初めて告白したのは3年くらい前のこと。入隊して一年が経った頃、Wいつ何が起きても不思議じゃないから後悔したくなくてWという前置きとともに「好きです」と伝えた。

「……気持ちは嬉しいんやけど、ごめんな」

 そんな常套句をもって、私は優しくもあっけなく振られた。

 後から周りに聞いた話では、保科副隊長には恋人がいたという。その人は副隊長の同期で防衛隊員で、だけど怪獣との戦闘で亡くなってしまったということも噂で聞いた。長い黒髪が印象的な、綺麗な人だったらしい。
 今は亡き恋人になんて勝てるわけない。それは理解したけれど近くにいたらまた焦がれてしまいそうで、悩みに悩んだ末に第1部隊への異動を志願した。鎖骨のあたりで切り揃えた自分の髪を指先で摘んだ。

 ただでさえ第1部隊と第3部隊はお世辞にも仲が良いとは言えない関係性で防衛のエリアが被ることもないから、第3部隊の人と会うことはそう無い。そもそも平隊員である自分は、他部者のしかも副隊長になんて接点はないけれど。

 そうして実力主義の第1部隊でどうにか生き残ってその3年後の今、再び第3部隊に戻ってきた。いくら犬猿の仲とはいえ、得意戦術や武器火力など編成による異動はあり得る話で、久しぶりの立川基地は新鮮だった。そして久しぶりに保科副隊長に会って、ああやっぱり好きだなあと思って。3年も離れてたのに全然諦められてないことに苦笑した。

 日々強大になる怪獣の脅威を考えたらやっぱり後悔だけはしたくなくて「今でも、好きです」と3年ぶりに伝えてみた。「お伝えしたかっただけなので」と、前回と違ってきちんと弁えた態度で締めて、この話は終わり。──そのはずだった。

「……えらい一途やな。そないに僕のことが好きなん?」
「え、……はい。好きです」
「……僕こう見えて忙しいから、あんま構ってあげられへんけど。それでもええんやったら、付き合うてみよか」
「………え?」

 保科副隊長から言われた言葉はすぐには理解できず、返事をするまでずいぶんかかった。というか混乱してまともな返答もできないまま、気付いたら恋人同士という関係になっていた。

 隊員には秘密にしようと言う副隊長の案にはもちろん頷いた。保科副隊長に憧れる人は多いからというのもあるし何より、なんとなく付き合ってくれただけのようなこの関係がどこまで続くのかがうっすらと不安だというのもあったから。

 告白の時の言葉通り、副隊長は忙しいからオフ自体が少ないし、二人でいられる時間なんて限られている。だけど小隊長補佐として異動してきた私は書類仕事なんかでよく副隊長室を訪れるようになったから、その時に来客用ソファに隣同士で座った時に手を繋いでもらったり、少しだけ抱きしめてもらったりした。

 逆にそれ以上の触れ合いを私から望むなんてことはしない。キスもその先もあり得ないこと。だって保科副隊長は今も亡くなってしまった恋人を愛しているのだと、ふと鏡で自分を見た時に気付いてしまった。あの時は鎖骨までしかなかった私の髪は、図らずもこの3年間でポニーテールが簡単にできるくらいには伸びていたから。

「……なぁ、どないしたん」
「……あ、すみません、」
「さっきから上の空やな。疲れとんのやろ」
「だ、大丈夫です」
「あかん。今日はもう戻って休んどき」

 せっかく二人でいられる貴重な時間なのにとは言えず、退室を促されるままに立ち上がる。今日は手を繋ぐことも抱きしめられることもなかった。当たり前だ。前回たまたまそういう気分だっただけ。そもそも副隊長にとってはこの時間は貴重でも特別でもないんだから、私といるより早めに一人になった方が楽なのかもしれない。

 そんな風にほんの少し沈んだ気持ちになった私の頭に、ふわりと乗せられた手のひら。

「おやすみ」
「……はい。おやすみなさい」

 あれこれモヤモヤと悩んでいた癖にたったこれだけで嬉しくなってしまうのだから、恋というのはどうしようもないなと思った。



「よ。元気にしてるか、裏切り者」
「鳴海隊長……!? お久しぶりです、え、なんでこっちに……!?」

 ある日、廊下で声をかけられて振り向くとかつての上司が立っていて、あまりに驚きすぎて反応が遅れた。鳴海隊長が第3部隊に来ることなんて珍しすぎる事態だ。亜白隊長が第1部隊に赴くことはあっても逆はあまりない。裏切り者、というその言葉が本気でないことぐらい分かるので、あまり変わらないぶっきらぼうな上司につい笑みが溢れる。

「鳴海隊長もお忙しいと思いますが、お元気そうで何よりです」
「フン、ボクぐらいになると任務とゲームの両立ぐらい訳ないんだよ」
「あ、そういえば私この間ようやくシルバーに上がりました」
「遅い、早くゴールドまで上げろ」

 弟に付き合って多少ゲームをやっていたのを隊長に知られ、本当に時々ではあるけれどオンラインで一緒にゲームをするようになった。任務ではあんなに格好いいのに普段は子どもみたいな一面があって、亜白隊長や保科副隊長とはまた違ったカリスマ性だなと思う。

「……?」
「? どうしました?」
「いや。お前、こんなに髪が長かったか?」
「あ、そうなんです。気付いたら結構伸びてて」

 第3部隊にいた頃は毎日ずっと髪を後ろで結んでいた。それに特に深い意味はなかったし今も訓練や任務では同じように髪を結んでいるけれど、それ以外では髪を下ろすようにしている。副隊長に少しだけでも意識してもらえたらという、幼稚な下心だけど。

「……今更だが、髪型が変わると雰囲気が変わるもんだな」

 鳴海隊長が手を伸ばし、その指先が私の髪に触れる寸前。体が後ろに引かれて背中が何かにぶつかった。「げっ」と鳴海隊長がとんでもなく嫌そうに顔を顰めるのと同じタイミングで反射的に後ろを振り向くと、保科副隊長が私の肩を抱いていた。

「鳴海隊長、ウチの隊員苛めんといてくださいよ」
「苛めてないし、そもそもそいつはウチのでもあるだろうが」
「まァこないだまではそうでしょうけど、今は僕のなんで」
「……オイ、そこの糸目オカッパが嫌になったら、いつでもボクの隊に戻って来るといい」

 鳴海隊長はそう言って去っていった。鳴海隊長が角を曲がったあたりで長谷川副隊長のちょっとした怒声が聞こえたので、会議か何かをサボっていたのかもしれない。

「……鳴海隊長と何話してたん?」
「え?」
「えらい楽しそうやったやん」

 保科副隊長の赤い瞳がちらりと見えて、なんとなくあまり機嫌が良くないんだろうということは分かった。それは分かったけれど要因までは分からなくて、ただ元上司相手とはいえ犬猿の仲と言われている部隊の隊長と盛り上がっていたのが気に障ったのかもしれない。
 この感じだとゲームをしていたことは知られない方が良いかもと判断して少し考えたのち、「髪が伸びたって話をしてて」となんとか答えた。

「……そんなん、僕も」
「……?」
「綺麗な髪やて、僕もずっと思っとった」

 保科副隊長の声が、纏う温度が、どこかいつもと違う。綺麗っていうのは、本当に純粋にそう思ったのかな。それとも、あの人と同じ長い髪だから?
 それが何かを突き止める勇気はなくて、だけどどちらの意味であってもストレートに伝えられた言葉に熱くなる顔をなんとか誤魔化して、「ありがとうございます」と呟いた。



 保科副隊長はあの日から少しだけ、ほんの少しだけ視線が優しくなった気がする。相変わらず恋人らしいスキンシップは手を繋いだりハグをしたりと変わらないけど、例えばそれが恋人繋ぎになったり、抱きしめられた時に擦り寄るみたいな仕草をすることがあったり、そこだけを切り取ればまるで本当の恋人同士みたいだ。

 きっとすぐにダメになる関係だと思ったのに気がつけばお付き合いを始めてからもうすぐ1年が経とうとしていて、思いのほか続いてしまっていることに対して戸惑いと、抑えきれない嬉しさがあった。もしかしたら保科副隊長がいつか自分を好きになってくれるかもしれない、なんて呑気なことを考えていた。

 
 そうして迎えた記念日当日。覚えているのはきっと自分だけだろうと思うけれど、何もなくていいからただ今日という日に一目会いたくて、当日の朝一番に副隊長室へと向かった。けれどそこに保科副隊長はいなくて、こんなことなら事前に予定を聞いておけば良かったなんて思いながら廊下を歩いていると、向かいから亜白隊長がやってきた。

「隊長、おはようございます!」
「おはよう。……保科なら、今日は午前休みを取っているぞ」
「え、あ、そうでしたか」

 私の来た道から行き先だった場所を察したのか、亜白隊長はそう言った。少々ワーカホリック気味な保科副隊長がわざわざ休みを取るということは元々予定が入っていたのだろうし仕方ない。午後に会えたらいいなと思っていると、亜白隊長が窓の外をぼんやりと見ながら「もうそんな時期か」と呟いた。

「時期?」
「……今日は、あの人の命日なんだ」
「───え……」
 
 どくん、と心臓が鈍く鼓動した。あの人、としか言っていないのに何故か、それが何を意味するのかを知ってしまった。亜白隊長の言葉から察するに、きっと毎年行っているんだろう。保科副隊長は今もずっとその人のことを想いながら生きている。
 私も両親を亡くしているから、命日には手を合わせに行く。だから分かる。保科副隊長にとってその人は今も、それこそ家族みたいに大切な人なんだろう。

「すまない、朝から気持ちのいい話ではなかったな」
「い、いえ……! 大丈夫です、失礼します」

 亜白隊長に頭を下げて自室へ向かう。いつか好きになってもらえるかもなんて、私は随分と馬鹿だったみたいだ。私の告白を受け入れてみたのはきっと気まぐれだとか髪が伸びてなんとなく雰囲気が似ていたからだとか、もしくは命日にその人のことを思い出して、人恋しさを紛れさせるのにちょうど良かったとか。
 私にキスの一つもしないのは、やっぱりその人じゃないとダメなんだってことだ。

 その後は訓練で汗を流して、同期に手合わせをお願いして何も考えなくて良いくらい没頭した。今日、午後の訓練も全部終わったら、お別れしよう。一年も夢を見させてもらっただけで十分だ。


 訓練を終えた後、『少しだけ会えますか』とメッセージを送ると、ほどなくして『おいで』と返信が届いた。このやりとりも何回目だろう。画面をスクロールして過去のメッセージを見返すと、会いに行っていいかという私からの連絡に副隊長のイエスかノーかの返信が時々ある程度。だけど、なんだかそれすらも幸せな日々だったと思う。

 時刻は21時前で、緊急時に備えて常に夜勤の隊員はいるけど基本的に自室で待機しているし、あとはトレーニングルームで自主トレをしている人がいる程度なので、基地はとても静かだ。ノックをして名乗ると「どーぞ」と柔らかい声が返ってきた。

「お疲れさまです」
「ん、お疲れ。ココアでええ?」
「あ、今日は、大丈夫です」

 いつもならソファに座って、保科副隊長が淹れてくださったお茶やココアを飲んで、他愛のない話をしながら過ごすけれど。今日は伝えなければいけないことがあって、だからソファに座るよう促されても、ドアの前に立ったまま動けなかった。だっていつもみたいにすぐ側で微笑まれたらきっと言えない。いつも拳ひとつ分開けて座る保科副隊長との距離がもしかしたらいつか縮まるかもなんて、そんな馬鹿なことを考えてしまうから。

「あの、今まで、すみませんでした」
「……どないしたん。謝られるようなこと、された覚えないんやけど」

 私の脈絡のない謝罪の言葉に、そして軽く下げた頭に、保科副隊長は微かに驚きながらも優しく言葉をかけた。静かな困惑を混ぜたような声は、深閑としたこの部屋にぽとりと落ちるようにして響いた。

「別れて、ください」
「……は?」
「自分勝手ですみません」
「ッ待って。なぁ、なんで?」
「………」

 なんで、と理由を聞かれたら少し困ってしまう。気持ちが冷めた? 他に好きな人ができた? 世の恋人が関係を終わらせる時の主な理由はどれも当てはまらなくて、だけどそれでも一緒にいられないと思うから別れたいのに、どうして引き止めたりするんだろう。
 保科副隊長に掴まれた腕が熱い。きっと私の体温のせいだ。帰ろうとする私を引き止めるように触れられて、それが嬉しいのに切なくて、言わないでおこうと思っていた言葉が思わず溢れた。

「すきなんです」

 私の腕を掴んでいた手がほんの一瞬だけ揺れた。こんな風に動揺するなんて、今日はいつも飄々としているこの人の意外な一面を見てばかりだ。

「だから、」
「僕も」
「……?」
「僕も、好きや」
「……え……」

 私が保科副隊長に好きと言ったのはこれが3回目だった。1回目も2回目も、「好き」は私だけが持っている感情だった。それなのに初めて好きと言われて、呼吸を忘れた。

「実は亜白隊長が、きみに余計なこと言うたかもしれへんて僕に言いに来はってん」
「え、あ」
「なあ。……僕の彼女は、きみ一人や」

 懇願するような言葉と共に、おそるおそる抱き寄せられた。いつもと違うのは私が腕を回さないことと、保科副隊長の腕にだんだんと力が込められて隙間なく抱き締められていることで、ずいぶんと速い鼓動を感じていること。

「今日、命日やから墓参りに行ったんはほんまやけど。そもそもあの子は幼馴染ゆうだけで付き合うてへんし、墓参りもきみが想像してるような理由やない」
「え、……でも」
「どうしても買いたい物あったから休み取って、そのついでに寄っただけや」

 そう言って体を離すと、保科副隊長はデスクの引き出しから小さな紙袋を取り出して、それを私に差し出した。

「……今日で、一年やろ」
「覚えて、たんですか……?」
「言い訳やけど、最近バタバタしとって昨日気付いて、慌てて半休取ってん。……やから正直、選ぶ時間はそない無かってんけど。その、頑張ってきみに似合いそうなやつ探したから」

 手渡された水色の紙袋の中を見ると、同じ色の箱が入っていた。箱にあしらわれた白いリボンには有名なジュエリーブランドのロゴが入っていて、何が何だか分からなくて固まっていると、目の前の人の手によってその箱が開けられた。中に入っていたのは一粒のダイヤモンドが上品に光るネックレスで、驚きすぎて声も出ない。

「……こんなん渡してから言うん、なんやモノで釣るみたいでめちゃくちゃダサいって分かってんねんけど。僕は別れたない」
「私で、いいんですか」
「うん。きみがええ」
「……髪の毛、いつか短くするかもしれませんよ」
「髪……? ……え、あー、そういうことか」

 ネックレスが入った箱が紙袋に戻されて、そして保科副隊長の指がそっと私の髪に触れる。

「髪が長なったからとか関係ないで。……告白断ったくせにその後から気になって、第1に異動した後も気が気やなかった」

 「まあ、長いの似合っとるしかわええけど」と零しながら指先で遊ばせていた髪を耳にかけた。耳朶に触れた指に、どこか甘くてもどかしい空気にさせられて困ってしまう。

「……やっぱり信じられへん?」
「それは、だって、……この一年なにも、無かったから」
「……きみが前言うてたみたいに、防衛隊はいつ何が起こってもおかしない仕事や。今まで、何人も見送って来たからな」
「………」
「きみが大事なもんになりすぎたら万が一のことがあったら立ち直れへんと思って、ずっと我慢しとってん。……けど、やからこそ後悔せんようにするべきやてようやく分かったわ」

 保科副隊長が私の顔を覗き込むようにして近付いた。ええかな、と掠れた声で囁かれて顔に熱がこもる。鼻先が触れそうな距離に耐えかねて目を伏せるとそれを了承と捉えたのか、そっと唇が重なった。

「ん、……ぅ、ん」

 何度か触れるだけのキスが続いてそれだけでも心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのに、わざとリップ音を鳴らしたり唇を食まれたりするので恥ずかしさで上手く息ができなくて、紙袋を待っていない方の手で保科副隊長の服にしがみついた。

「……あかん。そろそろ帰さな、止めれんようになる」

 独り言のような言葉に思わず見上げると保科副隊長は口元を隠していて、それでも顔が赤いのは分かる。あまりにレアな姿に釘付けになっていると「第1の奴らに──特に鳴海隊長とかに、その隙だらけな顔見せてへんやろな」と恨めしそうに言われて、私はそこでようやく、あの日私の髪を褒めてくれたのは鳴海隊長への嫉妬だったのかもしれないと思い至った。




 後日、私の携帯に鳴海隊長からオンラインゲームのお誘いメッセージが届いたことが通知でバレて、第1部隊にいた頃のことを根掘り葉掘り聞かれることになるなんて、この時の私は知る由もなかった。





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