私の身体にそっと触れる。いつだったか、私も防衛隊員でそれなりに鍛えてるんだからもっと雑に触れても大丈夫だと言ったら「キミは何も分かってない」と叱られたのでそれ以降は何も言わないことにしている。

 鳴海が優しいのは今みたいなキスとハグだけの時間に限らず、もちろん夜の行為の時だってそうだ。優しく優しく肌を撫でられたり身体の隅々までキスをされたり、とろとろになるまで指で溶かされたりと、丁寧すぎて逆に泣かされてしまうほど時間をかけられる前戯。そして繋がってからも常にこちらを気遣って時々動きを止めては、私が気持ちいいようにとゆっくり絶頂の波が高められていくような律動。

 普段のだらしない彼とも戦闘時の鳴海隊長としての姿とも違う、恋人の私だけに見せてくれる鳴海弦なのだと思うと、いつも堪らなくなってしまう。

「……何を考えてる?」

 長いキスが終わって一息つくと少し不機嫌そうな声が降ってきた。目線を上げれば紅色の瞳とかち合う。「鳴海のことだよ」と返せば「名前で呼べって言ってるだろう」と微妙に逸れた言葉が返ってきた。

「で? ボクのことを考えていたって割には集中できてなかったじゃないか」

 鳴海が親指の腹でわたしの下唇をゆるゆるとなぞる。白状しろと言外に訴えるその目は拗ねたような色を含んでいて、どんな巨大な怪獣も倒してしまう誰よりも強い男が、私の一挙一動に心を砕いていると思うと胸が締め付けられる。

「弦ってめちゃくちゃマイペースだよね」
「失礼な。他人に流されない生き方をしていると言ってくれ」
「あと超面倒くさがり」
「この間の会議にはちゃんと出席した」
「長谷川副隊長に引き摺られていっただけでしょ」
「……経緯なんかどうでもいいだろう。出席したという結果が全てだ」

 鳴海の額がわたしの肩にぐりぐりと押しつけられるもののそれも猫か何かの小動物が甘えてくる時ぐらいの力加減で、そっと頭を撫でてみると抱きしめられたけどそれだって随分と儚い力だ。もはや腰に手が添えられたと言ってもいいぐらいの淡い触れ方。

「──なのに、私にはすごい丁寧に触ってくれるよね」

 ぴたり。彼の甘えた仕草が呼吸も併せて一瞬止まり、それから私の肩に頭を預けたままじとりと怪訝そうな顔で見上げられた。呆れたようにも見えるその表情の意味を考えていると、彼が擦り寄る仕草を再開したので顔は見えなくなったけれど、すぐそばに見える耳が赤い。

「……、………だろ」
「……え?」
「ボクはキミが好きなんだ。優しくして当たり前だろ」

 素直な愛の告白に驚いて固まる私に、鳴海は少し赤くなった顔を上げてこちらの頬に手を添えてそっと唇を塞いだ。これ以上喋るなという意図だろうか。キスを受け止めながら彼の背中に手を回して服越しに肌をなぞってみる。スーツを着た時に強調される背骨のラインが特に好きだ。出撃準備の時にもつい見てしまう。

 この国の防衛のために鍛えられ引き締まった身体。普段ゲームばかりのインドアな姿を見ているからこそ感じるギャップだろうか、私は鳴海の身体にとてつもない魅力を感じていて、抱き合った時にもこの広い背中にしがみつくのが好きだ。

「おい。今日はあと20分後には模擬演習が始まるだろう」
「へ、あぁ、うん?」
「……時間がなくて抱けないのに、やらしい触り方をするな」

 襲いたくなる、と耳元で囁くその声はいつもより低く深く掠れていて、わたしの鼓膜にぞくりと甘い痺れをもたらした。傍若無人で我儘でマイペースな我が隊長は、会議だの会談だのという重要なことはあっさりとすっぽかすくせに、私のこの後の訓練を気にかけてくれているらしい。今の場合、気にかけているのは隊のスケジュールというよりあくまで私自身のことなんだろうと思うと、また頬が緩んだ。

「夜、また会いに来るね」
「……夜と言わず、演習が終わったら来い」

 隊長命令だ、と甘い声で言うその喉にキスを落とした。隊長様の仰せのままに、と恭しく答えてみると「礼儀は求めない。結果で示してくれよ」とお決まりの台詞とともに微笑まれた。




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