この第3部隊の副隊長は仕事ができて愛想もよくて頼り甲斐もある、完璧な男だ。だから女性隊員からの人気も高くて、その彼女が自分だとはとても公表できなくて周りには内緒にしている。
 私なんかが付き合えたことを奇跡だと思うべきなんだろうけどなかなかそうと割り切ることもできず、いつも嫉妬しては少しだけ暗い気持ちになるのを隠している。

「市川くんって彼女いる?」
「……いませんけど」
「え、意外。彼女いたことはある?」
「まあ、一応」
「だよね。モテそうだもんねー」
「何の話ですか急に」

 報告書を書こうにも寮の自分の部屋じゃなかなか集中できなくて、さっさと終わらせようと思って資料室へ行けば最近入った新人達の中でも有望株の一人である市川レノくんが資料室にいた。
 歳はたぶん8歳ぐらい下だった気がするけどせっかくなので恋愛のアドバイスを求めるため「彼女いた時、他の男と喋ってたら嫉妬してた?」と聞いてみるとW何故そんなことを聞くんだWという顔をされた。

「今の彼氏に嫉妬とかされたことないんだよね。不安になっちゃってさ」

 そう言うと、少し考えて渋々答えてくれた。たぶん私が先輩だからだろうと思う。噂で聞いた通り、律儀で真面目な性格だ。

「俺は喋るぐらいじゃそこまで気にしないです」
「そうなんだ。どのレベルだと心配?」
「まぁ…、二人きりとか、名前で呼んでたりとかじゃないですか」
「なるほど…」

 二人きり。名前呼び。どちらもあまりしたことがないので、嫉妬されないのも無理はないのかもしれない。
 「じゃあ市川くんのこと次からレノくんって呼んでみようかな」と茶化して言ったら眉を顰められ「馬に蹴られたくないんでやめてください」と言われたので笑っていると、ふいに静かな資料室によく通る声がした。

「楽しそうやなぁ」

 関西弁とその声で思い当たる人物は一人しかいない。それが分かった上で驚いて振り返ると、開いたドアに寄りかかる宗四郎がいた。

 「副隊長、お疲れ様です」と市川くんがすぐさま挨拶をしたけれど、私は宗四郎の目が笑っていないことに気付いてしまったのでうまく返事ができなかった。

「お疲れ。もう資料室の用事は済んだやんな?」
「……本当は済んでませんけど、馬に蹴られたくないんで今日は戻ります」
「はは、すまんなぁ」

 市川くんが出て行って二人きりになり、なんとなく焦る私をよそに無情にもドアが閉まって内鍵がかけられた。表情はそこまでなのに、どこからどう見ても不機嫌ですという雰囲気を隠しもしない宗四郎がこちらに近付いてくるので、とりあえず沈黙を打ち破るために「お疲れ様です…」と呟いた。けれど、笑みが深まるだけだった。

「市川クンと何喋ってたん?」
「あ、えっと、……恋愛相談的な……?」
「ほぉ」

 この反応、絶対に聴こえていただろうにわざわざ聞いてくる辺り、もしかして結構お怒りだろうか。かと言って理由もよく分かってないのでどうしようもない。

「彼氏に嫉妬されたことないねんて?」

 有無を言わせない雰囲気で私に近づいて、私の向かいの席に腰掛けた。細いテーブルだから顔を覗き込まれるとものすごく近い。その彼氏様に詰め寄られて首を縦にも横にも振れないまま、「だっていつも余裕そうだし……」と言い訳みたいな言葉をどうにか紡いだ。なんで私が悪いことをしたみたいになっているのかは謎だけど、きっと彼の地雷を踏んだりしたらまずいということだけは分かるので素直に従う。

「僕以外の男と喋らんとってほしい」
「え?」

 不意に溢れた言葉にぽかんとしていると、宗四郎は尚も続けた。

「僕以外の男に笑う必要ない」

「二人きりとかあり得んわ。しかもこんな時間にこんなとこで」

「あとは? 名前呼びやった? もしそんな奴おったら訓練でちょっとキツめに当たるかもしれんから、そいつのためにもそない軽はずみなこと許さん方がええよ」

 一つ一つの言葉に口を挟む暇もなく、次々に言葉がやってくる。凄むような笑顔はなくなったけれど代わりに悪戯に笑って、テーブルに置いていた私の手を取って指を絡めた。

「これでええ?」

 宗四郎は私に微笑んで、細く長い指で私の指をゆるゆるとなぞる。その仕草がなんだかいやらしくて居た堪れない。夜だから?
 とにかく離してほしくて手を引いてみるものの逃してはくれない。宗四郎の随分と重い筈の言葉があまりにもつらつらとテンポ良く並べられて、結局いつも通り私だけが必死になっているのがなんだか悔しくて。

「……えっと、宗四郎」
「ん?」
「私のこと、結構好きだったりする……?」

 どう言葉を返せば良いか分からなくて軽い気持ちでそう言えば、細められていた目がゆるりと開いて赤い瞳と視線がかち合った。

───これはもしかして、言ってはいけなかったのかもしれない。

「……どうやろなぁ。今ので分からへんのやったら、僕の部屋で朝まで時間かけて、ゆっくり教えたるわ」

 「きみ明日オフやもんな」と言葉を続けた宗四郎は笑って立ち上がって、有無を言わさない様子で私の腕を引いた。腕を引かれて彼の部屋へと向かうその背中を見つめながら、もしかしなくても地雷を踏み抜いたらしいとは思ったけれど、私にはどうすることもできなかった。
 今夜はなかなか眠らせてもらえそうにないし、場合によっては明日は午前中ぐらいは丸々潰れそうだ。




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