危ないところを助けてもらった上に何の当てもなかった私を拾って船に乗せてくれた時から、キャプテンは私にとって特別な人だった。
 クールに見えて本当は優しくて仲間思いで、宴だなんだってみんなが騒いでる時その輪には混ざらないけれど、船員たちの笑顔を見るその目はいつも優しくて。表情には現れないけれど、ギャップというかそういう意外な一面を見るたびに目が離せなくなって、気付いたら好きになっていた。

 誰にも言わずに墓まで持っていった方がいいのは分かっていた。だけどキャプテンは時々どこかに消えてしまいそうな空気を纏うことがあって、その嫌な感覚を拭えないままに王下七武海に入ったキャプテンは今までよりずっとその名を轟かせた。

 そこからも私の不安は積もり続けて、ついにW単独でパンクハザードへ行くからお前たちはゾウを目指せWという作戦を告げられたとき、もしかしてこのまま会えない可能性があるんじゃないかと思った。

 会えないかもしれないから伝えておきたかったんじゃない。
 もし、ほんの少しでも私を大切に思ってくれたら、私を置いて死ぬことを心残りだと思ってくれたら。

 なんて、自分にそこまでの価値は無いと分かっていたけど、すごく強い筈なのにどうしてか儚いキャプテンを繋ぎ止める何かになりたかった。




「キャプテンのことが、好きです」

 読んでいた本から目を離して私を見た。今のは驚いただけだとしても、大事な話はちゃんと目を見て聞いてくれる。そんなところも好きだった。

「……悪いが、お前のことは船員以上には見られねェ」

 ほぼ予想通りの答え。下手に期待させるようなことはせずに端的に、だけどなるべくやんわりとした言葉を選んでくれる。こういう、身内にはなんだかんだ甘いところも好きだ。

 ああ、絶対に叶わないのにキャプテンの好きなところばっかり見つけちゃうの、駄目だなあ。
 目頭が熱くなって目の端に涙が溜まったのを、瞬きしてなんとか堪える。キャプテンは少し目を見開いていたのできっとばれているだろう。

「困らせてごめんなさい。聞いてくれてありがとうございます」
「……、いや」
「ほんとに、伝えたかっただけなんです。これからもハートの海賊団の一員として精進します!」
「……ああ。よろしく頼む」

 言う前から分かっていたのだ。あまりにもあっさりと断られたのでちょっとだけ、ほんのちょっとだけ悲しかっただけ。
 キャプテンには申し訳ないことをしたけれど、それでも船を降りろとは言わなかった。相変わらず優しい。ああもう好き、大好き。だめだ、忘れないと。特別で大切でキャプテンが、大切な船員の一人だと思ってくれているのならそれでいいじゃないか。

「キャプテン、私すっぱり諦めてこれからもキャプテンの役に立つって約束するので、一つだけ我儘聞いてもらってもいいですか?」
「……言ってみろ」
「生きて帰ってきて、また私の作ったおにぎりを食べてほしいです」
「!」
「みんなで、待ってますから」

 さて、その言葉のあたりでいよいよ涙の膜が分厚く重くなってきたので、失礼しますと退室の言葉をどうにか口にしてから、私はくるりと反転して船長室を後にした。
 あーあ、振られちゃったな。でもすっきりした。失恋は辛いけど、キャプテンを好きにならなきゃ良かったなんて思ったことは一度もない。だからまた素敵な人に出会って恋ができたらいいな。

 出会いを求めるならやっぱり綺麗にならなきゃね。海賊としても、綺麗でいたって損することはないだろうし。むしろ今だってにこにこお話すれば買い出しの時に割引してくれたりとか、愛想の良い女を演じればリターンはあるのだ。男は度胸、女は愛嬌なんて言葉もある。私も戦闘員だから愛嬌だけじゃ生きていけないけど、でも相手に好感を持ってもらえたらきっとハートのみんなの役にも立てる。

 まずはちょっとサボり気味だったお肌のケアとヘアアレンジからかなあ。その日は女部屋に戻ってイッカクに美容について相談したら経緯を聞かれて、キャプテンを好きだったこと、告白して振られたこと、新しい恋をするために自分磨きをすることを話した。親身になって聞いてくれるものだから泣きそうになって、優しく慰められてまた涙が溢れてを繰り返したけれど、起きた時にはすっきりした気持ちだった。

 次の日から、今までより少しだけ早起きをして朝のお肌のケアをした。そして髪型も少し時間を使って整えてみた。船のみんなからは好評で、ペンギンやシャチに雰囲気変わったな、似合ってる、なんて言葉をもらって素直に嬉しい。

「キャプテン、おはようございます! 今日はちょっとゆっくりですね」
「……、ああ」
「……? もう少し寝るなら、後で部屋におにぎり届けますよ?」
「いや、……今食う」
「アイアイ、準備しますね!」

 なるべく気まずさを感じさせないようにいつも通り目を合わせて笑顔で挨拶をした。キャプテンはもともと寝起きはあまり良くないから朝から超ご機嫌! なんて日の方が珍しいぐらいだけど、今日は不機嫌どころか一瞬フリーズしたまである。疲れが溜まってるのかな、そんな中で自分勝手に告白なんてして申し訳ない気持ちになる。

 だけど言ってしまったものはしょうがないので、テーブルについたキャプテンの前におにぎりを置いて温かいお茶を淹れた。疲れにはビタミンがいいと思うので、デザート代わりにレモンの蜂蜜漬けをよそって置いておく。

「食べられる分だけでいいので、ゆっくり食べてください」
「……どこかへ行くのか」
「はい。今日は洗濯と女部屋の掃除をする日なので! 残った分は冷蔵庫に入れておいてくださいね」
「…………分かった」

 キャプテンはふい、と目を逸らした。私は切り替えられるけど、やっぱり気まずいよね。ご飯の時は仕方ないとして、それ以外のタイミングではなるべく近付かないようにした方がいいかもしれない。



 キャプテンに私はただの船員であり下心なんかなくあくまでハートの海賊団のためにしっかりと仕事をしています、というところを示して安心させるべく、不自然にならない程度にキャプテンとの接触を避けた。避けたといっても全然普通に話すし必要な時は近くにいることもある。ただ単に、今までやっていたW特に頼まれてなかったけど好きな人のために頑張っていたことWを少しばかり減らすだけだ。

 遅くまで部屋の明かりがついている時には夜食を差し入れしたり、お昼になっても起きてこない時には起こしに行ったり、ベポに寄りかかってお昼寝するキャプテンに毛布をかけたり。そういうお節介はもうやめにした。



 いよいよキャプテンをパンクハザードへ送り出す時、お弁当代わりにおにぎりをリクエストされたのでそれを渡した。じっと見つめられるので首を傾げつつも目を合わせる。そういえば真正面から顔を見るのは久しぶりかもしれない。

「おい」
「なんでしょうか?」
「……いや、なんでもねェ」
「? あ、梅干しは入れてませんよ?」
「……ふ、当たり前だ」

 絶対に何か言いかけただろうにはぐらかされて、梅干しへの注釈に返事をしたキャプテンの笑顔で誤魔化されてしまう。もう会えなくなったらどうしよう、私たちだけに見せてくれるこの笑顔が二度と見られなかったらどうしよう。考えると怖くなるけど、でもハートのみんなも寂しいながらも信じているのだ。私も笑顔で送り出そう。

「キャプテン、両手をお借りしてもいいですか?」
「……?」

 不思議そうにしながらも手を出してくれたキャプテンの、その手を包むように自分の手を添えて、額をくっつけた。

「御武運を」

 私の故郷の島で代々伝わる、旅立つ人の無事を願って送り出す時にするおまじないだ。こんなものが生死を分けるような生易しい戦いじゃないのは分かっているけれど、祈らずに居られなかった。

 キャプテンは暫し固まり、私が手を離した後もしばらくぽかんとしていた。ちょっとだけ耳が赤い気がしないでもない。これから決算だというのに大丈夫だろうか。だけど医者であるキャプテンに体調について訪ねるのは少し勇気出なくて、結局そのまま見送った。能力で診断だってできるし何か体調に異常があっても治せるから心配要らないか。

 キャプテンの無事をただただ祈りながら、私たちはゾウを目指した。



 ゾウへの航路の途中に立ち寄った島で、安全祈願のお守りだという指輪を見つけた。オパールという石が嵌め込まれたそれらの中で一つだけ値段の安いものがあって、お店の人に聞くと「良い石なんだが、少し鮮やかさに欠けるからなかなか売れなくてね」と答えが返ってきた。少しグレーがかったようにも見えるそれはキャプテンの眼の色に似ていて、しかも10月の誕生石なのだという。

 値段的に買えるのはその一点だけで、だけど人差し指や中指だといまいちサイズが合わない。試しに嵌めてみると薬指がぴったりで、右手は利き手ということもあって普段からアクセサリーを身に付けるのは基本左手だったので、今回もつけるなら左手薬指になる。

 まあ深い意味は無いし問題ないだろう。出会いという点では妨げにはなるけれど、キャプテンが無事に帰ってきてくれることを祈るためだ。







 キャプテンが無事に帰ってきてくれた。その知らせを受けた時、本当に泣きそうになった。酷い怪我は負ったみたいだけど、生きていてくれるなら何でもいい。
 麦わらと同盟を組んだらしいという話は聞いていて、キャプテンと一緒に戦ってくれた麦わらの一味には改めてお礼に行きたいけれど、それよりもまずはキャプテンのお出迎えだ。

「おかえりなさい、キャプテン! 無事で良かった……!」
「ああ、………」

 返事をしたキャプテンは私を見て一瞬目を丸くした後、眉間に皺を寄せた。私たちはそれなりに安全な場所にいてキャプテン一人大変な戦いに身を投じていたというのに、呑気に挨拶をしてしまって申し訳ない気持ちになる。私としたことが、無事に帰ってきてくれたことに浮かれてしまったらしい。

「あ、すみません、お疲れですよね……。もしお腹空いてたらおにぎりを持ってきますが、もう休まれますか?」
「どういうことだ」
「え?」
「おまえはおれが好きなんじゃねェのか」
「……え?」
 
 キャプテンとの会話のキャッチボールがここまで成り立たないのも珍しいのでびっくりしてしまう。質問の意図が分からないのでじっとキャプテンを見つめて続きを待ってみるけれど、「どうなんだ」と言わんばかりの顔のまま、それ以上は何も言わない。
 ああ見えて一世一代の告白をしたのだから当然、好きに決まっている。けれど諦めることに決めたのだ。キャプテンは随分と焦ったような拗ねたような何とも言えない顔をしているけれど、一体何を気にしているんだろうか。

 もしかしたら、同盟を組んで人数も多くなるから今より統制が必要で、私情が入るとややこしいという判断なのかもしれない。慕う気持ちは当然あるけどこれは船員としてであって、異性としては潔く諦めるから安心してくれていいのに。

「えっと、もちろん好きでしたけど……、心配しなくても、今はもう大丈夫です!」

 私の言葉にキャプテンはフリーズした。単身別行動をして他の海賊団と同盟を組み、かねてからの目標の一つを遂に成し遂げたのだから、きっとものすごくお疲れなんだろう。私にできることなんておにぎりを作ることと温かいお茶を淹れることぐらいだから、それで少しでも回復してくれるといいんだけど。




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